第148話 村の英雄と、片脚の弓職人
「それにしても、大げさ過ぎるだろ」
村長の説明に、思わずこぼしてしまう。
今まで、領民から恐れられ憎まれることはあっても、感謝などほとんどされたことのないボルマンだ。
彼らからのこういう反応は、どうにも居心地が悪い。
すると、後ろのエリスが口を開いた。
「たしかにちょっと持ち上げ過ぎだとは思うけど、自己評価と他者からの見え方は往々にして違うものよ。あなたがやった『必要なこと』は、彼らにとってはそれだけの価値があった、ということでしょう」
「そうなのかねえ……」
まあ、ものや行為の価値は、立ち位置によって変わるからな。エリスの言うことも全く分からない訳じゃないが。
「そちらのお嬢様のおっしゃる通りです。ボルマン様が為されたことは、魔物の脅威に晒された我々オフェル村の領民にとって、希望であり救いだったのですよ」
うん、うん、と頷いた村長は、昨日の様子を詳しく語り始めた。
「昨日、朝食を食べ終わって少しした頃でしょうか。村に兵士が駆け込んできたのです。『三十体以上の魔物が、森を出て村に向かっている』と。一報を受けた私たちは、事前の訓練通り急いで森に避難を始めました。一部の者が取り残されかけるなど混乱がありましたが、皆、協力してよく動いてくれました」
「気づいたリードとティナが危険を冒して連れに戻った、というやつか?」
「ええ、ええ。その通りです。彼らはよくやってくれました。それで狭間の森に半日避難しとったんですが…………時が経つにつれ、皆の不安が大きくなり、押しつぶされそうになっていったんです。村の周りに魔物が姿を現してからは、特に。小さい子は泣き、年寄りは祈るばかり。若い者が励ましてまわってくれましたが、なかなか……」
そう言って目を伏せる村長。
なんとなく様子が目に浮かぶ。
森の中で魔物に見つからないよう身を寄せ合い、息をひそめ、助けを待つ村人たち。
自分たちの家が、村が襲われている。
見つかれば、自分たちも殺される。
極度の緊張だっただろう。
「そんな中、私たちの唯一の希望がボルマン様だったのです。『きっとボルマン様が援軍を連れてきてくれる』。兵士やクリストフ様が言っていた言葉を信じ、たがいにそう励まし合って耐えておりました」
村長の話に、熱がこもる。
「ですから『援軍来たる』の報があったときは、皆すごい喜びようでした。男たちは先を争って村が見える場所に向かい、女たちはみんなで泣き出して。……お恥ずかしながら私も、我が領とフリード領の軍旗をはためかせた兵士たちが魔物相手に騎兵突撃しているのを見たときには、興奮して雄叫びをあげてしまいました」
恥ずかしげに涙を拭く、人の良さそうな初老の村長。
まじか?
「しばらくすると兵士たちが森まで迎えに来てくれました。ですが村に戻ってもどこにもボルマン様の姿が見えない。どうしたのかと皆を代表してクリストフ殿に尋ねてみれば、なんと悪漢に連れ去られたエステル様を自ら助けに向かわれたとか!」
興奮する村長。
「遠路はるばるフリード領まで行って援軍を手配し、帰ってくれば少数のお仲間だけで拐われた婚約者様を助けに向かう。その話を聞いた瞬間……私たちの中でボルマン様はまごう事なき英雄になられたのです!」
熱く語り、感涙に咽ぶ村長。
普段の穏やかな君はどこに行ったのか。
「ま、まあ、様子はわかった。些か持ち上げ過ぎだとは思うがな」
「そんなことはありません! なあ、ミターナ?」
村長が傍らの老メイドを振り返ると、俺たちも何度も世話になっているミターナは、こちらに向かって恭しく頭を下げた。
「マシューラ様がおっしゃる通りです。ボルマン様が援軍を手配されなかったら、今頃どうなっていたか……。私も村の者たちと同じ気持ちでございます。本当にありがとうございました」
感極まっている村長はともかく、いつも沈着冷静なミターナまでそう言うのだ。
彼らの気持ちは本物だろう。
俺は居心地の悪さを感じながらも、彼らの感謝を受け入れることにした。
その後、客間に通された俺たちは、念のため村長に被害の確認をした。
人的被害は皆無。
柵などの破損が数件。
事前にクリストフから聞いていた通りで、追加で発見された被害などはないようだった。
ほっと一息ついた俺は、後日リードとティナを表彰するつもりであることを伝えたあと、今日のメインの用件を切り出した。
「ところで村長。ティナの父親と話したいんだが」
「ティナの父親……弓職人のダリルですか」
「そんな名前だったな」
ジャイルズを振り返ると、彼は黙って頷いた。
「分かりました。ダリルに遣いを出しましょう。外出してなければ、すぐに来るはずです」
村長はミターナを呼んでその旨を伝え、しばし待つように俺たちに言ったのだった。
十分後。
村長宅の客間に、松葉杖をついた一人の男が現れた。
「初めてご挨拶させて頂きます。弓職人のダリルと申します」
ティナの父親は、タレ目の穏やかそうな中年男性だった。
「脚が、悪いのか?」
俺の言葉に、ダリルは「はい」と答えながらズボンの裾を少しだけ上げて見せた。
よくよく見れば、左脚は義足だ。
「昔、猟師をやっていた頃、魔物にやられましてね」
「……すまない。こちらから出向くべきだったな」
「いえ、多少は動かないと筋肉も落ちてしまいますので、毎日ある程度は外を歩くようにしてるんです。ですからお気遣いは不要ですよ」
そう言って笑う片脚の弓職人。
「わかった。取り敢えず掛けてくれ」
椅子をすすめると、ティナの父親は「失礼します」と言って腰掛けた。
腰を下ろしたダリルは、こちらが口を開く前に、座ったまま深々と頭を下げた。
「ボルマン様。昨日は我々のために援軍を呼んで頂きありがとうございました。おかげさまで娘ともども、無事こうして生きております」
「礼を言われるまでもない。領主代行として当たり前のことをしただけのこと。……それより、娘が素晴らしい活躍をしたと聞いているぞ」
「お恥ずかしいかぎりです。うちの娘はどうにもお転婆で……」
ポリポリと頰をかくダリル。
「いや、よくやってくれたと思う。後日にはなるが、俺からティナを表彰させてもらうので、受け取って欲しい」
「そんな……畏れ多いことです」
「ティナとリードの行動は、人々の模範として讃えられるべきものだ。ぜひ受けとってくれ」
「そういうことでしたら、光栄です。有り難く頂戴致します」
「ああ、そうしてくれ」
穏やかで友好的な雰囲気。
そんな表彰についてのやり取りの後、わずかな間があく。
先に口を開いたのは、ダリルだ。
「お話というのは、その、娘の表彰のことだったんでしょうか?」
どこか探るような目でこちらを見る元猟師。
……警戒されてるんだろうな。やっぱり。
俺がティナのペンダントに手を出そうとしたことは、知っているはずだ。
あのペンダントは、ダリルにとっても大切な亡き妻の形見。警戒するのは当然だ。
ならば、単刀直入にいこう。
「今日は、ティナと、彼女の母親の話をするために呼んだんだ」
その瞬間、僅かな殺気が部屋に漂った。
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