第200話 今、なすべきこと

 

 ☆ついに200話突破しました! 更新遅くなり申し訳ありません。某検査で陽性が出たりして体調不良で寝込んでます。皆さんもくれぐれも気をつけてお過ごし下さいね。




 ☆




 気がつくと俺たちは、今はなき洋品店に引き戻されていた。


 夕陽の射し込む店内。

 軽いめまいを感じるのは、朱色に染まった世界のせいか。はたまた知りたくなかった事実を突きつけられたせいか。


「……あれがエステルの実家っていうのは、間違いないの?」


「ああ、間違いない」


 カレーナの問いかけに答える。

 間違いだったらどんなによかったか。


「じゃあ、エステルのお父さんが帝国のスパイってこと?」


「……いや。必ずしもそうは言い切れない。あの執事がスパイであることは確かだが、あいつが単独で動いているのか、ミエハル子爵の意向で動いているのかは、手持ちの情報じゃ判断できない。あらためて調査が必要だろうな」


 そう言って俺はため息を吐いた。

 いずれにせよ気の重い話だ。調査をするにしても、どう手をつけたらいいのか……。


 今回の潜入で明らかになったことは多い。


 ミエハル子爵家の執事が帝国のスパイであることもそうだが、そこまで手紙を届けたヤーマシの言動から分かることもあるはずだ。


 落ち着いて情報を分析する時間と心の余裕が欲しい。

 とはいえ、今ここでやらなければならないこともある。




「なあ、ひだりちゃん」


 俺は宙を漂っている謎生物に話しかけた。


「なにけぷ?」


「さっきの記憶の中で見たものをメモして持って帰りたいんだが、できるかな?」


「メモはむずかしいけぷねー」


 お気楽謎生物は難しそうな顔で漂っていたが、何かに気づいたように「あ」と声をあげた。


「でも、ボルマンたちがよーくみておぼえておけば、あとからそのきおくをみせることはできるけぷよ?」


「それって、自分の記憶をあらためて見返せるってことか?」


「そうけぷ!」


 おお、なんて便利機能。

 ひだりちゃん有能すぎる。


「それじゃあ、もう一度見に行くか」


 そう言ってテーブルの上のランプに手を伸ばす。

 と、そんな俺をカレーナが止めた。




「待って、ボルマン。何をメモしたいの?」


「暗号だよ」


「暗号? それって、あの内封筒に書いてあったやつ?」


「そう。あの文字列は『クルシタ家の執事に手紙を手渡ししろ』って指示だったはずだ。もしあの暗号のルールが分かれば、この先同じものに出くわしたときに解読できるし……なんなら罠を仕掛けることもできるだろ?」


「解読って……できるの? そんなこと?!」


 驚くカレーナ。

 俺は苦笑した。


「さあな。やってみなきゃ分かんないけど、できるかもしれないだろ?」


 さきほどの記憶の中で、ヤーマシも執事も結構な速さで暗号を復号化していた。

 執事にいたっては少し眺めただけであの文字列を「読んで」いたし。


 その程度の暗号なら、解けないはずがない。


「何はともあれ、原文を間違いなく覚えて帰るところからだ。念のためお前も覚えておいてくれ」


「え、私も? あの訳わかんないやつを???」


 思いきり嫌そうな顔をするカレーナに、俺はにやりと笑ってみせた。


「そうだ。現実世界に戻ったら答え合わせをするからな。間違ってたら罰金10セルー、合ってたら報奨金20セルーということで」 ※1セルー=約100円。


「ちょっ、私そういうの苦手なんだって! やめっ!! ––––あぁぁぁれぇぇぇぇ!!!?」


 俺は彼女の手をつかみ、再びランプに映ったビジョンに触れたのだった。




 ☆




 その後、暗号を覚えて現実世界に戻った俺たちは、合流してコソコソと宿に戻った。


 夜も更け軽い眠気を感じながらも、とりあえず俺の部屋で打合せすることにする。


「早速さっきのやつを照合しよう。––––ひだりちゃん、頼む」


「それじゃ、いくけぷよ? めをつぶってみたいものをおもいだしてみるけぷよ〜」


 俺たちが目を閉じると、ひだりちゃんの手らしきものが後頭部に軽く触れた。


 その瞬間、頭の中で様々な記憶が早送りのようにシャッフルされて再生され始める。


 俺は、問題のシーンを思い出そうと試みた。

 すると––––


「これは……すごいな」


 さきほど見た光景が、はっきりとまぶたの裏に映し出されていた。


 映像の中の文字列を、もう一度覚え直し、手元に用意した紙に書き出してゆく。


 視線を上げると、カレーナの方も首尾は上々のようだった。


「さて、結果はどうかな」


「ふふん」


 にやりと笑って自分がメモした紙を手渡すカレーナ。

 俺はその紙を受け取るとテーブルの上に置き、その下に自分がメモした紙を並べた。


「どう?」


 横から覗き込むカレーナ。


「……………………」


「ねえ、どうなの???」


「……………………………………………………………………………………」


 二枚の紙に目を落としたまま固まる俺。

 すると、


「ん!」


 カレーナが手のひらを差し出してきた。


 俺はもぞもぞと腰の巾着袋から硬貨を取り出し、その手に乗せる。


「まいどあり♪」


 喜ぶカレーナ。

 肩を落とす俺。


 二つの文字列は見事に一致したのだった。




 ☆




 ––––ドンドンッ、ドンドンッ


 翌朝。


 繰り返し扉を叩く音で目を覚ました俺は、慌ててベッドから飛び起きると、部屋のドアを開けた。


「おはよ」


 そこに立っていたのは、金髪の少女。


「……ああ。おはようカレーナ。早いな」


 眠い目をこすりながら返事を返す。


「あんたが遅いんだよ。朝ごはんも食べたし、私もう出かけるよ?」


 そう言って笑うカレーナ。


「え、出かけるって…………」


 あらためて彼女をよく見ると、すでに旅装を整えてあるようだった。


「エステルの実家を探るんでしょ?」


「え?!」


 思わず聞き返した俺は、慌てて昨夜の記憶を辿る。


「…………」


 …………いや。

 確かに彼女にミエハル子爵家の内情を探ってもらうことも考えたが、その指示はまだ出していないはずだ。


 なぜなら、あまりにリスクが高いから。


 帝国の間諜であること。

 盗賊を使い、フリード伯爵家の馬車を襲撃させるような連中であること。

 そして、失敗して隣領の牢に入れられた盗賊たちを秘密裏に『処理』できるほどの力を持っていること。


 この三点をとっても、いかに危険な場所かが分かる。

 下手をすれば、我が国における帝国の諜報拠点である可能性すらあるのだ。


 確かにカレーナの隠密スキルは突出しているが、向こうに彼女と同等以上のスキル持ちがいないとも限らない。


 そんな場所に潜入しろなどと、言える訳がなかった。




「ダメだ。危険過ぎる」


 俺は彼女の目をまっすぐ見て言った。


「手を出すにはあまりに危険な相手だ。時間はかかるが、エリスの親父に頼んで調査を引き継いでもらう方がいい」


 フリード伯爵のところなら、それなりの諜報部隊を抱えているはず。

 それに例の事件以降はミエハル子爵家を重点的に監視しているだろうから、こちらの情報を開示して協力を仰げばうまく動いてくれるはずだ。


 そう言って説得したのだが……


「やだね」


 カレーナは引き下がらなかった。


「あの執事が手紙を受け取ってからまだそんなに時間も経ってないし、今なら向こうが本格的に動く前に監視を始められるでしょ? それに…………あいつの『記憶』を探るのは私たちにしかできないから」


「ちょ、ちょっと待て! ひょっとしてあの執事の記憶を覗こうってのか?」


「もちろん。下手に周囲を嗅ぎ回るより、昨日みたいに寝てるうちに直接記憶を見る方が早いでしょ」


 こともなげに言うカレーナ。

 いや、確かにその方が得られる情報は多いと思うが……。


「向こうに、お前と同等かそれ以上の隠密持ちがいたらどうするんだ」


「その場合はいさぎよく諦めて帰るよ。だから、行くだけ行かせてほしい」


「…………」


「…………」


 黙って見つめ合う俺とカレーナ。


 彼女の目からはただならぬ決意が感じられる。

 ひょっとすると、自分が嵌められた件が引っかかっているのかもしれない。


 正直、危うさを感じる。

 だけどここで認めなければ、勝手にミエハル領に行って屋敷に潜入するかもしれない。

 いや、こいつは絶対にやるだろう。


 俺は彼女との主従の紋を解除したことを、少しだけ後悔した。




「……分かった。だけど絶対に無理はするな。お前と同格以上の奴がいたら、そこで任務は中止だ」


「わかった。約束する」


「派遣期間は一週間。十日以内にダルクバルトに戻って来い。それまでにはフリード伯爵家に引き継げるようにするから」


「必ず戻るよ」


 苦笑するカレーナ。

 いや、笑い事じゃないし。

 俺は、はぁ、とため息を吐いた。


「ひだりちゃん」


「なにけぷ?」


 ふよふよと、傍らに寄ってくる謎生物。


「こいつのことを守ってやってくれ」


「わかったけぷ! ひだりちゃんにまかせるけぷよ〜!!」


 ぴょんぴょん跳びはねるひだりちゃん。

 ––––まあ、いないよりマシだろう。


「ミエハル領に着いたら、宿の名前を連絡するよ。……行くよ、ひだりちゃん」


「けぷ〜!」


 光となった謎生物は、カレーナの首に巻きつき、剣型のネックレスに変化する。


「それじゃ、行ってきます」


「ああ、行ってらっしゃい。くれぐれも気をつけてな」


 金髪の少女は笑みを浮かべて頷くと、宿屋の階段を降りて行った。


 パタン、と扉を閉める。


 二人のいない部屋は、妙に寂しく感じられた。

 だが、感傷に耽っている時間はない。


「今、俺がするべきことは……」


 俺は頭をフル回転させ始めた。








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