第32話 生徒会の初会合
入学から約3週間経った頃。
ゴールデンウィークを目前に控えた火曜日の放課後。
陽斗は穂乃香と共に生徒会室を訪れていた。
年度最初の生徒会役員会議に出席するためである。
ちなみに陽斗は料理部に入部することにした。
さすがに最初に訪問した料理部にすぐ決めてしまうのも勿体ないということで、穂乃香達と共にその場では一旦保留にしてもらい、いくつか他の部も見学に行ってはみたのだが、陽斗が参加できそうな部が他に無かったのだ。
加えて、その翌日から料理部の部員達と校内ですれ違ったり近くに居たりするたびに勧誘を受け、頼まれると嫌とは言えない陽斗は結局首を縦に振ることになった。
とはいえ、嫌だとはもちろん思って無かったし、穂乃香も一緒に入部するということでこれからの活動を楽しみにもしている。
そして本日は以前勧誘を受けた生徒会の初仕事となる。
黎星学園高等部には大小いくつもの建物があるのだが、主となるのは3つの校舎だ。
普通科の教室が占める普通科棟、芸術科の芸術科棟、音楽室や家庭科室などの特別教室がある科目棟の3つだ。
ちなみに芸術科棟は全ての教室が個別に防音防振施工がされており、且つ、音楽科と美術科は短い渡り廊下によって隔たれた厳密には別の建物となっているために音や振動が伝わらない構造になっている。
この辺りの配慮は文化部の部室棟と同じである。
そして生徒会室は科目棟の1階にあり、中は奥側に役員が業務を行う役員室、各委員や部活関係者などを集めてミーティングを行ったりする会議室、生徒会役員が個別に打ち合わせをしたり相談を聞いたりする3畳ほどの大きさの小部屋が並ぶ面談室に分かれている。
床は柔らかな絨毯が敷き詰められ、役員室のデスク全てにノートパソコンが置かれている。
たかが高校の生徒会室とは思えない、まるでどこかの会社のオフィスのような設備である。
それもそのはず、この学校の生徒会役員の大部分はいずれ親の会社を継いだり新しく事業を立ち上げるような将来の実業家の卵達であり、学校も保護者もOB達もそれを期待している。
学校の生徒会運営は仮に失敗したところで誰の生活にも影響しない、組織運営の丁度良いシミュレーションの場なのだ。
とはいえ、大人としてはできれば挫折よりも苦労を乗り越えた成功体験をさせたいという願いを込めて様々に支援を行い、結果としてこれだけ充実した環境が整えられているというわけだ。
陽斗と穂乃香が生徒会室に到着すると既に数人の生徒が座っており、パソコンで何かを打ち込んだり書類を確認したりしている。
「失礼します。一年の四条院穂乃香です。よろしくお願い致します」
「あ、あの、西蓮寺、陽斗、です。えっと、よ、よろしくお願いします」
この日は新年度の生徒会役員の顔合わせと前期の学校行事の確認、運営方針の発表があるだけで一年生役員はただ出席して話を聞くだけなのだが、流石はというべきか、黎星学園の生徒会に参加している生徒達は他の生徒よりさらに上を行く家柄の者や能力に秀でた者がほとんどだ。
持っている雰囲気には自信が満ちあふれているしある種のカリスマを感じさせる生徒ばかり。陽斗からしたらそんな人達が集まる場所に自分が居るなんて事は場違い感が半端ない。
雰囲気に圧倒されて言葉が出ない陽斗を優しく導くように、先に穂乃香が一礼して挨拶を切り出し、陽斗もつっかえながらなんとか名乗って頭を下げた。
「いらっしゃい。四条院さんは久しぶりだね。それから西蓮寺君、だね? 初めまして、僕は生徒会で副会長をしている2年の
会長の錦小路さんはまだだけど、少し待っててくれるかい?」
部屋の奥で他の役員と何か打ち合わせをしていた鷹司と名乗った優しげな顔と穏やかな口調の男子が歩き寄ってきて座って待つように促し、部屋の手前側にある大きな円卓につく。
どうやら穂乃香とは以前からの知り合いらしく、鷹司と話をしていた数人の生徒も穂乃香に向かって微笑みながら会釈したり手を挙げて挨拶してきたりする。
円卓で座る場所とかは特に決まっていないらしく20人分以上の椅子が用意された円卓の、一番入口に近い場所に陽斗と穂乃香が隣り合って座った。
穂乃香から聞いた話では、黎星学園の生徒会は一般的な会長と副会長、書記、会計の他に監査という役職があり、他に各学年で5名ずつ平役員が選出される。
人数は年ごとの生徒会長の意向によって上下するが基本的にはこれが生徒会執行部のメンバーとなるらしい。
これとは別に運動部会会長、文化部会会長の部活動代表、風紀委員会や衛生委員会などの各委員会の委員長、教職員連絡会として担当教員などが外部役員として月に一度の生徒会総会に参加することになっている。
まさにそれなりの規模の会社のような組織になっていて、優れた生徒に経験を積ませるという目的に沿っているといえる。
指定された時刻まであと10分ほどになると、生徒会室に役員のメンバーがどんどん入ってくる。
陽斗達以外の一年生役員も既に合流しており簡単に挨拶を交わした。
そして穂乃香は一年生役員だけでなく上級生の役員達のほとんども中等部で顔を合わせていたらしく親しげに挨拶している。
当然疎外感を感じるであろう陽斗はというと、そんなことを気にすることはなく更に一層穂乃香への尊敬を込めた目を向けていた。
「よう、やっぱり穂乃香も呼ばれたか。まぁ当然だろうが」
不意にひとりの男子生徒が大きな声で穂乃香に呼びかける。
どことなく粗暴な印象を受ける言葉に穂乃香の顔が一瞬嫌そうに歪められた。
「ご無沙汰しております桐生先輩」
陽斗が初めて見る穂乃香の素っ気ない態度に、桐生と呼ばれた男子生徒が不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「久しぶりに会ったってのに随分とつれない態度じゃねぇか」
よほど忍耐力に欠けた気質なのか、桐生の目つきに剣呑なものが混じる。
穂乃香の方も上級生が声を掛けてきたにも関わらず最初に少しばかり目礼をしただけで立ち上がろうともしない。常に礼儀正しい態度を見せてきただけに陽斗は驚く。
が、だからといって事情を知らない陽斗が同じ態度を取って良いというわけではないだろう。
「あ、あの、生徒会役員として参加させてもらうことになりました一年の西蓮寺陽斗です。えっと、よ、よろしくお願いします」
張り詰めた空気をなんとかしようと陽斗は立ち上がって桐生に礼をする。
「ああん? 何でここに小学生のガキがいるんだ? って、ひょっとしてテメェも新入生なのか? はっ、傑作だ! いつから生徒会は託児所になったんだ? ここはテメェみてぇなガキが来るところじゃねぇんだよ。ガキは家でママのおっぱいでもしゃぶってな!
まぁいい。さっさと穂乃香の隣からどきな! そこは俺の席なんだよ!」
「え? あの……」
突然浴びせられた罵声に唖然として咄嗟に言葉が出ない陽斗に苛ついたのか、桐生は陽斗の肩を突こうとし、当たる寸前にその手を穂乃香が振り払う。
「新入生に対して何をしているのですか! 座る場所が指定されているわけでもありませんし、私が望んで陽斗さんの隣に座っているのです。貴方にとやかくいわれる筋合いはありません!」
桐生の態度に我慢の限界がきたらしい穂乃香が睨み付けながらピシャリと言ってのける。
「穂乃香ぁ、テメェ俺にそんな態度とって良いと思ってんのか? だいたい、俺が見たことないってことはそのガキは外部受験だろ? 途中からしか入学できない半端者を庇うってのか?」
どうやら桐生も外部入学者に対して偏見を持っているひとりであるらしい。逆らわれたことと陽斗に対する蔑みで顔が醜悪なチンピラの如き面相となる。基が比較的整っているだけに内面がにじみ出るとより一層威圧感が増す。
「脅す相手を間違えているのではありませんか? それと、名前で呼ぶのは止めてください。不愉快ですので」
「テメェ……」
怒りが爆発寸前まで高まったのか顔を紅潮させ今にも殴りかかりそうな目つきになる。
一方自分が切っ掛けで一触即発の空気になったことに陽斗はオロオロと狼狽える。
そこに雅刀が割って入った。
「桐生! いいかげんにしろ! 生徒会役員の自覚あるのか!」
「鷹司っ! テメェまで、俺に逆らってただで済むと…」
「あら? 私の信頼する副会長に、何かするおつもりなのかしら?」
止めに入った雅刀にまで噛みつこうとした桐生に、別の、鈴の音のような透明で優しげでありながら凛とした声が掛けられる。
「?! に、錦小路」
「会長と呼ぶようにと以前も申し上げたはずですわね。上級生でもあるわけですしもう少し礼儀を弁えて欲しいものですが、今は置いておきましょう。
それよりも、先程から四条院さんや鷹司副会長へ恫喝紛いの言動を繰り返しておられるようですが、ここがどこで、ご自身がどのような立場でここに居られるかご理解頂いておられますか?
それに、西蓮寺さんも私が今後の生徒会に必要な人材と判断してお声を掛けさせていただいたのです。にもかかわらずその方に対して侮辱するような発言の数々。
以前から他の方々より桐生さんの態度への不満は耳にしておりましたが、このようなことが続くのでしたら生徒会運営にも影響をきたすこともあり得ます。
家柄を振りかざして他者を貶めるような態度が役員として相応しいかどうか、一度検討し直す必要があるかも知れませんわね」
入学式の挨拶の時と同じく、穏やかな口調、柔らかな笑みを浮かべているものの言っている内容はかなり辛辣だ。
要約すると『テメェ態度悪すぎんだよ。役員としてそれで良いと思ってんのか? 家柄とかどうでもいいんだよ。クビにすんぞコラ!』という事である。
日本語って便利。
「あ、いや、俺は別に…」
「はぁ……とにかく会合の始まる時間ですので席に着いてください。本来なら四条院さんと西蓮寺さんに謝罪をしていただきたいところではありますが心のこもっていない謝罪に意味があるとは思えませんし無駄でしょう」
「っ! わかり、ました」
一瞬悔しそうな表情を見せた後、一転して無表情になった桐生は琴乃に対してだけ小さく会釈をしてから踵を返し、空いている席にどっかりと腰を下ろした。
「他の役員がご迷惑をお掛けして申し訳ありません。今後何かあれば私か副会長の鷹司に言ってくださいね」
最後に琴乃はそう言って穂乃香と陽斗に優雅に頭を下げると、雅刀を伴って席に向かっていった。
「陽斗さん、申し訳ありません。わたくしのせいで陽斗さんにまで不快な思いをさせてしまいました」
再び席に腰を落ち着けると、穂乃香は先程までの毅然とした表情から心底申し訳なさそうな表情に変わって陽斗に謝罪する。
そんな穂乃香に陽斗は慌ててクビをブンブンと横に振った。
「穂乃香さんが悪いわけじゃないから謝らないでください!
あ、でも、もしかして名前で呼ばれるのって嫌、でした? だとしたらごめんなさい」
「いえっ! そんなことはありませんわ! ただあの方に呼ばれたくないだけで、陽斗さんに呼ばれるのは嬉し、え、あ、その……」
変なことを口走りそうになって穂乃香が頬を染めながら口ごもるのを周囲の生徒会役員が生暖かい目で見守る中、桐生は射殺しそうな目で陽斗を睨み付けていた。
その様子をチラリと見て琴乃が隣に座っている雅刀に一言二言何かを話し、それから咳払いをした。
「コホン。それでは時間になりましたので本年度最初の生徒会会合を始めます」
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投稿を始めて早くも1ヶ月が経ちました。
驚いたことにこの短期間で先に連載していた作品をあっさりと抜き去り、週間ジャンル別ランキング2位という快挙まで。
正直今でも信じられないような思いです。
これもひとえに応援してくださる読者様のおかげ。
本当に感謝しております。
沢山の感想をいただきながらなかなか返信することができず申し訳なく思いつつ、それでもやっぱりいただけるのは嬉しいのでもっと欲しいなどと我が儘を言ってしまいますがw
作品としてはまだまだ始まったばかりであり、これから生徒会主催のイベントや部活、学校行事、夏休みなどなど学園を中心としたエピソードや、お屋敷での出来事、爺さまとのお出かけイベントなど、予定している内容は沢山ありますので、多分、先は結構長そうなのでお付き合いいただけると嬉しいです。
どうかご一緒に主人公陽斗の成長と恋愛模様を見守ってくださいますよう。
古狸が既婚子持ちで仕事もありますので更新が遅れたり、もしかしたら間隔が空くことはあるかもしれませんが必ず最後まで書ききろうと思っていますのでご安心をw
この作品以外にも書いていますし、各作品を完結させたら次の作品も書きたいので、そのためにも途中で投げ出したりはできませんから。
この作品を読んでくださっている全ての読者様に、心より感謝を!
これからも、どうかよろしくお願いします!
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