24話_そして物語は動き出す
ある晴れた日のこと、今日は学校がお休み。
午前中は家の掃除をしながら過ごしていた。
久しぶりに何もなくゆっくりできる日。
最近ではこういう日が本当に珍しいので、面倒事が起きないよう慎重に細心の注意を払いながら堪能する。
端末を眺めながらニヤニヤしている変態ポメラニアンをソファに追いやり掃除機をかける。シェイドはキーホルダー掛けに置く。時折なにかを呼びかけているようだが、掃除機の音で聞こえないフリをする。
自分1人の時間を持って考え事をするのが必要だ。
というのも、
ミュウ、ソフィアと一夜をともにした衝撃的な一件から、ソフィアの行動にも変化が出てきたからだ。
何が変わって来たかというと、
前に比べて自分の意志が前に出てくるようになった。
それに、スキンシップが増えた。
前は手を繋ぐことすらためらわれていたのに、今では人目のつかない場所だったら少し近付いてくるようになった。
「ソフィアもようやく主張をしてくるようになったな。良いことだ」
「お前、ソフィアになんか言ったのか?」
窓を拭きながらシェイドの言葉に答える。
「我慢するのもよいがミュウに先を越されるぞ、と言っておいた」
「あまりソフィアを焦らせるなよ…」
シェイドに触発された部分もあるのだろうが、ひとまずは進展したということでいいのだろか。ミュウの方はというと、アプローチが収まるどころかより大胆になる一方だ。
「正式にソフィアと付き合うことにしたのだろう?だったら、それ相応の努力はしなければいけない」
「まぁ、そうなんだけど」
自分が何もしていない、というのはたしかに心に引っ掛かっている。
ソフィアがこっちの世界で楽しく過ごせるようなにかしたいと思っているのは本当だし
その役に立つなら、なにか行動した方がいいと思っているのも本心だ。
「シオリ、洗面台の掃除は終わりました」
「ありがとう。こっちももう少しで終わるから、終わったら少し出掛けようか」
「はい、じゃあ部屋の整理をしてますね」
ミュウはそう言って階段を上がっていく。
「今日はどうする予定なんだ」
「買い物にでも連れて行こうかなって。そろそろ春物の服があってもいいだろ」
「シオリにしては賢明な判断だ」
「しては、ってなんだよ」
シェイドにツッコミを入れながら掃除を終わらせる。
日中やることもあらかた終わり、支度をしてソフィアと一緒に家を出る。
「今日はどこに行くんですか?」
「今まで一緒に行ったことないから、アウトレットでも見て回ろうよ」
「ホントですか!!行ったことがないので楽しみです」
「テレビでは見てたけど、一緒に行ったことはなかったもんね」
「はいっ、色んなお店があるですよね。楽しみだなぁ」
嬉々とした声を上げるソフィア。喜びを素直に表現することが少ないので、こういう時は純粋に可愛いなと思う。
「じゃあ行こうかっ」
「はいっ」
僕はソフィアの手を取り、アウトレットに向けて出発した。
◆◆◆◆◆
場所は変わって、天界の宮殿―――。
丸いベーグルのようなお菓子を食べながらベッドで寝そべっているラム。
横ではカゲトラが書類をまとめている。
「主人、いい加減デスクを掃除してくださいよ」
「イヤよ、面倒だもん。犬、あんたがやりなさいよ」
「そう言ったって、まとめるのはできますけど申請出さないといけないやつとかあるんですから……あ、主人、これ天帝の使い宛で来てるやつですよ」
カゲトラの言葉に反応し、バッと紙を引ったくるラム。
「そういうのは早くいいなさいよね!!なになに『サキュバス姫、捜索の任、状況好転せず。我、自ら出陣せり』」
「……お前らがソフィアを連れてくるの遅いから私自ら出るわ、ってことですかね?」
淡々と書面を読むカゲトラ、ラムの顔が見る見る怒りに変わっていく。
「なんで早く気が付かないのよ!!!行くわよ、犬!!」
ラムは慌てて上着を取り出すと、部屋を飛び出していく。
「今からですか!?もうとっくに天帝出てますよ!!」
カゲトラは慌ててラムの元を追った。
◆◆◆◆◆
また同じような時刻、宮殿内部の別の場所では、同じく文書を受け取ったリーガロウが同じくデスクで唸っていた。
「リーガロウ様、いかがいたしましょう」
リーガロウの側近、エメがデスク前に直立不動し命令を待つ。
がっちりとした屈強な身体に角刈りの頭、戦士と呼ぶにふさわしい天使だ。
「(この内容から察するに天帝はもう既に人間界に降りているだろう。せっかちな人だからな、無理もない。さて、この後私はどうするか、だが…)」
「リーガロウ様、ご命令を」
「あぁ、エメは例のサキュバス天使の行動を確認して連絡をくれ。私は天帝にお会いしてくる」
「承知致しました!!」
ビッと敬礼をするとエメは部屋を出て行く。
真面目な性格で役割を与えるときっちりとこなす。
その分、柔軟性は足りず、曖昧な命令だと中途半端な成果しかあがってこない。まぁ、上手く使ってやればよいのだ。
リーガロウはそう言って、胸に閉まっていたロケットを取り出す。そこにはミュウのウエイトレス姿の写真が写っていた。喫茶店のマスターなる人物から購入した代物だ。
あの時、一目見てから忘れられなくなってしまった彼女。凛々しさと可愛さが同居したあの愛らしい姿、出来ればまた一目会いたいと機会を伺っているが、なかなかチャンスに恵まれない。
「リーガロウ様!!」
「な、なんだ!!?」
慌ててロケットをしまう。
「天帝が人間界に降りたとのことです!!!至急護衛を!!」
「なに!!」
やはり、もう既に降りていたか、こうなったら天帝の独断は止められない。なんとか
出来るだけ穏便にお戻りいただくようにしなければ。
リーガロウはロケットをしまうと上着を羽織り、自分の部屋を後にした。
◆◆◆◆◆
アウトレットモール【サラミス】。街の近くにあるショッピングセンターの中では比較的規模の大きいものだ。
僕はここを訪れたことはないが、テレビではよく取り上げられていてブランド物や、美味しい屋台などが紹介されている。
実際に訪れてみると、思ったより人がいて休日の賑やかな雰囲気だった。
「わぁーっ!!いろんなお店がありますね!」
驚いてあたりを見回すソフィア。
「色んなお店が入っているからね、気になるお店があったら入ってみていいよ」
「どこから見たらいいか迷いますね。とにかく、色々見てみたいです」
「そうだね、行こうか」
僕がソフィアの手を握る前に、逆に手を握られる。
「私も、もっと積極的になれるよう、がんばりますっ」
顔を真っ赤にしながらも一生懸命に笑うソフィア。
「ソフィア、さぁ行こうかっ!」
アウトレットモールを色々と見て回る僕とソフィア。普段着ないような衣装やアクセサリーを
付けたりして試着してみたり、雑貨屋で何に使うかわからない道具で遊んでみたり、歌うアイスクリーム屋でアイスを注文してみたり、2人で楽しい時間を過ごした。
一通り見て回り、休憩でベンチに腰掛ける。
「結構見て回ったね」
「はい、今までに見たことのないものばかりで面白かったです!」
満面の笑顔を見せるソフィア。無邪気な笑顔を久しぶりに見れて僕も嬉しくなる。
「シオリ、このスカートありがとうございます」
アウトレットを周っている時に、ソフィアが気になったスカートを買ってあげていたのだった。丈の長さで悩んでいたみたいだったのだが、僕は似合っていると思った。
「似合ってると思うよ。今度見てみたいな」
「はい。今度出かける時に着ていきますね」
ソフィアは嬉しそうに袋をしまう。
「にしても、久しぶりに2人でゆっくりできたね」
「そうですね。ここのところ色々ありましたから」
「私はいるがな」
「そこは連れて来てるんだから黙っていてくれよ」
「2人とも上手くいっているようだから極力黙っていはいるが。もし、変なこ―――」
「あーっ!ならないから!大丈夫だから」
シェイドが変なことを喋り出す前に言葉を遮る。
「にしても、まさか今日は天帝の使いは来ないよな」
「一応チャミュには私たちの行く場所を伝えておいた」
「あっ、そうなんだ」
「念のためということもある」
「シェイド、ありがとう」
「2人が上手くいくのなら、私のことは気にしなくていい」
「
僕はそう言ってベンチから立ち上がる。
「さて、もう少し見たら帰ろっか」
「はい」
ソフィアに手をさしのべ、その手をソフィアがとろうとしたその時、
「シオリ!!」
シェイドの叫び声、それとほぼ同じくらいに上空からとてつもない衝撃波が降りてきた。
爆風とともに弾き飛ばされる僕とソフィア、近くにいた客もまとめて吹き飛ばされた。
激しい衝撃がベンチのまわりの物、一切を吹き飛ばしていた。
「いたたっ……」
いたた、で済むのもシェイドがいてこそだ……。
大怪我をしていてもおかしくない。まわりを見渡すがたくさんの人が
倒れて気を失っている。
ソフィアは無事か?
「ソフィアー!!」
辺りを見回すと、そこには白いローブを着た男がソフィアを抱えて浮いていた。
オールバックの白髪につり目の男性が嬉々としてソフィアを見つめている。
「おぉ、姫よ。探したぞ。一体何故こんな世界に降りたというのか」
つり目の男がソフィアに口付けをしようとする。体を反らして逃げるソフィア。
「い、いやっ…」
「何を逃げることがある。久しぶりの再会を祝おうではないかっ」
ぐいっとソフィアの腰を掴み引き寄せる男。
「ソフィアから…離れろ!!」
僕は起き上がり、男に向かって叫ぶ。
「シオリ、こいつはマズイぞ。力の差があり過ぎる」
「シェイド、頼む。力を貸してくれ、ソフィアを取り戻す」
「……地面を思い切り蹴って跳べ。能力は私が渡す」
「なんだ、まだ動くゴミがいたか」
シェイドの力で大きく跳んだ僕は男に向かって拳を振り上げるが、冷酷な視線を向けられた瞬間、激しい衝撃波に吹き飛ばされる。
「が、はっ…!!!」
再び幾度となく地面に打ち付けられ転げ回る。圧倒的な力の差になす術もない。
「シオリ、無事か。このままダメージを受け続けると私も耐え切れなくなる」
「すまない、シェイド……」
体は動くが、シェイドの耐久力が最早悲鳴を上げていた。これ以上は無茶ができない。
「シオリー!!!」
男に抱かれたまま、僕の名前を必死に叫ぶソフィア。
「姫よ、ゴミのことは気にしなくていい。私との再会を喜べ」
ソフィアの胸をもみしだきながら、キスを迫ろうとする男。
「そんなっ…喜ぶなんて……できませんっ!!」
男の腕から逃れようとするが、より激しく締め付けられる。
「あ、あぁっ…!!」
苦痛に悲鳴を上げるソフィア。
あまりの痛みのせいか、気絶したように体がガクッと崩れ落ちる。
「ソフィア!!!」
「まったく、人間界に降りてすっかり毒されたか。これは早急に浄化せねばならんな。ネリアーチェよ」
「はっ」
男の呼びかけに応じる寡黙そうな紫髪の女天使。
「姫を連れていけ。私はここを片付ける」
「御意」
男はソフィアを女天使に渡すと、地面へと降り立った。ソフィアは女天使によってどこかに連れ去られていく。
「……お前は、誰なんだ……」
ふらつく体を、無理矢理起こす。
「我が名はエルデバルト。天帝とも呼ばれているな」
そう言って男は不敵に笑う。
「お前が姫の近くにいたことは知っている。ゴミの風情でよくも舐めた真似を。我自ら消し去ってやる、光栄に思え」
エルデバルトと名乗った男は、両手に極大なエネルギーを溜める。まわりの地面が剥がれていき、宙に浮いていくほどの力。
「シオリ、逃げろ。これは受けきれない……」
「わかってる、でも、体が動かないんだ…」
さっきの衝撃で足が全く動かなくなっていた。
「焼却だ」
エルデバルトから放たれるエネルギーがまわりの物を全て消し飛ばしながらこちらに向かってくる。それが僕に到達する直前、横から現れた何者かによって僕は突き飛ばされた。
エネルギーの通った後は焼け焦げた後が残り真っ黒になっている。
何も残っていないのを確認したエルデバルトは、満足そうに空へと帰って行った。
「う、うぅ……」
衝撃により意識が朦朧とし、状況が理解できない。目の前には、金髪の女性が僕に覆い被さっていた。背中の羽根が半分焼け焦げている。
「チャ、チャミュ!!?」
助けてくれた人物がチャミュだと気付き、慌てて身体を起こす。
「すまない、もう少し早く助けられれば、良かった……」
「チャミュ、喋らなくていい…なんとかするから」
「ソフィアを、を助けてあげてほしい…」
「わかった、わかったから……」
その言葉を残して意識を失うチャミュ。
今起きたことを受け入れられず、僕は天に向かって叫び声を上げた。
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