魔法は掴んで投げるものォ!

@hayataruu

【第1話】4番、ピッチャー、発掘師

キャッチャーからのサイン。

インコース高め、スライダー……。


知らん!


「俺のボールは1つのみ!いくぞっ!ダ・イリーダボールいちごぉうだぁぁぁぁぁぁあっ!!!!!」


俺の放ったボールは衝撃波とともにマウンド上から一直線、帝国OBチームのバットをへし折った。


『ストゥライークッ!バッターゥアウトゥー!』


「さっすが、キャプテン!キャプテン・ボルガ!」

「よっ!筋肉ダルマ!脳筋!」

「脳内プロテイン!」


ベンチにいるチームメイトが俺を褒めたたえている。だが、それらの声は俺の心に届かない。

俺に届く声はただ一つ。


「ボルガさーん!カッコいい―!」

「マネージャー……」



俺はボルガ・バットフルト。マネージャーのことを心から慕っているキャプテンだ。

おっと、間違えた。キャプテンであることはどうでも良い。俺はこのスポーツ「ヤ・キウ」においてエースピッチャーを任されている。そのことに誇りを持っている。そしてマネージャーを愛している。


もう一つ、俺という男を表現するために必要な言葉がある。

それは、4番打者ということだ。


「うぉらぁぁぁぁぁ!帝国のクソどもぉぉぉ!かかってこんかいぃぃぃっ!!!」


俺は特製の、俺専用の木製バットを右手に握り、バッターボックスに立った。

太さが通常の10倍以上はあるこのバット。その重量ゆえに振れる者は俺以外皆無だ。


付け加えるなら、俺はこのバットを両手で振ることができない。持つことはできるのだが、普通には振れない。常人をはるかに凌駕するこの上腕二頭筋のデカさと、マネージャーの愛を受け止めるために鍛えたこの大胸筋によって、両手でまともにバットをフルスイングすることができないのだ。


ただ、そんなものはハンデでもなんでもない。

バットを振るくらい片手で十分だ。


俺が4番打者である所以。それは、「ホームラン」か「敬遠」かということ。俺にはこの2つ以外選択肢がない。


「大型魔獣」「ボルガ・ザ・ビースト」「たんぱく大砲」。

これらが俺の通り名となっている。


2アウト、ランナーなし。

マウンドに立つ帝国OBのピッチャーがなにやらウンウンと首を振っている。恐らく何かキャッチャーからのサインを受けているのだろう。


「だが、知らん!」


ボールが放たれ、俺は全力でフルスイングした。


「ぬぅぅぅぅんんんっ!!!」


俺のバットは暴風を伴い、迫りくるボールを正面でとらえ――。


『ストゥライークッ!』


「な……っ」


審判の声が頭の中で何度もリフレインする。


俺はキャッチャーを見下ろした。ボールは確かにミットに収まっている。


おかしい。なにかがおかしい。この俺が空振り、だと……?


その時、相手ピッチャーの口角がわずかに上がった。

俺は自分のバットを見る。

バットが折れていた。



「そんなバカな!この特製バットが折れるだと?」


ピッチャーの口角がさらに上がり、歪む。


「ケェッケェッケェッ!たんぱく大砲の伝説も今日で終わりだぁ!次はこのボールをお前さんの身体にぶつけてやるぜぇ!」

「ふざけっ……」


(このままでは愛するマネージャーに不甲斐ないところを見せてしまう!なんとかしなければ。なんとか……ハッ!そうだ、ボールだ!ボールに細工をしたに違いない!)


「貴様ぁ!そのボー……ぐふぅっ!!」


俺はいつものクセでつい、バットを構えてしまっていた。

デッドボール。

そして情けない出塁。



『ストゥライークッ!』

『ストゥライーークッ!!』

『ストゥゥライィィーーーークッ!!!』




俺はその日、肩を落として家路についた。

試合は敗北した。

左の脇腹にボールを受けて以降、俺は投げる気力すら失った。



と落ち込んではいたが、俺は翌日きちんと仕事に向かった。趣味は趣味、仕事は仕事だ。


俺の職場はム・ベイエ学術都市という場所にある。

この都市は1千年以上前に見つかったという巨大遺跡そのもので、外から見れば峡谷の崖の一部をくり抜いたような景観になっている。

城がまるごと通り抜けられるようなデカさの大穴から入って、そこから先は通路なのか岩の突起なのか分からないような、そんな迷路みたいなところを歩かなきゃいけない。

おまけに、そこら中に本棚や本が無造作に散らばってるものだから歩きにくくて、言うなれば大きな洞窟図書館といったところだ。


土の中からは古代の魔法書やらなにやらが次々に出てくる。その書物の解読と発掘作業をするために世界中から多くの人が集まって来ていて、俺もその一人、本を掘り出す発掘師というわけだ。


「ぅおぉーい!メシの時間だぁぁぁぁー!!」


親方のデカい声が洞窟に響いた。声もデカけりゃ、身体もデカい。ユートレットの街のギルドマスターと同じくらいだと思う。

それでも俺の方がデカいと思うが、な。


俺は持っていたツルハシを地面にぶん投げ、その場にドカッと胡坐をかいて弁当を広げた。

小麦粉を水で練って箱に詰め込み、箱ごと湯がいた俺のお手製だ。そしてもちろん魔獣の特大ゆで卵もある。コイツに塩を振って食うのが俺の流儀。炭水化物とタンパク質の補給を重視したガテン弁当だ。


「ああ……もしマネージャーが俺に弁当なんて作ってくれた日には……」


ずっしりした小麦粉の塊をかじり、俺は想像した。


もし、もしもそんなことがあれば、俺は全身から火を噴いて倒れてしまうだろう。その愛の炎は森を焼き、街を焦がし、国を滅ぼし、そして俺は邪悪な王としてこの世界に君臨してしまうかもしれない。

それくらい俺はマネージャーを愛している。


そして、そのマネージャーの前で、俺はとんでもない不甲斐なさを見せてしまった。「ホームラン」か「敬遠」。そんな俺の絶対神話に「デッドボール」が加えられてしまったのだ。


「くそぉ……あの帝国OBピッチャー、許さん……」


俺はゆで卵に塩をわんさかと振った。


「おいおい、ボルガ。そんなに塩振ってたら、いくらお前ェでも身体に毒だぜ」


隣に座っていた同僚Aが言う。


「よけいなお世話だ!俺は、俺は、あの帝国OBの野郎を、このゆで卵のように――」


そう言ったところで、俺は胡坐をかいた尻の下に何か違和感を感じた。


「むむ?これは……」


本だった。

ちょうど俺が座っていたところの地面の下から、本が少しだけ頭を出していた。


ちなみに俺たちの給料は歩合制だ。地面やら壁やらを掘って、出てきた本の量で給料が決まる。たった1冊だが、これもカネには違いない。


俺はその本を手で掘り出した。


「あ、い、す……?」


本の表紙は紫色で、タイトルは金の文字。

土から引っ張りだす時にたまたま開いたページが目に入った。


「てを、ひろげて……」


出土する本は通常、そのままでは読むことができない。専門の学者が解読して、初めて読むことができるようになる。

俺の尻の下から出てきたそれは解読済みだったようで、あまり学のない俺でも読むことができた。


「まえに、つきだして、“あいす・ぼーる”と、となえ…」


俺は本に従って右手を突き出していた。その時だった。


「お……おい、おい、おいっ!なんか出てるぞ!」

「んん?」


俺は驚愕した。

自分の視線を本から右手に移すと、その右の手の平の中に、光沢のあるガラス玉みたいな物体が浮かんでいたのだ。それは見る間にどんどん大きくなっていき、あっという間にヤ・キウボールくらいの大きさになった。


「なんだ、なんだこれはっ!おおおおおおい!助けろ、助けてくれ!」

「知るか!お前が出したんだろ!自分でどうにかしろよ!」


頼りにならない同僚Aにすぐさま見切りをつけ、俺は親方の元へと走った。

俺の方が身体はデカいとは思うが、親方は年長者で、俺の上司だ。こんなワケの分からない時には頼りになる。俺の方が身体はデカいとは思うが。


走ってる間にも手の平のガラス玉みたいなやつはどんどん大きくなり、親方の所に辿り着く頃には人間の頭くらいの大きさになっていた。

髭面の親方はまだメシを食っていなかったようで、その手にはツルハシが握られていた。


「お、お、親方っ!これはなんだっ!俺の、手の平にっ……!」

「あぁ?」


親方の顔を見て、少し気持ちが安心してしまったのかもしれない。

理屈は分からんが、親方がこっちを向いた時にはそのガラス玉のような物体が俺の手の平を離れ、親方目掛けて飛んで行ってしまった。


「親方っ、危ないっ!!」


だが、さすが親方だった。突然、目の前から謎の透明の塊が飛んできたというのに、それを即座にツルハシで叩き落としたのだ。


「っふぅんんんっっ!!!」


パンッという音がしてガラス玉みたいなやつは割れ、粉々になって地面に散らばった。「やっぱガテン系はすごい」。その時、俺はそう思った。


「くぉおらぁぁぁ!!!ボルガ、てめぇっ!!!!」


親方はツルハシを地面に突き刺し、こちらに向かってズンズンと近づいてきた。ズンズンズンズン、その形相はまさに鬼。眉間のしわなど、雄大な峡谷の亀裂を彷彿とさせた。


「魔法使いやがったなぁっ!!」



俺はどうやら、魔法を使ってしまったらしい。

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