第126話 溢れる想い

 

 帝国の剣士が青く光る刀身を振り下ろす。

 こちらの剣は––––間に合わないっ!


 今ごろになって、敵の剣が先ほどまでラムズが手にしていたものだと気づく。エリスの爆轟に弾き飛ばされて近くに落ちたのか。


 迫る刃。青い軌跡……!

 死を覚悟したその時だった。


 パンッ!!


 青い輝きとともに、何かが弾けた。


「っ!?」


 驚愕に目を見開くジクサー。

 振り下ろされた剣が、見えない何かに跳ね返される。


 何が起こったのか。

 互いに理解できず––––それでも、今度は二人同時に剣を振るう。


「うおおおお!!」


 ガンッ、という衝撃。打ち合わせた刀身から青い光の粒子が飛び散る。


「「?!」」


 再び敵の剣が跳ね上がる。

 それだけじゃない。打ち合わされる瞬間、ジクサーの剣は明らかに減速した。まるでクッションでも殴ったかのように。


 ぎょっとして距離をとろうとする帝国の剣士。

 俺はすかさず踏み込んだ。体を捻り、左下から右上に向けて両手で薙ぎ払うように剣を振るう。

 慌てて跳ね上がった剣を振り下ろすジクサー。


 ガインッ!!


 再び打ち合わされる二つの刃。飛び散る青い粒子。


 打ち勝ったのは––––俺の剣。


 押し負ける敵の剣士。その手元で、パンッ、と紫電が走った。


「くっ!?」


「おらあっっ!!!!」


 俺が剣を振り抜くと、ジクサーの剣はあっさりその手を離れ、くるくると宙を舞った。




 カラン、と剣が床に落ちる音。

 俺は徒手となったジクサーと睨み合った。


「……お前、あの剣に嫌われてるんじゃないか?」


 油断なく剣を構えながらそう言うと、帝国の剣士は凄い形相でこちらを睨んできた。


「クソガキが」


 呟きながら片目を動かし、辺りを探るジクサー。武器になりそうなものを探しているのか。

 その時、バタバタと二つの足音がこちらに駆け寄ってきた。


「坊ちゃん!」 「ボルマン様っ」


 ジャイルズとスタニエフが、それぞれの武器を手に俺の両横に立つ。


「怪我はないか?」


「大丈夫です」 「ピンピンしてるぜ!!」


 カエデを扉まで運んでいたジャイルズはともかく、先程のエリスの爆轟で吹き飛ばされたスタニエフも無事で安心した。


 これで3対1。しかも相手は武器を落としている。形勢逆転だ。

 だが、ここからどうやって逃げる?

 徒手とはいえ相手は健在。無力化は難しい。下手に手を出せば返り討ちにされかねない。


「…………」


「…………っ」


 互いに打つ手がなく、睨み合う。

 その時だった。




「『連射散弾(バースト・ショット)』!!」


 聖堂にエリスの叫び声が響き渡る。

 はっとして声の方を振り向くと、出口扉の前で封術陣が輝いた。


 ドンッ! ドンッ! ドンッ!!


 立て続けに放たれる光の砲弾。その弾は流星のように途中で無数の光の粒に分かれながら飛んでくる。

 慌てて飛びのく敵味方。

 だが天災少女が放った三射目は、術を避けようとバックステップを踏んだジクサーを見事に捉えた。

 石つぶてのような光る散弾が、彼を襲う。


 バババババッ


「くっ、ぐほぁっっ!!??」


 全身に無数の弾を受け、横に吹き飛ぶ帝国の剣士。顔や腕など露出しているところから血しぶきが舞う。

 彼はそのまま血まみれになりながら床に転がった。


 獣のように唸りながら立ち上がろうとするジクサー。

 だが頭への直撃で意識が朦朧としているのか。何度も起き上がろうとしては転倒する。


 逃げるなら、今しかない。


 俺はジャイルズとスタニエフに向かって叫んだ。


「今だ! 逃げるぞ!!」


「はいっ」「くそ、まだ一回もまともに戦ってないのに……」


「まともにやったら勝てねーよ。ほら、走れ!!」


 ぶつくさ言うジャイルズをどやしながら走る。


 敵とのレベル差は恐らく10以上。ここまでやれたのは奇跡に近い。

 カレーナの潜入。奇襲。狂化ゴブリンの無力化。エステルとカエデの救出。そしてエリスの封術による火力支援。

 すべてが噛み合ってなんとかここまでやれたのだ。引き際を間違えれば、皆殺しにされる。




 俺は走りながら顔をあげた。


 扉の前に立つエリス。

 意識を失ったカエデの腕に両側から肩を入れ、二人で運ぼうとしているエステルとカレーナ。


 そこに先頭を走っていたジャイルズが到着する。

 苦労していた二人に代わりカエデを背負うジャイルズ。

 少しだけ遅れて、スタニエフと俺も皆のところにたどり着いた。


 気づいたエステルがこちらを振り返る。

 視線が、重なった。


「エステル」


「ボルマンさま……」


 一歩、二歩と、彼女のところに歩いてゆく。

 そうして手が届くほどの距離まで来たとき、彼女の瞳から光るものが零れ落ちた。


 その涙は、エステルの想いの丈。

 怖かっただろうに。心細かっただろうに。

 それが安堵の涙だということを理解しながら……不謹慎にも俺は、綺麗だと思ってしまう。


 そしてそんな彼女を目の前にして、気の利いた言葉の一つも言えないのだ。


「エステル、ケガは……」


 言い終わらないうちに、彼女は倒れるようにこちらに向かって踏み出して––––


「ボルマンさまっっ!!」


 そのまま俺の胸に飛び込んできた。


「!!!!」


 服ごしに感じる、彼女の体温。

 彼女の香り。


「ボルマンさまっ、ボルマンさまあ!!」


 爆発する彼女の感情に、そのぬくもりに一瞬ためらったあと、俺は彼女をぎゅっと抱きしめた。


「……エステル。無事でよかった」


 そう呟くので精一杯だった。




「ボルマン、エステル、行くわよ!!」


 エリスの声が、二人を現実に引き戻す。

 体を離した俺たちは、再び今度は至近距離で見つめ合った。


「行こう、エステル」


「はいっ!」


 涙をぬぐい、嬉しそうに頷くエステル。

 彼女の手をとり、皆と出口に向かう。


 扉までわずかに数メートル。


 先頭はエリス。

 その後を皆が追う。


 その時、目の前で信じられないことが起こった。


 ギィイイイイイ、と。

 軋みながら閉まってゆく大扉。


「うそっ??!!」


 駆け寄るエリス。

 が、扉はまるで彼女に合わせるかのように、エリスの目の前で閉じられた。


 バタンッ!!


 不気味な反響を残し、閉ざされた扉。

 その周囲に、わずかに金色の粒子が舞ったように見えた。

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