39話_あぁ、トロけそうな日
その日は、一年の中でもめちゃくちゃ暑い日だった。
39℃。人の熱なら体調不良で学校を休んだって怒られやしないだろう。
その日最悪だったのは、家のエアコンが煙を吹いて故障し、家の中が灼熱と化したことだ。修理の連絡をしたが、早くても明日になるとこのとだった。
ベタッとした暑さが身体を動かす気をなくさせる。僕は軒下でTシャツに短パンというラフな格好でアイスキャンディを舐めて暑さを紛らわせていた。中は蒸し風呂のような暑さでとてもではないが、いられたものではない。
「暑いわね…」
同じく足を放り出してアイスキャンディを舐めているミュウ。
額から汗がしたたり落ちている。
キャンディを舐める仕草がやけに色っぽいのは気のせいだろうか。白いレースのゆるめなTシャツも汗で透けて水色のブラジャーが見える。
「なに?」
「いや、ミュウも暑そうだなって」
「そうね、サキュバスでも天使でも暑さに強いわけではないし」
ミュウはそう言って僕の上へと乗ってくる。
「ミュウ、さすがに今日はベタつくし暑い」
「あら、失礼ね。これくらい我慢しなさい。むしろ、他からしたら羨ましがられることなんだから」
ミュウはそう言ってベタッとくっついて僕が手に持っていたアイスキャンディを頬張る。ミュウの甘い汗の匂いが体全体からしてくる。匂い自体は心地よいが暑さがどうにもならない。僕はミュウの脇を抱えると、横におく。
「あん、なによもう」
「暑さの限界だよ…。ミュウはよくこの暑さでくっつくこうとするな」
「それは、あなただし」
臆面もなく出てくるその言葉がかえって清々しい。
「本来なら、サキュバスの汗であなたも興奮状態になるはずなのだけれど、シオリってサキュバスの能力にかからないのよね。どうしてなのかしら」
ミュウは僕からとったアイスキャンディを持ちながら首をかしげる。
「それは私も不思議に思ってました」
ベランダにソフィアもやってくる。ソフィアはミュウより汗をかいていたので、シャツもスカートもベッタリ体に張り付いている。
ソフィアはたとえ暑い日でも肌の露出を抑える服を着ることが多いので、今日みたいな日だと服が汗で肌にピタッとくっついた感じになる。下着のラインがくっきりと浮き出てしまうので、これはこれで新たな扉が開きそうだ。
改めてみると、ソフィアのはちきれんほどのメリハリの効いたボディはなかなかの破壊力だ。
「たしかに、なんでかはわからないけど特に影響はないみたいだな」
「ま、だからシオリに興味があるのだけれど」
「私としても安心して一緒にいられるので助かってます」
「ま、そうなんだよな。ソフィアは元々そういうのが嫌でこっちに来たわけだし」
「はい」
「というわけだから、別にくっついても大丈夫よね」
ベタァ
「だ~か~ら~暑いんだって~」
◇
シャワーを浴びた僕とソフィア、ミュウは涼しい場所を求めて家を出ることにした。
2人と並んで歩くと、周囲の視線が「なんでこんな奴と美女2人が並んで歩いているんだ」という風に感じるくらい刺さってくる。
しかし、そんなことよりもとにかく暑い。早く涼しいところを見つけないと、3人とも干からびてしまう。
「シオリ、あそこなんていいんじゃないかしら」
ミュウが指差したお店、フルーツパーラーダイヤモンドダスト。名前からして涼しそうなお店だ。白塗りのお洒落なお店で、店前に飾られているディスプレイのパフェも色とりどりのフルーツが盛られていて美味しそうだ。
「入ってみようか」
涼しい場所ならどこだっていい。僕は、お店の扉を開けた。
「いらっしゃいませ~」
聞いたことのある声、このパターンだと何故かチャミュがいるパターンだ。
しかし、今回は男性の声だった。爽やかな声とともに現れるウエイター姿の長身の男性。
「カ、カゲトラ!!?」
そこには、黒いベストに蝶ネクタイ姿のカゲトラの姿があった。
「お、シオリじゃないかっ。どうしたこんなところに」
爽やかに笑うカゲトラ。ウエイター姿に違和感は感じられない。むしろ、その立ち振る舞いから熟練した何かを感じるくらいだ。
「どうしたってこっちのセリフだよ、ここで働いてるのか?」
「そう、サキュバスのねーちゃんに教えてもらってな」
「サキュバスのねーちゃんって……」
スカーレットのことが頭に浮かぶ。
「そう、天界の一件以来、うちの主人とねーちゃんが意気投合したみたいでな。その流れで職を
「へぇ、そうなのか」
「あの女何しているのかしら…」
「で、ラムはいないのか?」
「主人は今頃ねーちゃんと遊んでるだろうさ」
「カゲトラ、大変だな…」
「なーに、シオリほどではないって。さぁ、座って、何を注文する?」
快活な表情を崩さずメニューを出してくるカゲトラ。仕事を楽しんでるみたいだし、なによりもう僕たちに危害を加えるつもりもないみだいたし、気にしなくてよさそうだな。
僕達はメニューを受け取りどれにするか考える。
パフェはどれも美味しそうだ。フルーツ盛り合わせでも良さそうだし、うーん、これは困ったぞ。
「僕のおススメだとこれだな、スペシャルダイヤモンドダストパフェ」
写真を見る限り、かなりでかいパフェだ。白鳥の形をしたホワイトチョコがてっぺんに乗っていて、ストロベリー、チョコ、バニラアイスの3段重ねのまわりをいちご、ブドウが交互に飾られている。
「なかなかのボリュームだな」
「当店自慢のスペシャルメニューだ。味も保証する」
ニッと笑うカゲトラ。
「3人で1つ頼めばいいんじゃないかしら?」
「そうだな、じゃあそれで」
「注文承りました。それじゃ、ゆっくりしてってくれよな」
カゲトラは伝票に書き込むと、キッチンの方に入っていった。
「はぁ~、涼しい~」
家とは大違い。涼しい空間のありがたさを感じずにはいられない。僕はテーブルに顔をピタッとくっつける。テーブルも涼しかった。
「さっきまでの暑さが嘘みたいね。天界にもあるといいのに」
「天界は暑い日はどうするんだ?」
「天界に四季なんてものはないわ。いつも同じ穏やかな感じよ。神の機嫌が悪いときなんかは精霊の力で冷やしたりもするけれど」
とてもファンタジーらしい回答。精霊の力で冷やしたりできるんだな。
「地上はこういう時大変ね」
「まぁね、にしたって珍しい方だよ」
「そうですね、こちらに来てからこんなに暑いのも初めてです」
「わりと穏やかだったからね」
そうこう話をしていると、カゲトラが馬鹿でかいパフェを持って現れた。なんか、写真よりでかくないか?
「お待たせ!!特製スペシャルダイヤモンドダストパフェだ!!」
ドンッ!!
重量感のある器が置かれる。
3段重ねのアイスの頂点に立つ白鳥が優雅にポーズを決めていた。
「思っていたより大きいわね」
「大きいですね」
「だろ?さ、溶けないうちに食べてくれよな」
「では、いただきます」
スプーンでアイスといちごをすくい、口へと運ぶ。バニラアイスの甘味といちごの酸味が程良くマッチし、幸せを運んでくる。
「美味い!!」
「美味しい、これなら食べられそうね」
「美味しいです」
ミュウもソフィアも目を輝かせて、パフェを食べる。これを選んだのは正解だったみたいだ。
「気に入ってくれたみたいだな。ま、店の看板メニューだからこれくらい…」
「店員さ~ん、こっち来て~」
「は~い、ただいま。じゃ、客に呼ばれたんでまた」
カゲトラは他の客の方へと歩いていく。見ていると、カゲトラ目当てで来ている客が多いことがわかる。女性に大人気のようだ。
「すっかり馴染んでいるみたいね」
「そうみたいだな」
街に天界の住人が着々と増えてきている気がするが、上手くやれているのならまぁいいんだろう。
2人とも美味しそうにパフェを食べるので、それを見て僕も嬉しくなる。
「姉さま、シオリが食べたそうにしてるわよ」
「えっ?」
「姉さまに食べさせてほしかったんでしょ?」
「違うよ!!2人が嬉しそうに食べてるなって思っただけで」
「あら、じゃあいらないってことかしら?」
「そういうわけじゃないけど…」
しどろもどろになる僕を見て楽しむミュウ。
「ミュウ、あまりイジワル言わないの。シオリ、はい」
アイスをすくったスプーンを僕に向けてくれるソフィア。恥ずかしさと闘いながらそれを食べる。躊躇してソフィアを傷つけてしまうのが嫌だった。
「うん、美味しいよ」
「シオリ、、」
ソフィアから積極的に来てくれたことが嬉しくてついにやけてしまう。
「はい、じゃあ次はこっち」
ズボッ!!
ソフィアの余韻を感じる暇もなく、ミュウのスプーンが容赦なく口に突っ込んでくる。
「ミュウ!!あふふぁいふぁろ(危ないだろ)!!」
「あら、ごめんなさい。まだ欲しいのかと思って」
悪びれた様子もなく、戻したスプーンを舌で舐めとるミュウ。
「ふぅ、まったく……」
「それにしても、本当にこのパフェ美味しいですね」
ソフィアが嬉しそうで良かった。
「うん、これは良い店を見つけたね。涼しいし、言うことなしだ」
店の中も、爽やかな色合いで、観葉植物も置かれておりとても過ごしやすい。
「さて、今はいいんだが、夜はどうしようかな…」
蒸し風呂状態の家を思い出し、気分がうだる。このまま帰っても
また汗だくになるだけだし、どうしたものか……。
「どうしたシオリ、そんなに渋い顔して」
「カゲトラ、実は──」
「───あぁ、それは大変だな。そしたら…こんなのはどうだ?」
カゲトラからある提案を受ける。
「なるほど、それは良さそうだな」
◆◆◆◆◆
カゲトラの提案を受けて、とある店へと寄った後、家へと帰る僕とソフィア。
ミュウは喫茶店へと帰っていった。
満を持して登場したのは、『快眠ひんやり冷却ジェルシート』。
マットタイプのそれは寝る時に敷くと、気持ちよく寝られるとのことだった。
早速、ソフィアの部屋のベッドにマットを敷いてみる。
触ってみるとひんやり冷たさが伝わってくる。これなら快適に眠れそうだ。
「ソフィア、横になってみて」
「はい。あぁ、これは涼しいですね。これなら眠れそうです」
ゴロゴロとマットに転がるソフィア。マットに転がるだけなのに可愛い。
「シオリも、寝てみますか」
横にスペースを開けて、促してくるソフィア。
「じゃ、じゃあお邪魔します…」
ソフィアの横に寝転ぶ。マットに染み込んだソフィアの汗が甘い匂いを発していて、冷たいデザートの上に寝ているような気分になる。
「これは気持ちいいな」
「ですよね、カゲトラさんに教えてもらえて良かったですね」
「うん」
横を向くとソフィアの顔が思ったより近いことに気付いてドキドキする。
「これなら今日は寝れそうだね、それじゃあ」
「あっ、、」
起きあがる僕を引き止めるソフィア。
「マット1枚しかないですし、シオリがイヤでなければ、、」
お金の都合でマットは1枚しか買えなかった。ソフィアが顔を真っ赤にさせながら一緒に寝るのを提案してくれている。
「イヤなんてことはないよ。そ、それじゃあ」
僕は再び横になる。うだるような暑い日も、こんな良いことがあるなら悪くないのかもしれない。今日は1日平和に済んで良かった。僕とソフィアは手を繋いだまま、一緒に眠りについた。
◆◆◆◆◆
一方、カゲトラはというと、仕事を終えて六畳一間のアパートへと帰路に着いていた。
このアパートもスカーレットが教えてくれた場所になる。造りはボロいが家賃3万円となかなかのお手頃物件だった。
階段を上がりドアを開けると、ラムとスカーレットがお酒を飲んではしゃいでいた。
「あ、帰ってきたわね犬~!!つまみつくりなさい!つまみ~!」
「そうだ~、つまみつまみ~!!」
空いた缶をカンカン鳴らす。すっかり楽しくなっている2人。けらけら笑いながら、床に寝転がっている。2人ともTシャツに短パン姿で下着がチラリと見えているが一向に気にする気配はない。
「はいはい…。まったく、仲良くなりすぎるのも考えもんですね」
カゲトラは苦笑いしながらキッチンに向かう。
自分の主人に、対等に話せる友人が出来たこと、面倒が増えたこと、全てひっくるめて地上での生活もまぁ悪くないな、そう思うのであった。
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