162話_霞を食む者

次の日から、僕の修行に変化が訪れた。


レティに教えてもらったことを頼りに精神を集中する。


すると、今まで視界に移らなかった白いもやのようなものが見えるようになった。それを吸い込みながら階段をダッシュすることで、エネルギーの消費が全然違うことに気が付く。回復アイテムを取りながら修行をしているようなイメージだ。これなら前ほど疲れない。


リュウキとの組み手の時は、集中することが出来ず全く補給することが出来なかったが、逆立ちの精神統一、そして終わりの往復階段ダッシュの時には、また集中できるようになっていた。


修行を始めて、ようやく地べたに倒れずにメニューを終えられることが出来た。


ゴミの分際で気付いたようだな」


「バニー先輩はこれに気付いていたのか?」


「誰がバニー先輩だ!ぶっ殺すぞ!この場所で霞食かしょくは必須の技術だ。何もここは筋トレ道場じゃねぇんだよ。あらゆるものを味方に付けて己を強化する、それが天雅流だ」


「へぇ、霞食かしょくって言うのか。なんだよ、最初から教えてくれたら良かったのに」


「教えるわけねぇだろ。俺はお前には1日でも早くくたばって欲しいと思ってんだよ」


組み手の殺気は勘違いではなかったらしい。


「バニー先輩はなんで修行を?」


「話すわけねぇだろ。ま、俺に勝つことが出来たら教えてやってもいいけどよ」


「その言葉、忘れないでくださいよ」


「ふん、大口叩きやがって。いいぜ、明日コテンパンに叩きのめしてやるからよ」


リュウキはそう言って、風呂場へと歩いて行く。


「あんだけ啖呵たんか切ってるけど、格好がニャンニャンモコモコ黒水着だってんだから、調子狂うよな……」



◆◆◆◆◆



少し間を置いた僕は、風呂場へと入る。1日ゆっくり出来る唯一の時は、ここしかない。足を伸ばせる広めの湯船というのも大変有り難いことだった。


「シオリ」


そこにカラカラ、と扉を開けてミュウが入ってくる。体にはバスタオルを巻いて。


「ミュ、ミュウ!?」


「シオリ、きちゃった」


「きちゃったって、大丈夫なのか?」


「ええ、姉様達のおかげでだいぶ自由になれたわ」


ミュウは、レティとソフィアの料理のおかげで天雅師範にだいぶ気に入られたことを話してくれた。そのおかげで、料理をつくらないことを脅しに過度なセクハラを拒否出来るようになり、立場が変わりつつあるのだと。


「そうか、なんだか上手くやってるようで良かったよ」


「シオリの方こそ、なにか掴んだみたいな顔してるわね」


ミュウにはわかるようだ。


「あぁ、なにやらここは特殊な場所みたいでさ。霞食って言って、体にエネルギーを取り込みながら修行をするんだって」


「霞を食べる――ね。私にはわからない感覚だけれど、シオリがそれで強くなれるのならよかったわ」


ミュウは体をこちらに寄せてくる。


「けれど、無理はしないこと。あのスケベ爺、只者ではないことはたしかだから」


「そうみたいだな。だいぶ変わった人みたいだけど。あと、あのリュウキって弟子のことも気になるし」


「なに、他の女のこと気にしてるわけ?」


ミュウの目つきが鋭くなる。


「いやいや、あんな変な格好で修行してるなんてさ!一体どんな理由があるんだろうなって」


慌てて女性として意識しているわけではないと弁明する。


「ふーん……まぁいいわ。彼女がなんのために修行をしているかは知らないけれど、シオリのことは良く思っていないみたいだし気を付けた方がいいんじゃないかしら」


「そうだな」


ミュウの言うとおり、何者かは知らないが彼女に勝てる力を身に着けないといけない。それは間違いなさそうだった。

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