37話_閑話_サキュバスと板挟みエスプレッソ
これは、シェイドが家に来てだいぶ打ち解けて来た頃に起きた話―――。
「シオリよ、あのサキュバス達はどうにかならないのか」
その日は休みだったので、ソファで寝ころんでいるとテーブルの上に置かれていたシェイドが話しかけてきた。
「ん、サキュバス達って?」
「不埒なミュウとスカーレットのことだ」
シェイドが家に来てからしばらく経ち、徐々に会話ができるようになってきた。
普段は僕の方から話しかけることの方が多いのだが、今日は珍しくシェイドの方から話しかけてきた。よっぽど腹に据えかねるものがあったのだろう。
まぁ思い返せば、ここ数日スカーレットとミュウには猛烈なアタックを受けていたし、誘惑のレベルもブラジャーやらパンティーやらが飛び交うような、まぁ凄いものだったからシェイドが何か言いたくなるのもわからないでもない。
「シオリもシオリだ、ソフィアという女性がいるのであれば、はっきりとさせるべきだろう」
「それはもうおっしゃる通りで」
シェイドの言う通りなのだが、ちゃんと伝えていても伝わらない。というか、そもそも向こうは1対1という枠組みで話をしてこないので、いくら言ったところで無駄なのであった。
「別に誰でも好きになっていいよ。私もそうするし。その上で私を好きになったらいいじゃん☆」
とはスカーレットの談。
「別に姉さまを好きであろうと関係ないわ。あなたが私の魅力を認めればいいのだから」
とはミュウの談。
「そもそも会話になってないんだよな」
サキュバスと人間の大きな溝は埋まりそうになかった。
「その
「お嬢は特別なんだよ」
どこからやってきたのかフーマルがソファに飛び乗ってきた。
「特別ってなにがだ?」
「お嬢の場合は、異性に対するトラウマが強すぎて対象を複数持つなんて考えられないのさ」
「まぁ色んなところから迫られたって話してたしなぁ」
「それこそサキュバスの能力で従わせればよいのではないか」
「それが出来てたなら苦労しないさ。現実は発情したお猿の大量生産で正に猿山だったそうだ。ま、実際に見たことはないけどな」
「フーマルはその辺詳しいよな」
「ま、お嬢のペットだからな」
「とにかくだ、シオリよ。私は関係の整理整頓を提案する。スカーレット、ミュウ、香山、この異性については早急に関係の解消を図るべきだ」
「スカーレットとミュウはわかるけど、なんで香山まで?」
「…シオリは愚かなのか」
「うるさいなっ」
シェイドに馬鹿にされるようになり、関係が進展したと喜べばいいのか嘆けばいいのか。
「まぁ、シェイドの言うこともわかるし、今度ちゃんと話をしてみるよ」
「賢明だな」
「ま、お嬢以外に何を話したところで聞く耳持たないとは思うが。それよりお嬢にちゃんとサービスしてやってんのか?そっちの方がいいと思うがな」
「確かに、フーマルの言うことも一理ある。シオリよ、私もそれを提案する」
犬とキーホルダーから人の色恋沙汰について心配される日がくるとは思いもしなかったよ。
「それはそうとだな。そろそろお嬢のセクシーな衣装が見たい。あの水着以来拝めていないからな」
「いや、ソフィアにはより清楚な形の服装がいい」
あれ、今趣味趣向がすれ違ったのを感じたぞ。
「なに?」
「ソフィアは肌が見えないからこそあの可憐さと健気さが引き立っている」
「やけに
「ソフィアは好感の持てる異性だ。主人の相手を考えるならば最適だろう」
「着込んだ方がいいってのはシェイドの意見なんだよな?」
「黙秘する」
「こらっ」
「わかってねぇなあ。お嬢のダイナミックなボディはちゃんと出してやらないと魅力がわからないだろう。ボンキュッボンをちゃんと出してこその魅力よ」
下世話ポメラニアンはボンキュッボン(死語)をジェスチャーで表現しながら楽しそうに喋る。
「皆、楽しそうですね」
そこに、洗濯物を取り込んで降りてきたソフィアがやってきた。
「や、やぁソフィア、お疲れさま。話聞いてた?」
「いえ、フーマルが魅力がどうのくらいしか聞こえませんでしたが」
「フーマルとシオリのソフィアに感じる魅力の違いについて話をしていたところだ」
「えっ////」
「(こらシェイド!フーマルとお前の話だっただろ)」
「(そういうことにした方がベストだと判断した)」
「(勝手に判断してんじゃねーよ!!)」
キーホルダーに小声で話しかける絵面はなんとも言い難い物がある。
「え、えっと、反応に困っちゃいますね///」
「シオリが水着を着たお嬢の胸に顔をうずめて一緒に寝たいって言ってた」
「丈の長いスカートにセーラー服を着てほしいとも言っていた」
「こら、お前らちょっと待てー!!」
2人に対して総ツッコミを入れる。
話が全然違ってるじゃないか!!シェイド、お前の言う清楚ってそういうことなのか?
「……シオリ」
ソフィアの顔が怯えた感じになっているのがわかる。ヤバい、このままだとまた関係がギクシャクする。
「ソ、ソフィア落ち着いて。別に僕が言ったわけじゃないから」
「男じゃないなシオリ」
「ソフィアの魅力は一番熟知しているのであろう」
「こ、こいつら…」
いつの間にコンビネーションなんか決めてきやがって、今後僕とソフィアの間に何か変な溝が出来たらどうしてくれやがんだこのやろう。
「あ、あはは、フーマルもシェイドも何言ってんだろうね~、ほらソフィア洗濯物干さないとシワになっちゃうよ」
「あっ、そうですね。急いで干してきますね」
なんとかその場をごまかし、ソフィアを退場させることに成功する。
「おい」
振り返ると既にフーマルの姿はなくなっていた。逃げ足の早い奴。
シェイドはと言うと、話しかけても一切反応がない。物言わぬキーホルダーを決め込んだ。
「覚えとけよお前らー!!」
リビングに僕の叫びがこだました。
◆◆◆◆◆
次の休みの日、その日僕は1人で散歩に出掛けた。
とはいえ、天帝の使いの件もあるのでシェイドは連れて行くことにした。昨日の一件以来、一切反応せずだんまりを決め込んでいる。表情がわからない分、そういう意味ではシェイドの方が有利だ。こちらの声がちゃんと届いているのかもわからない。
「覚えとけよ」
小さく恨み言を言う。
昨日、ソフィアに避けられたりはしなかったが、関係が悪くなった際にはシェイドに全て説明してもらわないと気が済まない。
たまにはゆっくりするのもいいかと思い、公園へとやってくる。
草原のスペースで寝ころび青空を見つめる。雲一つない空、自分の悩みなんかちっぽけに感じるほど空は広かった。なにかと巻き込まれることが多かったから、今日くらいはひとりで過ごそう。
そう決めてゆっくりと目を閉じる。
心地よい風とともに、なにやら甘い匂いが漂ってくる。可愛らしい女の子が近くに来たときに感じるあの柔らかく爽やかな匂い──。
なんでそんな匂いがする?夢?夢で匂いはしないよな。うとうととしていた意識が朧気に目覚める。
うっすら目を開けるとそこにはスカーレットが僕の隣で寝息を立てていた。
「おわっ!」
なんでこんなところにスカーレットが!
驚いたものの、動いて起こしてしまうと面倒になる、とその場からゆっくり離れようとする。
「あら、ここで何してるのかしら?」
後ろから聞こえる馴染みのある声。
ちょっときつめな口調のこの声は──。
今一番出会ってはいけないサキュバスだった。
「や、やぁミュウ」
たこ焼き片手に僕を見下ろしているミュウ。
隣で寝ているスカーレットを見つけ、表情が一気に険しくなる。
「………一体何をしているのかしら?」
怒気を含んだ声色。うーん、なんてこった。
何がいけなかった?僕が何をしたと言うんだ。
「いや、公園でのんびりしてたらいつの間にかスカーレットがいてね…」
「そんなわけないでしょ!!」
ミュウは僕の口にたこ焼きを突っ込む。
アツアツのたこ焼きが口に入って熱さで悲鳴を上げる僕。
「あっつ!!」
その騒ぎに気付いてようやく起きるスカーレット。
「なにさ~せっかくシオリと寝てたのに…。って、あ、なんでめんどくさい奴がうるのよ」
「それはこっちのセリフよ」
火花を散らし合うスカーレットとミュウ。
せっかくゆっくりした休日にしようと考えていただけなのに。なんでこんなことに。
「シオリ、やはり我が主人は面倒の星に生まれついた者のようだな」
「あ、お前こんな時に喋りやがって!」
「ねぇシオリ、なんでこんなことになってるのか説明してもらえるかしら?」
「シオリが公園で一緒にひなたぼっこしたいって言うから横になって寝てたんだよね~☆」
「スカーレットもしれっと嘘混ぜてこないで!!ややこしくなるから」
火に油、もう面倒に面倒が重なり止まらない状況になっている。面倒のゲシュタルト崩壊だ。
その時、シェイドが2人に向けて語りかけた。
「そこの2人よ、我が主人が困っている。この際、主人に変わってはっきりと伝えよう。貴公らの誘惑では魅力の欠片も感じない。ソフィアの足下にも及ばない。よってアプローチするだけ無駄である、と」
今考え得る最悪な方向に流れる言葉だった。
火に油の油を注いだのだ。しかもオイルタンカー級の奴を。
「魅力が、なんだって?」
「何その品のないキーホルダーは……今そいつが言ったのかしら?」
スカーレットとミュウの顔つきが一変する。
シェイドに煽られて怒りが頂点に達しているようだ。
「ミュウ、一時休戦よ」
「…わかったわ」
何故か結託する2人。
ミュウは黒薔薇、白薔薇の剣を呼び出すと僕の両手に突き刺す。前にもやられたことのある奴だ。手が地面に固定され完全に動かなくなる。
「おいっ、ミュウ。やめてくれっ」
「そこのガラクタが、私が魅力がないとか言うものだから、はっきり見せてやるだけよ。だから少しだけおとなしくしていて頂戴」
ミュウは僕の腹の上に跨がると、履いていたタイツを太ももら辺までずらしてスカートをたくし上げる。太ももの付け根がちらりと肌見えしていてもう少しスカートに上がればパンティーが見えるかというギリギリ具合だ。
見えそうで見えない絶妙なラインを突いてくる。
そこに大きなお尻が目の前にドンと乗ってくる。ホットパンツの隙間からチラリと見えるエメラルド色の下着。スカーレットが僕に背を向ける形で乗っかってきたのだった。
「どう、このボリューム感、魅力たっぷりでしょ」
「ちょっと邪魔しないでくれるかしら」
「邪魔はしてないわ。シオリの目の前で私の魅力を見せてあげてるだけ」
「それが邪魔だっていうのよ」
僕の胸と腹の上でサキュバス同士の喧嘩を始める。
どんなシチュエーションなんだこれは。
スカーレットの甘いバラのような匂いが鼻の前で滞留している。
「シェイド、これお前のせいだからな」
「サキュバスがこうも下品だとはな。程度が聞いて呆れる」
「わかったからそれ以上煽らないでくれ…」
「シオリ、そのガラクタどっかに捨ててきてくれないかしら。不愉快だわ」
「うん、それいらないよね」
2人して僕のバッグに入っているシェイドに手を伸ばそうとする。
「待ってくれ!それは必要な物なんだ!2人を挑発したのは悪かった、謝るからそれだけは勘弁してくれ!」
何故、自分が謝らなければいけないのか全くわからないが、とにかくここを収めないといけない。2人に思いとどまるよう必死にお願いをする。
その立場に優越感を感じたのか、ミュウが僕の耳元で囁く。
「(じゃあ、今度私だけのために1日時間をとると約束しなさい。そうしたらガラクタの無礼も許してあげる)」
やむを得ず、その条件を飲むことにする。
急に上機嫌になり、立ち上がるミュウ。スカーレットを見て勝ち誇った顔をする。
「寛大な心の私に感謝することね、ガラクタ。今回だけはシオリに免じて許してあげるわ」
さらっと髪をかき上げる仕草をするミュウ。
スカーレットは何かを察知したのか僕の耳に顔を近付ける。
「(今度スカーレットの言うことを聞いてくれるなら、あれ投げるの許してあげる)」
この場を収めるためには、拒否の選択肢がない。わかったと縦に頷く。
スカーレットの表情がいたずらと笑みに満ちた顔に変わる。
「しょうがないな~、今回だけだからね」
スカーレットとミュウから解放され、やっと起きあがる。ふぅっと自然に溜め息が漏れる。
「ガラクタ、次に魅力がないなんて言葉出したらその時は容赦ないから、覚悟しなさい」
「その台詞を吐く時点で、既…」
「(シェイド!少し黙っててくれ!)」
「了解した」
「ふぅ、ゆっくりしたかっただけなのにこんな1日になるなんて…」
「あら、ゆっくりしたかったなら言ってくれれば良かったのに」
さっきまで怒ってたのはどこのどなただ…とは言えずに、ハハハと乾いた笑いを返す。
「じゃあ、僕はこれで帰るよ」
スカーレットもミュウも渋々、僕の話を聞いてくれ、その場で解散したのだった。
「ただいま~……」
「お帰りなさい。シオリ、大丈夫ですか?やけに顔がやつれて見えますが」
「まぁ、色々あってね…」
ふらふらしながら家の中へと入る。憔悴しきったままご飯を食べ、お風呂に入る。
ソフィアが心配そうにしていたが、大丈夫と言ってそのまま自分の部屋へと上がっていった。
コンコン。
しばらくした後、ノックの音が。
「シオリ、起きてますか?」
「あぁ、起きてるよ」
「入ってもいいですか?」
「うん、どうぞ」
ドアを開けてソフィアが入ってくる。
手にはコップを乗せたおぼんを持っていた。
「ゆずと蜂蜜を温めた飲み物です。寝る前に少しでもリラックスできたらって」
「ソフィア……ありがとう」
コップを手にとりホットゆずはちみつを飲む。甘みがほんのりと優しい。
ソフィアの優しさに、涙が出そうになる。
「シェイドさんが、シオリをゆっくりさせてほしいって。自分のせいで今日台無しにしてしまったからって」
そっか、シェイドも気にしていたんだな。
あれはシェイドなりに良かれと思ってやったことだったのかもしれない。結果は散々だったが。明日ちゃんと説明しようか。
などと考えていると、ソフィアがパジャマのボタンをひとつずつ外し始めた。
「ソ、ソフィア!?」
ボタンが外されシャツが開き、中から純白の水着が出てくる。弾力感がしっかり伝わるソフィアのおっぱいだ。
しかし、何故水着。
「シ、シオリの好みは正直わからないのですが、ま、前に私が甘えた時もあったので、今日は、今日くらいは……」
恥ずかしさで語尾が尻切れになるソフィア。
顔を真っ赤にしてうつむいたまま両手を広げるポーズをする。こっちに来ていいよ、のポーズだ。
これって…。
フーマルが
なんともまた変態的な行為をソフィアにさせてしまったなぁという罪悪感と、ソフィアの気遣いによる嬉しさで、今日くらい甘えても罰は当たらないだろうと、ソフィアの胸にそのままもたれかかる。
そのまま優しく受け止めてくれるソフィア。
いつぞや感じたような、優しい匂いに包まれたまま僕はそのまま眠りについた。
「おやすみなさい、シオリ」
◆◆◆◆◆
次の日、ソフィアの胸の中で得た眠りは、しっかりと休養がとれて心地よい目覚めになった。
そのまま2人降りてきて、一緒に朝ご飯を食べる。
「シェイド、おはよう」
「……」
「昨日のは、まぁシェイドもわかっただろう。自分にとって正しいと思うことを伝えることが、自分が思い描いた結果に必ず繋がるというわけではないって」
「……学習した」
「わかってくれればいいんだ」
僕は少し笑って、ソフィアが出してくれた朝ご飯を食べ始める。
「シオリ」
「なに?」
「ソフィアの胸に顔をうずめて寝るのは、よく眠れたか?」
「だからそういうのは言わなくていいんだってーーーー!!」
僕の叫びがリビングにこだました。
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