第156話 再封印の可能性

 

「ペンダントっていうか……テナ村の遺跡の話なんだけどさ」


「?」


 俺の言葉に、怪訝な顔をするカエデ。

 その表情といい、先ほどの冷たい眼差しといい、どうも彼女は俺に良い感情を持っていないらしい。


 そりゃあ半年前のボルマンなら分かるけど、今や俺がどれだけエステルのことを大切にしてるかは分かってるだろうに。


 なんで彼女は俺に冷たいままなんだろうか。

 一応、カエデとエステルを悪漢から救い出した恩人のはずなんだけどね。俺。


 そんなことを思いながら、とりあえず話を続ける。




「確認させてもらうけど、テナ村の遺跡の封印を解いたのは、カエデで間違いないよね?」


「……たしかにいくつかの封印は私が解きましたが、全てではありません。最後の祭壇の間に張られていた防御結界は、私には解くことができませんでしたから」


「祭壇の間の防御結界っていうと、ラムズが破っていた、あの膜みたいなもののことかな」


 あの時の様子を思い出してみる。

 確かラムズが高笑いして歩きながら、結界らしきものを破壊していたはずだ。


「私は気を失っていたので見ていなかったのですが、やはりあの者が?」


「ああ。例の金色の粉に包まれたラムズが触れると、脈打って消えていってたな」


「そうですか……」


 何事か考え込むカエデ。

 俺は話を元に戻す。


「まあ、それはいいや。じゃあ、カエデが解いた封印は、どことどこになる? 遺跡入り口の封印は君が解いたんだよね?」


「はい。あとは天井が湖の底になっている広間と、祭壇の間にあった扉の二ヶ所ですね」


「なるほど。つまり、三ヶ所か」


「はい」


 頷くカエデ。


「…………」


 俺は少しだけ考え込んだ。




「なあ、カエデ。変なことを訊いていいか?」


 しばしの思案のあと。

 俺は再び、メイドの格好をした皇女殿下を見た。


「なんでしょう?」


「君はさっき『三つの封印を解いた』って言っただろ?」


「はい。申しました」


「今、その三ヶ所は封印が解かれ、開放された状態になってるわけだ」


「さようですね」


「では逆に、そこを再封印して閉鎖することはできるだろうか?」


「「えっ?」」


 カエデだけじゃなく、その場にいる全員が、俺を凝視した。




「再封印、ですか……」


 一瞬、思案するカエデ。

 彼女はしばし視線を落としたあと、顔を上げてこう言った。


「できる、と思います。封印の仕掛けそのものは壊していませんから、それを私が利用すれば、おそらく……」


「そうか。なら、この手は使えるな」


 思わず、にやりとしてしまう。

 すると目の前のエリスが、片手をあげて俺を止めた。


「ちょ、ちょっと待って。せっかく開けたものをわざわざ閉めるの? あの遺跡は学術的価値も高いし、観光地にして集客する手もあると思うのだけど?」


 なるほど。

 彼女の言い分ももっともだ。


 今まで表立っては知られていなかった遺跡。それが良好な保存状態で発見された。

 肝心の宝物(ひだりちゃん)は俺の手にあり、遺跡にしても神殿にしても、公開して問題はない。

 大々的に王都で宣伝して、観光地にしてしまう手も考えなくはなかった。


 だが––––


「いやまあ、なんというか……。対帝国のことを考えると、再封印して閉鎖してしまうのも悪い手じゃないんじゃないかと思ってさ。鍵のかかった箱の中に、鍵自体を入れてしまおうかと」


「…………なるほど、そういうことね!」


 はっとした顔をするエリス。


「そう。そういうこと」


 頷く俺。


「……どういうこと?」


 二人のやり取りを見ていたカレーナが、首を傾げる。


「要するに、このペンダントを遺跡の奥に隠して、そこに至るまでの通路を封鎖してしまおう、という話だよ」


 俺はブルーの宝石が埋め込まれた、ティナのペンダントを掲げてみせた。




「帝国が、現状をどこまで把握してるのかは分からない」


 俺はペンダントを胸のポケットにしまい、話を続けた。


「ラムズとジクサーは、どこまでを本国に伝えていたのか。おそらく遺跡の存在については報告していただろう。では、カエデの素性とその力についてはどうか。そして今回の事件は本国の指示なのか、それとも彼らの独走なのか。このひと月ほどの彼らの行動を洗い出し、背景を探る必要がある」


 俺は、カレーナを見た。


「な、なに??」


 急にどぎまぎする隠密の少女。


「場合によっては、王国内に潜む帝国のスパイ網を炙り出す必要もある。その場合、カレーナに色々動いてもらうかもしれない」


「……分かった」


「まあ、その前に色々やることはあるんだが……。とりあえず話を戻そう。先ほども言ったように、今回の事件について帝国がどこまで把握しているかはまだ分からない。ただ、一つだけはっきりしていることがある」


 隣のエステルを見ると、彼女はこくりと首を傾げた。


 俺は言葉を続ける。


「それは、『ラムズたちが、本当はどこまで到達できたのか』。ここにいる皆以外、誰も分からないということだ」








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