第71話 自宅からの手紙

 

 テルナ湖で湖底の神殿を見つけてしまったその日、俺たちは陽が傾き始めた頃にテナ村を発ち、その北のオフェル村に移動した。

 やや強行軍ではあったが、なんとか日が暮れる前に目的の村に到着する。


 これは予定通りの旅程だった。

 朝、ペントの街を出発する時にオフェル村に使いを出し、村長に夕食と寝床の準備を頼んでいたのだ。




 夕食後、俺たちは応接間を借りお茶を飲みながら歓談していた。


 テーブルを挟んで男女に分かれて長ソファに腰掛ける。元々片側だけで大人三人が座れる大きさのものなので、六人全員が向かい合ってゆったりと座ることができた。


 ちなみにカエデさんは最初エステルの後ろに立っていたが「旅の間は、皆で同じように過ごすのがうちの流儀」と言って座ってもらった。

 一人だけ立っていられると落ち着かないしね。




 皆にお茶が行き渡って落ちついたところで、最初に口火を切ったのはジャイルズだった。


「しかし驚いたぜ。あの湖の神殿て、前に坊ちゃんが言ってた遺跡と関係あるのか?」


 興奮気味に話す子分に、頷く。


「おそらくは。うちの古文書には、テナ村の遺跡は水に関するものと書かれていた。湖底の神殿というのはすごくそれらしいと思わないか?」


 そう問いかけると、スタニエフが乗ってきた。


「まんま水の中ですしね。……でもあの神殿、入口はなさそうでしたけど、一体どうやって中に入るんでしょうか。まさか泳いで行く訳にもいかないでしょうし」


 スタニエフの疑問に、今度はカレーナが口を開く。


「あれが遺跡と関係があるなら、中で遺跡と繋がってるかもしれないだろ。遺跡の入口は祠の奥にあるんだから、そこから行けるんじゃないか?」


「ああ、なるほど!!」


 ぽん、と膝を叩くスタニエフ。


「スタ公って、頭の回転速いのに、時々抜けてるよな」


「む……騙されて縛り首になりかけたあなたに言われたくないですけどね」


「ちょっ、おま……!」


 このやりとり、もうお約束だな。

 仲が良いんだか、悪いんだか。




「はいはい。そこまでにしような」


 俺が割って入ったところで、正面に座ったエステルが小さく手を挙げた。


「あの、ひとつよろしいでしょうか?」


「うん。遠慮なくどうぞ」


 促された彼女は、それでは……と恥ずかしそうに口を開いた。


「あの神殿……皆さんが『遺跡』と仰ってるもののことですが、わたしやカエデがお話を伺っていても良いのでしょうか? 仮にあの建物が創世神オルリス様以外を祀っているとすると、王国や教会の知るところとなれば、調査が入り、場合によっては異教の建造物として取り壊しになってしまうかもしれませんが……」


「エステルは、王国や教会に報告するの?」


 俺の問いに、彼女はぶんぶんと首を振った。


「もちろん、言うつもりはありません。だってあれは……ボルマンさまにとって、何か、大切なものなのでしょう? それを奪うようなことはできません」


「だったら話を聞いてもらっても問題ないさ。どうせもう見てるんだし、今更どうということもないよ。それに……」


 カエデさんの方をちらりと見る。

 エステルは「あ……」という顔をした。


「お互い様だろうしね」


 そう。コトが明らかになれば、あの不思議な現象を目の前で起こしたみせたカエデさんの立場が悪くなる。


 当のカエデさんは、心なしか仏頂面に見えた。これ以上、この件を掘り下げない方がいいだろう。




 俺はエステルに微笑んだ。


「二人に話しておこう。俺たちはあの神殿……というか遺跡を、そのうち探索しようと思ってるんだ。うちに伝わる古文書が正しいなら、あの遺跡には珍しいアイテムや武具が眠ってる。我が領は魔物の森の大暴走に備えなきゃいけないから、使える物は使えるようにしておきたいんだよね」


「探索、ですか」


 カエデさんが目を細めた。

 岩に刻まれた古文字を読めた彼女だ。思うところがあるのかもしれない。


「気になるなら、君も同行する?」


「……いえ。私はお嬢様付きのメイドですから」


 問われたカエデさんは否定の言葉を口にする。僅かな躊躇とともに。

 それを見ていたエステルが俺に向き直った。


「ボルマンさま。遺跡の探索はいつ頃になりますか? 先ほど『そのうち』と仰っていましたが」


「今すぐは無理だね。僕らのレベルが足りない。あの遺跡にはそこそこの強さの魔物が出るらしいんだ。少なくとも全員のレベルが20を超えないと、あっという間に全滅すると思う。早くて半年後、遅ければ一年後、というところかな」


「そうですか。半年後にレベル20、ですね」


 愛しの婚約者は、ふんわりと微笑んだ。

 …………ん?




 コン、コン


 その時、部屋の扉がノックされた。


「いいよ。入れ」


 声をかけると、いつぞやバッタにやられた時に看病してくれた、屋敷の老メイドが姿を現した。

 そこそこの年齢だろうに背筋がピンと伸び、相変わらず妙な迫力があるお婆ちゃんだ。


「ボルマン坊っちゃま。今しがたペントのお屋敷より使いの者が参りました。こちらを」


 そう言って差し出されたのは、一通の手紙だった。


「この手紙は、今届いたのか?」


「はい。お返事を持たせられるよう、使いの者は待たせております」


 こんな夜更けに、屋敷から手紙だと?

 受け取った手紙の裏をみると、差出人は執事のクロウニーになっていた。


「夜明けを待たずに届けさせるとは。それだけ急ぎの用件ということかな」


 俺は老メイドからペーパーナイフを受け取り、手紙を開封。折りたたまれた便箋を開き、すぐに目を通した。

 書かれていたのは、簡潔な内容。


「マジか…………」


 思わず額に手をやる。


「坊ちゃん、何かあったのか?」


 皆の視線が集まる中、焦れたのかジャイルズが問うてきた。




「明日だが、早めにここを出た方が良さそうだ。来週おいでになるはずだったフリード伯爵とエリス嬢が、明日の昼にはペントの街に到着するらしい。このままだとエステル達の出立とバッティングする」


「フリード伯爵……北の海に面した領地を治めておられる東部の有力者ですね」


 カエデさんが、エステルに説明する。

 婚約者は頷いた。


「ボルマンさまから頂いた手紙に書かれていた、盗賊の襲撃の件でしょうか?」


「そうだね。だけど、それだけじゃないかもしれない」


 こいつは多分わざとだ。エステルの来訪を知った上で、わざとかち合うように訪問をぶつけて来やがった。


 馬車や馬、徒歩での移動が主流のこの世界。天候などの状況で目的地への到着日時が左右してしまうのは珍しいことじゃない。

 だが上流貴族になればなるほど、多忙故にその辺りのスケジュール管理を綿密にやるのだと聞いた覚えがある。


 本来、フリード伯爵の到着は四日後の予定だった。伯爵領からうちまで、普通に来れば馬車で三泊の旅程。いくらなんでも来るのが早すぎる。わざと予定を前倒ししてきたと考えるのが自然だろう。


 では、果たして目的は何なのか。

 エステルが絡むことは容易に想像できる。


 近年、勢力拡大著しいミエハル子爵家への牽制か。

 それともミエハル子爵家と関係を深めようとした、我が家への牽制か。

 はたまた盗賊事件の始末に関わる何かなのか。


 いずれにせよ、ここまできたらエステルには伯爵に挨拶してもらう方が良いだろう。来訪が分かっているのに両者をニアミスさせて知らん顔したとなれば、うちにしてもエステルにしても、立場が悪くなるのは明らかだ。


「エステル。すまないけど、明日の出立前に伯爵に挨拶してもらえないかな? この状況で伯爵を無視したとなれば、後々問題になりかねないと思うんだ」


 俺の言葉に、可愛い婚約者は微笑んで頷いた。


「もちろん挨拶させて頂きます。……ボルマンさま。わたしに遠慮の必要はありません。何でも申しつけて下さいな。わたしはあなたの婚約者(フィアンセ)なのですから」


 その言葉に、その笑みに、心臓を鷲づかみにされる。

 やべ。ちょっと泣きそうだ。


「……分かった。それじゃあ明日、お願いするよ」


「承知致しました」


 エステルの笑顔に、恥ずかしくなり、思わず視線を逸らす。


 そんな俺たちを生暖かい目で見守る子分ズが、ちょっと鬱陶しかった。





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