100話_サキュバスと地獄の番犬鬼ごっこ
自分はふと、普通ではない生活をしていることを忘れてしまうことがある。
ソフィアの美味しいご飯を食べ、一緒に登校し、一緒に帰る。夕飯をつくり、シェイド達とも今日一日の話をしてテレビを見たりして過ごす。
自分にとっての日常は、つい最近までは日常ではなかったもの。そのありがたさを忘れてはいけないのだ───。
その日は珍しくチャミュが朝から家にやってきた。一時期の慌てふためく感じはなくなり、前の落ち着いたチャミュに戻ったみたいだ。
「今日は、魔界の方で少し相談事があってね。シオリくんには直接関係ないことなんだが君の力を是非借りたい」
チャミュは単刀直入にそう言った。
「魔界?天界じゃなくて?」
「あぁ、魔界での厄介事だ」
「そういうのって、そっちの世界で対処する人がいるんじゃないのか?」
「全く以てその通りなんだがね。今回は直々に魔界の方から指名があって」
「僕に?」
「そう。シオリくん個人もそうなのだが、その一派というか……」
「なんだか歯切れが悪いな」
チャミュは困ったように言葉を続ける。
「以前、魔界の塔をリアがこちらの世界に引っ張ってきただろう。その時に、君たちの存在を魔界の者達も知ってしまったようでね。その中で魔界の門を守る地獄の番犬(ケルベロス)がいるんだが、彼等が君達と勝負をしたがっていてね」
「勝負?」
「そう、スピード勝負だ。地獄の番犬は君達とスピード勝負がしたい、と言っているそうなんだ」
◆◆◆◆◆
「さっぱり要領を得ないな」
チャミュの話を聞いたものの、魔界で僕とのスピード勝負を待っている犬以外の情報が出てこない。
「なら、行ってみるのが早いだろう」
というシェイドの言葉で、僕とソフィア、シェイド、アイシャはチャミュに連れられて魔界へと行くことになった。
魔界への行き方は案内人がちゃんといるらしく、フードをかぶった悪魔がわざわざこちらに来て案内をしてくれた。
ソフィア達と暮らすようになってからだが、天使で横暴な奴がいれば、悪魔で品行方正な奴もいる。見た目だけで判断をするのは、早計であることは色々と学んだのであった。
悪魔に案内されて、僕達は魔界の門と呼ばれる場所へとやってくる。おどろおどろしい雰囲気は漂うものの、道は綺麗に整備されていてごみも落ちていない。
魔界ってこんなに整頓されているのか、と思う。
門の前には、三つ首をそろえた番犬、ケルベロスが立っていた。
「あれが、そうなのか?」
僕は悪魔の案内人を見る。
黙って
「お前が転生者か?」
ケルベロスの真ん中の頭は、僕を見下ろしながら嬉しそうな顔をする。左の頭は怒り顔、右に至っては眠って鼻ちょうちんをぶら下げている。
「一部ではそう呼ばれているみたいだけど。僕はシオリ、天寿シオリだ」
「ほう、ならばシオリよ。我と勝負せよ」
「その勝負って言うのはなんなんだ?」
「うるせぇ!お前は黙って勝負をすりゃあいいんだ!!」
突如左の頭が吠え出す。
「Zzzzz……」
構わず寝続ける右の頭。テンションの落差が頭によって激しいみたいだ。
「我はここの番人だ。ずっとここを守っている。しかし、今まで誰1人として、我を負かしたものがいない。それはとても退屈なのだ。我は、我より強い者との戦いを望んできた。数多の戦いをしてきたが、しかしそれでも我に勝てるものはいなかった」
「それで、僕に白羽の矢が立った、ってわけね」
「左様。人間界にて、魔界のものを拝借するという誠に愉快な者がおると聞いてな」
「(それ、リアなんだけどな)」
「我に勝てば、望みをひとつ叶えてやろう。もし負けた場合は、お前の命をいただこう」
「えっ!!?そんな重たいの賭けなきゃダメなの?」
「無論である。命賭けの戦いでなければ意味はない」
「それではケルベロス。お前も命を賭けなければフェアではないな」
後ろにいたシェイドがポンと僕の肩を叩き前に出る。
「ほう、言うな。女よ」
「シェイド、僕の命がかかってるんだけど」
「シオリ、心配するな。私も一緒だ」
「シェイドそういうことじゃない」
何故、命を賭けない、という選択肢がないのか。
「いいだろう。我が負ければ、命を差し出そう」
「やってやろうじゃねえかよ!!」
「Zzzzz……」
「ケルベロス、やる気になっちゃったよ……」
「シオリ、私もついてますから」
「ソフィアも意外と怖いものなしなんだな……」
こうして、とても軽い気持ちで僕の命が賭け《ベット》されたのであった。
◆◆◆◆◆
ケルベロスは僕たちをある場所に案内した。
そこは、S字にくねった複雑な道。道を外れると崖から下へまっさかさま。転落したら、それこそ命を賭けていなくても死んでしまうだろう。
「この道で我より先に通過した者は誰もいない」
「ってことは、この峠みたいな道でスピード勝負をするってことか?」
「そのようだな」
「みたいですね」
「勝負するにしても、流石に走るのじゃあ勝てないぞ…」
「その点は心配ない」
いつの間にか、チャミュが赤いオープンカーを持ってきていた。後部座席にはなにやらごついエンジンが付いている。
「これは?」
「エデモアが今回のためにつくった特殊仕様の車だ」
「メチャクチャ不安だ。それに僕、運転できないけど…」
「そこは私がするから心配いらない」
シェイドがオープンカーに乗り込む。
エデモアの発明品の時点で不安が何倍にも増すのだが、彼女達の肝の座りっぷりというか堂に入った感じは見ていて
「今回はケルベロスの頭3つに揃えて3人まで挑戦できるとのことだ。私は見届け人として、ゴールで待っていることにする」
「そんなあっさり言われても……僕の命かかってるのに」
「シオリなら大丈夫だ。私は信じている」
「その気持ちはとてもありがたいんだけどね。命がね」
信頼されている気持ちは嬉しいのだが、とても複雑な気持ちになる。僕が命を賭けないといけない理由はどこにあるのだろうか。
「シオリ、乗ってください。始めましょう」
「ソフィア、わりと楽しんでない?」
「シオリと一緒ならどんなことも大丈夫ですから。万が一のことがあれば私が守ります」
ソフィアのまっすぐな気持ちは、素直に嬉しい。が、止めてくれても良かったのにとも思う。まぁ、悩んでいても仕方ない。シェイドとソフィアがいればなんとかなるだろうか。
シェイドの運転するオープンカーは、スタート地点へと移動する。その少し先にケルベロスが配置につく。
「では、勝負を始めようか。ルールはなんでもありの一本勝負だ。我より先にここの道を抜けてみよ」
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