第34話 トラブルメーカー
にわかに、空気が騒がしくなってきた。
探査魔法を広げている約一キロ先までの空間には、大小含めて無数の魔獣が押し寄せている。
無数の魔獣が集まったことによる、魔力の重圧。感覚だけではなく、それはもはや確かな存在となって俺に叩きつけられている。
大規模な魔法を行使するため、また魔獣を誘き寄せるため、俺は多量の魔力を放出している。俺が死ねば村の方に押し寄せるだろうが、俺が生きてる限りは俺の方に意識を寄せる奴らが多くなるだろう。
音が聞こえる。地鳴りのような足音。耳障りな雄叫び。獣の遠吠え。木を揺らし草を揺らし、葉を揺らすガサガサという音は、もうすぐそこ。
「来たか」
木々の間から姿を見せる魔獣。一体、二体と、数えられたのはそこまで。一瞬にしてその数は数十倍に膨れ上がり、目視で数を確認するのは不可能となる。
後ほんの数十秒で肉薄するであろうそいつらを前に、一つ深呼吸をする。
吸って、吐いて。言葉は静かに、しかし魔力は苛烈に動かして、敵を滅するための暴威を放つ。
「犀利なる疾風。我が仇敵を断裁し、世界のための剪定をここに」
言葉は力、意志は力、イメージは力。一言では補えない、魔法を形作るための力を、詠唱という形で補強する。
「威風:鎌鼬」
同時、右腕を振るう。そこから飛び出すのは、荒れ狂う暴風をその身の内に宿した、一条の風刃。
オーガたちに放ったそれとは違い、強く、広範囲にわたって展開されたそれは、己が求められた結果を成すためただひたすらに進んでいく。
死の刃が目の前に迫ってもなお、狂気に飲まれた魔獣たちは止まらない。俺という餌を求めて、ただひたすらに進んでくる。
激突は必至。そして結果も、見えている。
青緑の煌めきを宿した風の刃は、魔獣の群れとぶつかるもなお、その勢いは衰えることなく。果たして、俺の望む結果を導き出した。
それの通った後には、体が上下に泣き別れした哀れな獣たちの姿。その逃れ得ない死という結果は皆に等しく降り注ぎ、同時に数十の魔獣が息絶えた。
「っはぁ。よし、次」
結果は上々。だが、こんなものはまだ氷山の一角だ。探査魔法を使う余裕はないが、それでも未だ多くの魔獣がこちらに押し寄せてくるのははっきりとわかる。
休んではいられないと、再び魔法の構築を始めつつ。これから続く長い攻防に、少しばかりうんざりする。
でもまあ、『狂宴』を収めたとなればボーナスが出ることは確実。辛いことは考えず、未来の楽しいことに目を向けよう。そうすれば--------
「いつの間にか、終わってるもんだよな」
うし、頑張るか。
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シャンドの村の中心にある広場には、村中の人間が集められていた。そこにいる人々の顔には、一様に恐怖と怯えの表情が浮かんでいる。
村の外でとんでもない量の魔力が放出されてから、もうどれだけの時間がたっただろうか。この場に正確な時間を確認できるような剛気な者はいなかったが、空の色が青色から黄金色に変わっているということは、やはりそれなりに時間が経っている。
その間、村の外からは地響きと爆音が鳴り響き、時には魔獣の野太い雄叫びが聞こえてくる。それは戦いなどには微塵も関わったことのない人々からすれば、まさに地獄のよう。
しかしそんな状況でもなお、住人がパニックを起こしてないのは、彼女がいるからに他ならない。
「皆さん、安心してくださいね。外にいる魔獣たちと戦っているのは、私が見初めた実力ある冒険者です。このニナ・アルクトゥスの名において、この村に被害が出ることはありません」
村人にそう語りかける、ピンク髪の一人の少女。人間離れした美貌を持つ彼女のことを知らない人間は、この場にはいない。それは、田舎から来ている少年少女たちでも、だ。
ここら一帯の村や街の頂点、アルクトゥスの街。そこのトップである領主の娘。
それだけでも凄いというのに、併せ持つのは超常の美貌と異常な戦闘の才覚。天が二物も三物も、いや全てを与えたようなその少女のことを知らないなど、今や赤ん坊くらいのものである。
そんな、村人たちからすれば天上の存在である彼女が、自分たちに語りかけてくれている。その事実をもってして、『狂宴』によるパニックが押し止められていた。
拡声魔法を使ったのか、そこにいる人々全員に聞こえるように言葉を紡いだニナは、住人の目の届かないところで待機しているリューグのところへ移動する。
「リューグ、ごめんね。こんなところで待機なんて」
「気にせんよ。今に始まった事ではない。それよりニナ、うぬは良いのか?」
「.....?なにが?」
「あれじゃよ」
そう言ってリューグが目線を向けたのは、村の外。爆音や地響きが起きているその中心。そこでは、一人の少年が村を守るため戦っている。
そんな場所を示して、リューグは言う。
「先程から感じる、一際でかい気配。おそらくは『狂宴』の『
つい先程から姿を表した、強力な気配。離れたここからでも、その強さを垣間見ることができるほどの気配の持ち主。それまでとは比べ物にならないそれは、きっと『狂宴』の中でも一番強力な魔獣であるに違いないだろう。
ならばきっと、戦闘狂の気質があるニナならば戦いたいと思うのではないかと、リューグはそう聞いているのだ。
ニナは答える。
「確かに、私も戦いたいんだけどね」
「ならば行かんでええのか?うぬがいけばパニックを抑えるまでもなく、『狂宴』そのものが終わるじゃろ」
ニナとアオイが揃って戦えば、何より2人が本気で戦えば、この強力な気配の持ち主であろうと確実に倒せる。リューグはそう判断したが、ニナは首を横に振る。
「私が行ったら、アオイは本気で戦えないよ。アオイ、最近思いっきり戦うこと無かったし、今回は邪魔できないかな」
「ふむ、そうか」
「そうそう。それに、アオイには早くランクを上げてもらわないといけないからね!」
「いや、十分なスピードじゃと思うが........」
アオイがギルドに入ってから、わずか2ヶ月。彼のランクは既にDランクだ。一般的なスピードからすれば、不正を疑われてもおかしくないレベルの早さ。
しかしそれでも、ニナはどうやら不満な様子。
「とりあえず私と同じランクになって欲しいのっ。そうすれば受けられる依頼も増えるし。それに、アオイの実力はDランクに収まるものじゃないんだから!」
「ま、そりゃそうじゃが」
アオイはよく、リューグやニナを凄い凄いと褒め称える。それ自体は悪くないし、とても喜ばしいものだが、その言葉の裏にはアオイ自身の自己評価の低さが伺える。
まるで、リューグやニナやゼラと比べて、自分の実力が劣っているかのような発言。
そんなことはない。そんなことは、ありえない。
確かにニナもリューグもゼラも、それぞれが天才と言われるべき素質を持っている。今は未だCランクだが、確実にその先の人外への領域へと至れる才を持っている。
だがそれは、アオイも同じ。今でさえ一人で魔獣の群れと戦えるほどのものが、Dランクに収まっている。
それにはリューグも納得していなかった。
「でもまさか、今回の依頼で『狂宴』が起こるなんてねー。良い機会だけど、流石にびっくりしちゃった」
「まったくじゃ。アオイのやつは、うぬと一緒だと必ず大変なことが起こると言っておったが」
「なにそれ!もー、まさかアオイってば自覚ないのかな?」
ニナは先程村人たちに向けていた無機質なものとは違い、快活な笑みを浮かべながら言う。
「トラブルメーカーなのは、アオイの方なのに」
「うむ、同意じゃ」
彼はいつも、自分から面倒に巻き込まれに行く。見捨てられないのだ。本当に、難儀な性格をしている。
そんなことを考えながら、リューグは小さくつぶやいた。
「じゃから、ほどほどにしとけと言うたのにな」
その言葉はどうやら、届かなかったようだが。
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