第26話 罠

 ひとしきりもみくちゃにされたところで、再びパメラの魔法適正についての話に戻って来た。思ったんだけどさ、俺へと依頼はどうなった。もしかして、俺を呼び出すためだけの口実で、それほど問題になっていないとかなんですかね?


「光属性に雷属性か。確かに稀に使い手がいるというウワサは聞いたことがあったが、まさかパメラがその二つの属性に適正があったとはまったく気がつかなかった。それに氷魔法は上位属性だったのか。通りで水魔法の使い手でも、使える人と使えない人がいるわけだ」


 納得したのか、腕を組み、ウンウンとうなずく伯爵。


「そう言えば私も水魔法は使えますが、氷系統の魔法は使えませんものね」


 のほほんと伯爵夫人が言った。水属性の使い手の中には氷属性を使える人が多い。何か関係性があるのでは? とこの国でも研究されているようである。

 しかし我が国ではすでに関係性があることがわかっており、それについてのさらなる研究が進んでいる。この分だと、そのうち水属性の使い手のすべてが、もれなく氷属性も操れるようになるだろう。


「パメラ、試しに何か見せてくれないか?」


 娘の実力に興味津々とばかりに、伯爵が身を乗り出して言った。夫人も気になっているのか、ソワソワと落ち着きがない。


「もちろんですわ」


 そう言ってパメラは周囲を明るくする魔法を使った。パメラの手元に、昼間でもわかるほどの明るさの光が浮かび上がる。鏡で日の光を反射させたかのようである。


「これはすごいな。本当に光を操ることができるのか」

「エル様はさらに色合いを変えることができますわ。オレンジだったりピンクだったり……夜一緒のベッドで寝ているときに色々と教えてくれましたわ」


 うっとりとパメラが言った。その様子はどこか恍惚とした表情だった。

 やめてパメラ。何だか誤解されそうな言い方と表情をするのはやめて。怖い、お義母様の無言の笑顔が怖い。


「か、雷属性はどんなものなのかな? 雷と言えば、あの上空で発生するものが思い浮かぶのだが」

「間違ってはおりませんわ。でもあのような大規模なものはまだ使えません。エル様が実際に使って見せてくれましたが、すさまじい音と光、それに振動があるので簡単に使ってはいけないと思いましたわ。あれはドラゴンなどの大型の魔物に使うものですわ」


 そのときを思い出したのか、青い顔で震える声を出した。伯爵の顔が引きつる。そりゃあ、そんな高火力の魔法を使える人物が目の前にいたら、そんな顔にもなるか。

 パメラには安全な「ちょっとだけパチッとする魔法」を使ってもらおう。


 パメラによくよく言い聞かせて雷属性の魔法を使ってもらう。パメラが胸の前で両手の人差し指を伸ばした。

 パチ、パチッとその間に小さな稲妻が走る。それを見た伯爵夫妻は「おおお」と驚きの声を上げていた。


「まさかパメラにそんな才能があるとは思わなかった。もし学園に通っていたころにそれがわかっていれば……」


 学園でのパメラが、伯爵令嬢のくせに一つの属性しか使えないことで白い目で見られていたことを伯爵も知っていたようだ。それだけに、何もしてあげられなかったことを悔やんでいるのかも知れないな。


「ほかにも悩んでる人がいるかも知れませんねぇ」


 伯爵夫人が眉間のしわを深くしてつぶやいた。そうだな、隣に座る伯爵から思案するようなくぐもった声が返ってくる。


「エルネスト殿、他の人の属性を見てもらうことをお願いできないかね?」

「お断りします。それは私の仕事ではありません。私は一介の冒険者です。魔物を倒し、人々の安全を守るのが仕事です」

「そうか。残念だ」


 伯爵はフウとため息をつくと、目の前に置かれていたお茶を一口飲んだ。

 本当に残念そうな顔をしているが属性鑑定なんて仕事はやりたくない。時間がかかるし、俺に何のメリットもない。パメラだからやったのだ。他の人だったら絶対にやらない。


 話を変えるとしよう。何だか重苦しい空気になってきたので、今ならそのままの流れでいけそうだ。


「依頼の話を伺ってもよろしいでしょうか?」

「ああ、そうだったな。依頼書を持ってきてくれ」


 伯爵が使用人に指示を出すと、すぐにテーブルの上に数枚の紙が広げられた。それをパメラが身を乗り出して見ている。

 広げられた紙には隣の領地との境界付近で赤色のドラゴンらしき巨大な影を見たという話と、隣の領地ではそんなものは確認されていないという、領主からの話が主に書いてあった。


 そのほか、調査に向かったがその姿は確認されずという調査団からの報告がいくつも並んでいる。


「最初にドラゴンらしき生き物を見たのはだれなのですか?」

「それが……わからないのだよ。いつの間にか境界付近の村や町で大騒ぎになっていてな」

「それならどこかのだれかが悪いウワサを流しているだけなのではないですか?」

「その可能性は高いと思う。だが、万が一ということがある。無視はできない」


 そう言って唸り声を上げると、厄介なことになったと額にしわを寄せて目を閉じた。

 確かに面倒くさい話だな。領民の不安を解消しないことにはさらなる悪いウワサが立ちかねない。

 しかしだからと言って、緊急事態というわけでもないらしい。ドラゴンが出た割に焦っていないと思っていたが、どうやら伯爵も眉唾だと思っているようだ。


「わかりました。私が調査に向かいます。探知の魔法が使えますので、すぐに結果が出ると思います。怪しい魔物がいた場合は処分してよろしいのですよね?」

「もちろんだ。魔物の種類によってそれに見合った賞金を出すことを約束する」


 俺はコクリとうなずいた。なかなか太っ腹だな。普通は変動制ではなく、固定なんだけどね。そうでもしないと、仮に大物だった場合に報酬を支払うことができなくなる可能性が出てくる。さすがは伯爵家だな。


 あ、もしかすると、俺がパメラを買ったときに支払った白金貨十枚をいくらか返すつもりなのかも知れないな。それなら納得できる。

 それでは、と俺が席を立つと、すぐにとめられた。


「エル様、どちらへ行かれるのですか?」

「どちらって……もちろん調査だよ」

「……調査が終わったらどうなさいますか?」


 調査が終わったら? そりゃあもちろん……。


「依頼完了の報告をして、冒険者ギルドに報告する」

「それから?」

「それから? もちろん家に帰るけど……?」


 ぐぬぬ、とパメラが眉を寄せて低い声を上げた。どうしたパメラ。そんな声を出すような子じゃなかったよね? 俺、何かまずいこと言っちゃいましたかね。

 パメラはチラチラと伯爵に何やらアイコンタクトを送っていた。


「エルネスト殿、今日は移動で疲れているだろう。今のところ被害は報告されていない。現地調査もそれほど焦ることはないだろう。ここでゆっくりしていきなさい」


 パメラの言わんとしていることに気がついたのか伯爵がそう言った。

 なるほど。もしかすると本来の目的はこちらなのかも知れない。俺を伯爵家に呼んで、その人となりを見極めようとしている、もしくは既成事実を作って婿に、とでも思っているのかも知れないな。


 これは困った。どうやら俺はすでに相手側の罠にかかっているようだ。

 どうしたもんかな。とりあえず流れに身を任せておくか。俺もそろそろ進退を決めなければならないころだしね。あまり長引くと、母上がどこからか適当な婚約者を見繕ってくるかも知れない。それだけは嫌だ。

 みてくれだけで判断するような妻はいらない。みてくれじゃなくて、中身を見てくれ。


「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」


 俺がそう言うと、パッとパメラが顔を上げた。目は潤み、薄紅色のほほをして満面の笑みを浮かべている。その手がグッと俺の腕を引き寄せた。豊かな胸部の間に腕が挟まれる。この何とも言えないむにゅりとした罪深い感触。何度やられても慣れないな。


「エル様、屋敷内を案内いたしますわ」

「ええ、よろしくお願いします。パメラ様」


 ギッとパメラがこちらをにらんだ。これは困った。どうやらまたランドマインを踏んでしまったらしい。今日、何度目だよ。


「エル様、パメラです。パ・メ・ラ。様はいりません」

「わ、わかったよパメラ。これでいい?」

「はいっ!」


 うれしそうで、満足そうである。そんな俺たちの様子を対面に座る両親がニヤニヤと見ていた。もちろんそれをとがめられることはなかった。

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