第20話 その夜
そしてついにその時はやって来た。
城を出て、騎士団に追われ、裏路地に潜んでいた時から遡ること数時間前。
今日は仕事もないから早めに休もうと、布団に潜り込んでいた。
離れの寂しい一室ではあったけど、藁を敷いただけの地面に比べたらフカフカのベッドに入って、今日もまたアダムからユリウスの話も聞けたし、少しだけ幸せな気持ちで眠りについて、爽快な朝を迎えるはずだった。
でも、夜がふけるとともに、悪意を持ったその人は訪れていた。
その時に何で目覚めたかは分からない。
多分、前世の冒険者としての勘が、私にそれを教えてくれたのかもしれないし、ルゥの鳴き声も聞こえた気がした。
暗闇の中、目を開けると、黒い人影が月明かりに照らされて鈍く光る何かを振り上げているのが見えて、咄嗟にその言葉を唱えていた。
“
目の前で動きを止めたその人は、確認し直すまでもなくユリウスの側近ラザールだと、すぐに分かった。
騎士服の上に、漆黒の外套をまとっている。
私は、少なからず動揺はしていた。
でも、震える腕をなんとか動かして、ラザールを縛り上げる。
ユリウスが、私を殺そうとしたの……?
その疑念が、私の脳裏に重く響いていた。
私がいくら嫌いでも、ユリウスなら、その時がくれば、穏便に離婚してくれると思っていたのに。
リゼットと再婚したいのだとしても、まさか殺そうとするだなんて。
違うと思いたいけど、そうだとしたら、悲しくて、泣きそうだった。
でも、ラザールの前で涙を見せることになるから、今は堪える。
縛り終えて床に転がしたラザールを見下ろすと、そのタイミングで、魔法は解けていた。
私の動揺が響いているのか、魔法の効果が弱い。
「貴方にその命令を下したのは、ユリウス?それとも、リゼット?騎士のくせに、寝込みを襲う暗殺だなんて随分と汚いことをするのね」
自分の現状が信じられないようで、ラザールはかなり動揺していた。
彼はユリウスが小さな時から側にいた信頼を寄せる側近なのだから、これがユリウスの意思なのは当たり前なのだけど、それを尋ねずにはいられなかった。
「貴様の存在が、どれだけユリウス様の邪魔となっていると思っているんだ。見境なくアダム様にまで取り入って。ユリウス様は戦場で命をかけているのに、貴様はのうのうと夜会に出て遊びまわっているとはな」
うるさいな。
私が邪魔な存在なのは言われなくても最初から分かっているし、アダムの事は関係ないのに。
ブライアンあたりが、ある事ないこと吹聴したのか。
でも、ちょっとだけ傷つく。
別に、遊びまわってもいないし。
「俺は、ユリウス様の想いの代弁者だ」
「ユリウスが、私を殺せと言ったの……?」
それを聞きながら、逃走準備を行っていた。
アダムに助けを求めるつもりなんか、最初からない。
物陰で着替えて、準備しておいた荷物を引っ張り出す。
ラザールはこれ以上話すつもりはないらしく、もう喋らなくていいやと、その口に布を噛ませる。
バカみたいだった。
ユリウスの帰りを待つ自分が、バカみたいだった。
さっさと、この生活から抜け出していれば良かった。
こんな醜い小さな世界で我慢して、ユリウスの帰りなんか待たないで。
そうすれば、今この場でユリウスを疑わなくてすんだし、そうだとしても、ユリウスに私の暗殺をさせなくても済んだのだから。
3年。
人が変わるには、それだけで十分だ。
ユリウスは15歳で戦場に向かわなければならなかったし、その人が変わるには十分な年月だから、変わってしまった事を責めるつもりはなかったけど……
でも、せめて……
元気な顔が見れたら、それで良かったんだよ……
生きて帰ってきた姿を見ることができたら。
最初から最後まで、生きて帰る事を信じて待つ人が一人はいたんだよって、それで、おかえりって、言ってあげたかっただけなのに。
それで、その上で、ちゃんとお別れをしたかったのに……
外に出て身を震わす空気に包まれながら闇に紛れると、冷たい風に顔を撫でられて初めて、涙が頰を濡らしているのに気付かされていた。
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