103話_その時破滅の音は鳴る

魔界の長が住まう獄魔殿ごくまでん


長は自室で優雅に音楽を聴きながら、お気に入りのコーヒーを堪能していたのであった。


彼の見た目は一言で爽やか。性格はひねくれにひねくれた結果、一周回ってまっすぐに見えるようになるという、それはとても困った人物だった。


総勢100万の軍勢を抱え、魔界のトップに立つ彼だが、地位も名声も富も手に入れた今、やることを持て余している状態だった。何をしても楽しくない。


「何か面白いことはないものか…」


ないなら自分でつくればいい。


彼は人が困難に直面した時、どう対処するのかを見て楽しむという悪趣味なところがあった。


今回は、それに値する格好の材料を見つけたのだ。あの彼はどうしたら屈するのだろうか。恐怖か、欲か。


「しばらくは楽しめそうかな」


長は、魔法陣をつくり出すと魔界の者を1人呼び寄せる。


「お呼びでしょうか、長様」


ひざまずき、頭を垂れる青髪長髪の女性。背中には悪魔の翼、細い尻尾をゆらゆらと揺らす。魔界一の美貌を持つ狩人。


「うん、君にひとつお願いがあってね」


長は女性の悪魔に向かってにっこりと笑う。


「彼の全てを奪ってきてほしいんだ。君なら、出来るだろう?レティケイト」


長はシオリが映った写真をレティケイトと呼ばれた悪魔に見せる。


「この者を?」


「そう、なかなか愉快な面子メンツを揃えていてね。一筋縄ではいかないと思うけど、君のその美貌で、出来るだけ引っ掻き回してきてほしいんだ」


長はまるで新しい玩具おもちゃを手にした子供のようにキラキラした目で語りかける。


「相変わらず趣味の悪い。良いでしょう、支払いはいつものところに」


「わかった、手配しておくよ」


「ありがとうございます」


レティケイトは立ち上がると、豊満な胸を揺らしながら出口に向かって歩いていく。


「楽しい結果を期待してるよ」


長はひらひらと手を振って見送る。姿が見えなくなるレティケイト、しばらくして陰から臣下が現れる。


「よろしかったので?」


「ん、なにが?」


「ですから、彼女を差し向けるというのは」


「破滅を引き起こすって言うんだろ?だからこそ楽しみなんだ。魔界随一の誘惑が勝つのか、彼の意志が勝つのか」


「…彼が勝つなんて思ってませんよね?」


「フフ、わかる?僕はただ、楽しくなってくれればいいと思っているよ」


「……相変わらず人の悪い。天界の方には連絡をとっておきました。いつでも良いそうです」


「あぁそう。じゃあそっちはそっちで進めちゃおうか」


長はマントを羽織ると、臣下とともに部屋を出て行った。



◆◆◆◆◆



場所は変わって天寿シオリ宅。平常運転。

僕はいつも通り穏やかな日々を過ごしていた。


リアの精神は徐々に落ち着き、ソフィアとの調和も上手くいっているみたいでその手のトラブルも減りつつある。ゼロではないが。


ピンポーン。


チャイムが鳴ったので玄関へと向かう。


「はーい」


そこには、白のワンピースにカチューシャを付けたミュウの姿が。いつもの黒のドレスと違うイメージに、一瞬知らない人が来たのかと錯覚する。


「ミュウ、だよな?」


「そうよ、いつもと違うから驚いたかしら?」


「あぁ、白ってあまりイメージにないからさ」


「下もちゃんと白にしてるわよ」


ぴらっとワンピースをめくり、レース入りの純白の下着を見せるミュウ。


「見せなくていいから!!」


「相変わらず慣れないのね。まぁいいわ。はい」


「はい?」


広がる両腕。戸惑う両目。


「お姫様抱っこ」


「やらないよ」


「あら、残念」


ミュウは微笑みながらヒールを脱いでリビングへと歩いていく。


「ミュウ、随分と機嫌が良いな」


「そうかしら?」


「そうだよ」


「じゃあ、誰かさんのおかげかしらね」


「ミュウ、いらっしゃい。あら、可愛いわね。よく似合っているわ!」


「姉様、ありがとう」


2人軽くハグをする。


「今日はお休みだから、姉様たちと過ごそうと思って。はい、これは源十郎からのお土産よ」


「おっ、チーズケーキじゃん。有り難いね、おやつにいただこうか」


「それでは飲み物の用意をしてきますね」


「私も手伝うわ」


2人、キッチンへと歩いていく。


「チーズケーキ、か」


「シェイド食べたことなかったっけ?」


「そうだな。甘いものはあまり食べたことがない」


「美味しいよ。一緒に食べよう」


「そうさせてもらうか」


その時、もう一度チャイムの音が鳴った。


「またチャイム?今日は来客が多いな。ちょっと出てくるよ」


玄関に出向き、ドアを開ける。


「はい、誰でしょうか」


そこには、青い髪がなびく綺麗な女性が立っていた。女性はこちらを見てにっこり微笑むと


「お初にお目にかかります。あなたの花嫁でございます」

そう言ったのだった。

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