第13話 運命の出会い
メイドによって開かれた扉の先に、その方たちがいました。
小太りで頭部が禿げ上がった男性と、男性をそのまま小さくしてグレーの髪の毛を乗せたような男の子。お二人はならんでソファに座っておられました。
「初めまして。ワルスール・クルシタ・ミエハルの八女、エステルと申します」
わたしは失礼のないよう気をつけながら、挨拶をしました。婚約者(フィアンセ)からどんな反応が返ってくるのか、怖くて手が震えます。
「おお、これは可愛いお嬢さんだ! 儂はゴウツーク・エチゴール・ダルクバルト。これは息子のボルマンだ」
奥の男性がソファから立ち上がり、ニコニコしながら自己紹介されました。
続いて、隣の男の子が立ち上がります。
「初めまして。ボルマン・エチゴール・ダルクバルトと申します。お会いできて光栄です、エステル殿」
きれいな立礼でした。
ボルマンさまは優しげにわたしを見つめてこられます。
わたしは、思わず視線を床に落としてしまいました。
この方が、本当にボルマンさま?
ダルクバルト男爵領の子豚鬼(リトルオーク)?
噂で聞いた粗野な感じは全くありません。
確かに少し太っておられますが、むしろ礼儀正しく落ち着いた印象です。
わたしの容姿を見て失望の色を浮かべることもなく、自然体でこちらを見ておられます。
「さて、もう昼時です。食事を用意させてますから、ご一緒にどうぞ」
お父さまの言葉で、皆で食堂に移動することになりました。
廊下を歩いている間、いえ、食事が始まっても尚、わたしはボルマンさまの噂と実際の印象の違いに戸惑い、混乱していました。
そして、その時がやって来ました。
「美味しい!!」
わたしが作ったアップルパイに口をつけたボルマンさまは、驚いたようにそう声をあげられました。
そして、二くち、三くち。
あっという間にお皿が空になります。
「ご馳走様でした。大変美味しく頂きました。エステル殿は料理がお上手なんですね」
ボルマンさまは満面の笑みで、そう言葉をかけて下さいました。
「い、いえ。わたしなど……」
わたしは婚約者(ボルマンさま)の視線が恥ずかしくなり、つい俯いてしまいます。
そのあと、ゴウツークさまやお父さま、ボルマンさまが話をされていましたが、全く頭に入ってきませんでした。
わたしの誠意(おもてなし)は、ちゃんと伝わったようです。
そしてボルマンさまは、しっかりと誠意ある言葉を返して下さいました。
わたしはこの時、心に決めました。
噂に振り回されることなく、自分の目でしっかり婚約者(ボルマンさま)のことを見よう、と。
そして信頼できると思ったならば、わたしの人生のすべてをこの方に捧げよう、と。
「お嬢様、大丈夫ですか、お嬢様?」
カエデに耳元で呼びかけられ、ふっと我に返ります。
「皆さま、お部屋に戻られましたよ」
「え……?」
顔をあげると、わたしたちの他は誰もいなくなった食堂が目に入ってきました。
メイドたちが食器を片づけるため、入口の外で待っているのが見えます。
どうやら少し、惚けていたようです。
「お嬢様も部屋に戻って少しお休みになったら、お出かけの準備をしないと」
カエデは、よく分からないことを言います。
「お出かけ、ですか?」
首を傾げるわたしに、カエデはとんでもないことを告げました。
「ええ、お出かけです。ボルマン様とお二人で」
…………え?
「領内の見学。……という名のデートに行かれるんですよね」
「え〜〜!?」
わたしは、卒倒しそうになりました。
自室でひと息ついてから外行きの服に着替え、カエデの案内で客間に行くと、ボルマンさまが壁にかかった絵を見ながら待っておられました。
「あの、お待たせして申し訳ありません」
わたしの言葉に、ボルマンさまが微笑まれます。
「いえ、大して待っていませんよ。こちらこそ付き合わせてしまい、申し訳ありません」
お父さまたちがいないからでしょうか。少し肩の力を抜いて、自然体で話しておられるように思えます。
「先ほどもお父上にお話ししましたが、私は辺境の田舎育ちなもので、こちらのように発展した街、領地を見たことがありません。そこでせっかくなので、エステル殿と一緒にこちらの土地を見て回れたらと、ミエハル卿にお願いしたのです」
「あの、でも、わたし、案内できるほど領内のことに詳しい訳では……」
わたしの行動範囲は、基本的に屋敷の敷地内と別荘、あと、お菓子づくりの材料を分けて頂いているところくらいです。
するとボルマンさまは、苦笑いしながら手を振られました。
「ああ、いや、そんなに肩ひじを張ったものじゃなくてですね。エステル殿が好きな場所や、よく行く場所にご一緒させて頂きたい、と。実はそれだけです」
そう言って、いたずらっぽい笑みを浮かべられました。
落ち着いた雰囲気の方かと思っていたら、意外と茶目っ気もあるようです。
「ボルマン様、お嬢様、馬車の準備ができました」
客間の入口から声をかけてきたカエデの言葉に、ボルマンさまが頷きます。
「では、ご一緒させて下さい。エステル殿」
そう言うと、右手の平を上に向け、わたしに差し出してこられました。
「え……と」
初めての状況に戸惑い、おそるおそる婚約者の顔を見ます。
ボルマンさまは急かすでもなく、わたしを待っていました。
わたしはそろそろと、おっかなびっくり差し出された手に自分の手を乗せます。
「あの、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
婚約者(ボルマンさま)は照れたようにそう返すと、わたしの手を軽く握り、ゆっくりと馬車までエスコートしてくれました。
お母さまが亡くなってからずっと、わたしは暗い部屋に引きこもっていました。
好奇の視線に晒されるのが怖くて、外に出る時はいつも顔を伏せて歩いていました。
なのに今、心を占めるのは、外への恐怖ではなく、優しく握られた手の感触とその温かさ。
わたしはこの時、婚約者(ボルマンさま)の手にひかれ、久しぶりに、本当に久しぶりに、部屋の外に一歩を踏み出すことができたのです。
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