第28話 強くなる思い
伯爵家の奥の茂み。砦の城壁に近い場所から、だれかがこちらを観察しているようだ。伯爵家の人物か、それとも別か。確認することはできないが、魔法で印をつけて行方を追うことはできる。
俺は追跡の魔法を使い、印をつけると、相手の出方をまった。実はこの魔法、パメラにも使っている。万が一何かあれば問題になるからね。もちろん緊急時以外ではパメラの居場所を追跡するつもりはない。あくまでも見失ったときのためのものである。
「エル様、どうされました?」
「いや、いつ見てもパメラは美しいなと思ってな」
「い、嫌ですわ、そんなことを言って。からかわないで下さいませ」
ほほを膨らませて、耳を赤く染めて、プイとそっぽを向いた。俺がジッとパメラを見ていたことに気がついたようだった。動揺してつい本音が出てしまったが、どうやら冗談にとられたようだ。それにしては、チラチラと恥ずかしそうにこちらを見ている。
シロもオルトも不審者に気がついたようである。頭を上げてそちらの方を警戒していた。今のところは殺気も感じないし泳がせておくことにしよう。伯爵家で働いているならばそのうち顔を合わせることもあるだろう。問い詰めるのはそれからでもいい。
城壁を越えて逃げるようならすぐに捕まえて尋問する。ひとまずはこの方針で行く。パメラの前で手荒なことはしたくはないからね。
パメラも魔物相手の手荒いことにはずいぶんと慣れてきたと思うが、それでも時々目を背けることがある。
その様子が申し訳なくて何度も実戦訓練を辞めようかと思ったが、パメラの決意は固く「大丈夫です」の一点張りだった。俺が無理やり辞めさせようとすると潤んだ目をしてこちらを見上げながらイヤイヤと首を左右に振るのだ。
そこまでされて辞めさせることは、俺にはできなかった。なんだかんだ言っても俺はパメラに甘い。それは認める。
休憩が終わり庭の散歩を再開した。怪しい人物は先ほどの場所から動いていない。
散歩が終わる頃にはずいぶんと日が暮れており、うっすらと西の空が赤く染まりつつあった。夕食の時間までにはもうしばらく時間があるとのことだったので、用意されていた来客室へと戻った。
「うーん、来客室にしてはなかなか広い部屋だね。もしかして、来客用じゃなくてご主人様のためにわざわざ用意した部屋なんじゃないの?」
シロがそう言うのも無理はない。準備されていた部屋は当主の部屋だと案内されても納得のゆくものだった。
暗い赤紫色のソファーは柔らかさと弾力を兼ね備えた座り心地の良いものであり、シロはすぐにそれが気に入って丸くなっている。
ソファーのすぐ側には琥珀色の磨き上げられたテーブルがどっしりと鎮座している。壁にはいくつもの風景画が飾られており、まるでそこに窓があるかのようであった。
壁に備え付けてある棚には東方の白い陶器が飾られている。陶器を彩る瑠璃色の模様から、俺の国からの輸入品であることは間違いないだろう。しかも本物。まだこの国にはそれほど流通していないはずである。
「懐かしいな、この陶器の模様。もしかして、ライネック伯爵は俺の国との流通ルートを独自に持っているのかな? それとも、王都に買い付けに行っているのか……いずれにせよ、国交関係はずいぶんと深いものになりつつあるみたいだな」
「おや? おやおや~? もしかしてそろそろ家に帰りたくなってきちゃった? ホームシックかい?」
からかうようにシロが含み笑いをしている。シロの言うホームシックではないが、この辺りで一度、国に報告に帰るのも良いかも知れない。俺も自分の進むべき道をしっかりと考えるべきだろう。
パメラがいなければ、間違いなく冒険者家業を続けていた。冒険者ほど自由で気ままな生き方はないだろうからね。何にも束縛されない自由、実に素晴らしいと思う。
だが俺にはパメラという守るべき者ができた。パメラの俺に対する態度を見れば、嫌でも愛されていることが分かる。そうでなければ、あそこまでの危険な捨て身タックルを食らわせては来ないだろう。
どうしてパメラはすぐに服を脱ぎたがるんだ。ライネック伯爵夫妻は一体どんな教育をパメラに施しているんだ。
ソファーに座り考え込んだ俺のそばにシロがやってきた。
「もしかして、本気で家に帰ろうか考えてるの?」
「まあな。パメラのことがある。パメラは伯爵令嬢だ。ご令嬢を冒険者の嫁にするわけにはいかない」
「フフッ。ご主人様がパメラのことを本気で好きみたいで安心したよ。これでパメラを捨てたら、ママに言いつけてたところだよ」
「それはどうも」
母上に言いつけるとか、なかなかの脅し文句じゃないか。シロには自由な言動を許しているが、それでも俺の召喚獣。主のことを一番に思う気持ちは間違いないようだ。俺の心をしっかりと読んでいる節がある。
俺がパメラを欲しいと思っていることを理解しているのだろう。それを「パメラのためだから」と無理やり自分に言い聞かせて、パメラを諦めることを許さないというわけだ。
目を閉じるとパメラの笑顔が浮かんでくる。最近は四六時中一緒にいたのだ。この時間に隣にぬくもりがないことに違和感を覚えた。
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