第二節 整った準備

 ルマの十五歳の誕生日から数週間程が経った頃。場所は帝都にて堂々と聳え立つカーチェ城。

 財務大臣であるテルは、ここには毎週行われる定例会議に出るために来ていた。


 定例会議への参加者は帝国四大大臣の四名のみで、この会議の影響力は、その結果次第では明日の帝国民の生活が一変する程であり、最終決定権は皇帝にあるものの、余程の事がない限りは、日々の帝国の命運はこの四人が握っていると言っても過言ではなかった。

 因みにだが皇帝と同様、四人全員が男性だ。


 平常ならば、情報の共有、整理を済ませてその場で解散の流れだったのだが、今回は『少し』違っており、会議が終わっても全員が未だ席に着いていた。


 テルが大きくも小さくもない横長な長方形の卓にて、右横に宰相、向かいに外務大臣、そしてその横に内務大臣という座席配置の四人で席に着いている中、しばらくして仰々しい音を立てて部屋の扉が開き、待ち人である皇帝が入ってくると、四人全員が立ち上がり、皇帝を迎えた。


 いつもは姿を現さない皇帝がこの場に現れた事により、この後に行われる会議に対し、四人全員の認識が無意識下で改められる。


「皆待たせたな。忙しい者もいる、手早く済ませるとしよう」


 人を待たせるのが好きなのかどうか疑いたくなる皇帝は、そう言って内務大臣と宰相の間、垂直に位置する席へ着くと、四人に着席を促し、全員が座るのを見てから口を開いた。


「ではこれより、わが帝国の悲願である全へードリア大陸平定へ向け、会議を始める」


 会議とは名ばかり、今や帝国は既に長年にわたる戦争への準備を終え手筈は全て整っている状態で、これから行う会議は正式な手順を踏むための、単なる作業に近いものだった。


 皇帝からの開始の号令を受け、皇帝の補佐役である宰相が立ち上がる。

 宰相は帝国内外問わず、皇帝の腹心と捉えられ、四大大臣の筆頭とも言える役職だ。


「ではまず、本会議においての主な概要を説明させて頂きます。最初に、帝国含むヘードリア大陸の情勢、平定に向けての主な軍事的作戦内容を改めてご説明しました後に、各々方からの報告で終了となります」


 あくまで全員の方針を再確認するための場であるため、この会議は重要ではあるのだが、そこまでの時間を掛けて行うようなものではない。

 全員が黙って聞く中で宰相の話は続く。


「まず情勢ですが、先日陛下の名の元に、ヘードリア大陸における全ての国王へ向け、従属勧告を旨とする使者を送りましたが、ものの見事にその全てから色よい返事を頂けませんでした。この反応から察しますに、断りを入れた各国同士の間で、対帝国連盟なるものが水面下で既に結ばれていると見ていいでしょう」


 対帝国連盟。大陸において最強国である帝国に対抗するための、いざという時の手段として各国が前々から手を打っていたのだろう。

 ここまで迅速な対処ができるのは、一強として帝国が存在するこのヘードリア大陸において、各国が今日まで存続してきたことの証明でもあった。


「現時点での規模は、どの程度判明しておるのですかな?」


 テルの真向かいの位置に座り、軍事以外の非常事態を含む、全ての外交を統括する外務大臣が軽く手を挙げ、そう宰相に質問する。


「未だ拡大中で、かなりの大規模になると予想されています。この際、へードリア大陸に存在する全ての国を敵にまわす覚悟をしておかれた方がよろしいかと」


「ほう、全て……」


 外務大臣がそう呟くと、その場にいる全員が、従属国を含めても尚、自国を数で上回る敵との戦いを想像する。

 しかし誰一人として、絶望的に見えるその状況に慌てる者はいなかった。


 想定内だったが、骨の折れる事に変わりはない。

 そう言わんばかりに、その場での反応としては、帝国内の全ての物資を管理する財務大臣のテルがため息をつくだけであった。


 そんなテルのため息を聞き流し、宰相は話を続ける。


「次に作戦の内容ですが、我らが帝国軍は全軍を三手に分け、それぞれが我らの帝国から見て西のケメ国、南のアラコ国、西南のモンノ国に侵攻します。無論、相手側からはそれ相応の抵抗が予想されており、特に大陸の中央に位置するモンノ国。ここの地理的重要性は両者ともに重々承知の筈ですから、かなりの戦力が集中すると考えられます」


 もし帝国側が大陸の中央を取れば、戦略の幅が格段に広がるばかりか、側面からの挟撃による味方の支援が可能となる。


「今作戦において、西は勿論、見せかけの主力である西南への大軍は、各々遅滞戦に努め、南より少数精鋭の主力が短期間での突破の後、西北上しモンノ国にて挟撃。敵主力の大部分が集中していると予想される軍勢の三分の二程度でも壊滅することが叶えば、最早大勢は決したと言っても過言ではありません」


 いざ戦いが始まれば、連盟側の各国は自国のほぼ全ての軍を前線に投入せざるをえないだろう。

 もしそれを壊滅出来たのなら、最早へードリア大陸で帝国に拮抗しうる戦力は、中立を保ち続けるケメ国ただ一つのみとなり、それはつまり、水面下でのヘードリア大陸の平定を意味していた。


 勝利の展望が見えたと言うのに、誰もその場で喜ぶ者はいない。

 この五人は自分たちがやろうとしているのが、あくまで戦争であることを自覚しており、これから起きる事に敵味方問わず、どれ程の命が犠牲になるのかを万単位で把握していたのだ。


「——と、ここまで簡単に作戦の内容をお伝えしましたが、何かご質問などはありますか? ……では最後に、各々方からの簡潔な報告を聞いて本会議を終了したいと思います」


 他の三人から質問がない事を確認し、宰相が席に着くと、それを合図とするかのように先ずは内務大臣が立ち上がり発言した。


 多くの従属国を従える帝国において、内務大臣は主にその従属国と本国との諸々の調整に関する政を統括していた。


「各国との交渉の末、今作戦において必要な数の兵士を十分に確保することが出来ました。訓練も既に終えており、即戦力として数に入れても何ら問題はありません」


 簡潔にまとめた報告を終え、内務大臣が座ると、次に財務大臣のテルが同じように立ち上がって発言する。


「三軍に必要な輜重(武器や服・鎧などの防具、食べ物)の用意と補給線の方は滞りなく。換算しましたところ、我ら帝国は十年戦い続けても問題ない状態です」


 内務大臣と同じく、報告を終えたテルが座ると、最後は外務大臣の発言となった。


「以前より計画されておりました、ケメ国との相互不可侵を主とした密約を、先日、締結するに至りました。不自然なほどあっさりと事が運びましたので完全な信用はできませぬが、元々向こうは中立派。此方が手を出さない限り西は安泰かと思われます」


 ケメ国は帝国唯一の懸念であり、そのケメ国が西北端にあるが故に、帝国は一応の警戒としてケメ国側に一定の兵を置くも、主力の軍を南から突破させる作戦を考えたのだ。


 大陸中央を攻めている軍と呼応し、大陸中央に位置するモンノ国に大結集しているだろう連盟中央軍を破れば、もはや大陸の情勢は定まったようなものだった。


 その後は宰相の言ったように、皇帝の号令によって一同はその場で解散の流れとなる。


 部屋を後にする各々の大臣は一人一人が大きすぎる功績を上げ、もはや全員が戦う前から帝国の圧勝を信じて疑わず、中にはテルのように敵に対して同情の念さえ持つ者さえいる程だった。


 しかしこの時、皇帝を含む四大大臣の五人は、ある一つの重大な要素を見落としていた。


 いや、ケメ国側からの噂で小耳には挟んではいたのだが、あくまでケメ国の政治的戦略だと、それほど重要視していなかったのだ。

 人の身でありながら、人ならざる力を行使する事が出来る――神人と呼ばれる者たちの存在を。


 神人の子を持つテルでさえも、それを重要視しなかったのは、無理もないことだった。

 テルは最近まで、ルマが六歳の頃に言った事を今まで常識にしていた事もあり、神人を『ちょっと』人とは違う所がある活発な子供たちと、そういう認識で捉えていたのだ。


 テルはルマたちが商会本部の敷地内で、木剣の打ち合いを頻繁にしていた事を当初より知っており、二人のその達人級の腕や身体能力について認識『は』していた。

 しかしそれを踏まえた上でも、神人を戦術級ならばともかく、戦略級として考慮できるかと言われればそうではなく、皇帝や他の大臣たちと同様に、所詮は個の力と侮っていたのだ。


 ケメ国と帝国との決定的な差は、この認識の違いであり、この時、もし帝国側が神人の真価を十分に理解していれば、慎重を期し、これほどまでに大胆な手は打たなかったであろう。




 父親が今後の大陸全土の情勢を塗り替える程の会議をしている一方で、その娘のルマはというと、いつものようにいつもの場所で、ミシとの会話に興じていた。


「――でな。これまでの事を踏まえて、集団戦において策を弄してそれを応用、そしてそれでも自分が負けることを想定してまで裏をかいた結果、敵を追い込んだとしよう!」


「うんうん!」


「なんとここで最も肝心なのが、『敵に止めを刺さない』ということなんだ!」


「ええっ! どうして!? 可哀想だから?」


「ルマはもし自分が今から死ぬってわかったらどうする?」


「う~ん。……一人でも多く道連れにする?」


「そっ! だから相手に決死の覚悟で抵抗されたら大変だし、こっちも無駄な被害が出るから、ワザと包囲に穴をあけたりするか、キリのいい所で潔く引いた方が良いんだ」


「へーっ!」


 この日、話題は相変わらずの中で、唯一いつものルマたち『二人』の間に違いがあるとすれば――。


「なるほど。取引相手との商談の際にも圧倒的に利益を得るのではなく、敢えて相手にも多少なりと利益を譲るやり方がありますが、それに似ていますね」


「……そうですね……」


「ねっ! ミシの話は面白いでしょ?」


「はい。とても興味深いです。どうしてお嬢様が長い時間の中、同じ話題に飽きないのかがよくわかりました」


 ――ルマが初めてムヌケを連れて来たことだろう。


 ムヌケをミシに会わせる際、ルマはその直前まで確信を持っているつもりだったが、やはりその瞬間というのは、確かに怖いものがあった。


 しかし実際に会わせてみた所、最初ミシはムヌケとの『ひと悶着』の後、ルマにムヌケの外見を褒め、ムヌケに笑顔で挨拶こそするが、それ以外に関しては、先程からの丁寧な口調からして、何処かよそよそしかったのだ。


 話もひと段落したところで、ルマはテルから帝国がもうすぐ戦争を起こそうとしていると秘密裏に言われていたのを思い出し、ミシに一つ懸念している事を聞いてみた。


「……ねえ。ミシってさ、もしこの帝国が戦争をするなんてことになったら、軍に入るの?」


 そう、ミシが戦争に行くかもしれない。それだけが気がかりだったのだ。


「ん? そりゃ普通に入るよ。というか、もう入るって決めた」


「えっ! なんで!? というか今更だけど、ミシっていくつなの?」


「ホントに今更だな……えっと、もうすぐ……うん。十六だな」


 軍への参加条件が成人している十五歳以上の者であるため、ミシはその参加条件を満たしている事になる。

 ムヌケから見たミシは嘘を言っておらず、ルマはここで初めて、ミシが僅かながら自分より少し年上であることを知った。


「どうして、そんなわざわざ自分から……」


 今から訓練をして間に合うのか等、ルマはそんな不必要な質問ではなく、その動機について聞いた。


「いや、どうしてってそりゃ、戦時の際は十五歳以上の者は従軍せよって帝国の法律で決められている事だし?」


「ミシあのね。私のお父様に頼めば――」


「嘘ですね。あなたはそんなことは歯牙にもかけていません」


 ルマがミシに対し、父に便宜を図ってもらうことを提案しようとした時、突然のムヌケのその一言により、場が凍り付いた。


「……あーっ! そっか! ムヌケさんって分かるんでしたね。人の嘘」


 ルマは前もって、ミシにムヌケの力の詳細を伏せて紹介していたが、先程の『ひと悶着』の際にムヌケが自分で言った時、そして今、実際に嘘を『二度』見抜かれたこの時においても、ルマから見て、ムヌケの力に対してミシが嫌悪感を持つような様子はなかった。


「『先程』も言いましたが、私の前でお嬢様に嘘をつけるとは思わないでください」


「えっ? ……え?」


 事態が読み込めないルマを置き去りに、ミシとムヌケの会話が続く。

 この時のミシは『先程』起きた出来事のせいで、自分に対するムヌケからの印象は最悪なものであることを理解していた。


「ハッハッハッ。ムヌケさんってば人聞きが悪いですねぇ……。それじゃあまるで俺が常日頃から嘘を言っているみたいじゃないですか」


「ほぉ? では『先程』お嬢様の頭頂部を突然掌で叩かれた際、髪に虫がとまっていたとおっしゃっていましたが、あれも嘘ではなかったと? 少なくとも私の記憶が確かであれば、お嬢様の髪に虫はとまっておりませんでしたし、なんでしたら仮にもし本当に虫がいたとしても横に払うようにすれば良いものを……あなた思いっきり振り下ろしていましたよね?!」


 『先程』は途中でルマが仲介に入ったため、未だに納得のいっていなかったムヌケは、先程の事を蒸し返すかのようにそうミシに捲し立てる。


「振り下ろすって……その…………タタいたというか、ハタいたというか……」


「はい?」


 容疑自体を認めるかのようなミシの発言に、容赦ないムヌケの鬼気迫った追撃が加えられる。


「ムヌケったら……その事はもういいじゃない。当の本人である私はもう気にしてないわ。音も大袈裟だっただけで、実際の所はそんなに痛くもなかったし……」


 相変わらず状況が読めないままだったが、二人には今後の付き合いを考え、仲良くして欲しいと思っていたルマは仲裁へと乗り出す。


「そういう問題ではありません。『先程』の事もそうですが、今のように必要のない嘘をついている者をお嬢様に近付けさせるわけにはまいりません。……従軍に何か邪な理由でも?」


 最初はルマ。途中からはミシへと視線を移しながらそう言うムヌケ。

 それに対してミシは観念したように、ため息交じりに返答した。


「はぁ……確かに法とかは気にしてはいませんが、本当にそんな大層な話じゃないんですよ。ほら、俺見ての通り身寄りもないし、戦争で何とか生計を立てようかなって」


「…………」


 今度のミシの言葉に嘘はなかったが、ムヌケは違和感を覚える。

 いつかのルマと同様、言葉の裏にまだ何かを隠しているような気がしたのだ。


「それならミシもうちの商会で働けばいいじゃない! ミシの能力ならだれも反対しないだろうし、それに言ってはなんだけど、ウチは結構羽振り良いわよ?」


 ここまでルマに買われている事がどれ程名誉な事か、きっとこの男は知らないのだろうなと、ムヌケはそんな冷めた目でミシへと視線を送る。


「いや、知っている仲からお金『なんか』貰えないし、自分の身くらい自分で何とかするよ」


「でも……」


「大丈夫だって。何しろ、俺だぜ? そんな事気にせずに、お前は俺が戦争に行っている間、ムヌケさんと一緒に戦争が終わった後のことでも考えておいてくれよ」


 ルマは自分の持つ力により、ミシの戦闘面においての実力を知っていたため、前半の部分にはあまり触れず、その後半の部分に注目した。


「……戦争が、終わった後?」


「そっ! 多分だけど、今回の戦争に帝国が勝てば、ヘードリア大陸全部が一つの国になるんだろ? ならどこへでも行きたい放題じゃん!」


「――!!」


「だからさ、お前は戦争が終わった後、旅行に行きたい所とかを考えといててくれないか? 俺絶対帰ってくるからさ。……それまで――待っててくれるか?」


 この時のミシの様子は、ルマから見て疑問を含ませた懇願そのものだった。


「……うん! 分かった! 私待ってる! 約束ねっ!」


「おう!」


 何が起こるか分からない戦争に行くというのに必ず帰ってくると言うミシに対し、ルマは満開の笑みを浮かべながら、ミシとそう約束をする。


 傍からこの一連のやり取りを見ていたムヌケは、いつもこんな雰囲気なら、不本意ながらも、どうして二人は既に結ばれていないのだろうかと不思議でならなかった。


 ――真実として、二人のこの不思議な関係を作った全ての元凶は、他ならぬこのミシにあるのだが、それをムヌケが知っていれば、ミシに対する嫌悪は今の比ではなかったことだろう。




 その後しばらくして、皇帝より対帝国連盟に向けての宣戦布告が宣言され、戦争は全帝国民、全ヘードリア大陸の人々の知る所となった。


 帝国の法により、従属国だけでなく本国にいるミシを含んだ十五歳以上の戦える年齢の男性は、一部の者を除いて全員が従軍する形となり、ルマはテルからの情報でミシが大陸中央のモンノ国を攻める西南の軍に入ったことを知る。


 軍への入隊の際、個々人の実力の把握の為の審査が設けられているはずなのに、何故ミシが主力である南軍に入れられていないのかを不思議に思っていたルマだったが、この時はミシが激戦の予想される地に送られなかった事に対する喜びの方が勝っていた。




 ――そうして時は過ぎ、数か月が経った頃、ミシの従軍するモンノ国に侵攻した軍の最前線から、テルの居る商会本部に向かい、早馬が出されるのであった。

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