20
×月×日
小さい頃、自分はよく魚を育てていた。
最初は的屋が渡した金魚を、その次に小さな熱帯魚を、中型の肉食魚を……兎に角多種多様な魚を飼育することが好きだった。
そんなある日、自分は海辺にできた潮だまりにしゃがみ込み、小さな網を片手にその中を見つめていた。
目的はその中の小魚を捕まえ、家で育てる事だった。
だが、生憎な事にその魚はすばしっこく、手にした網で容易に掬う事は不可能だった。
故に力任せに潮だまりをかき回し、その中の魚を掬おうとした、だけど、網の中に入ったのは胴体が切断された小魚の死骸だった。
当時の自分はまだ年端のいかない子供で、故に力があった訳でもない。
だが、いくら子供のそれとは言え、小指の先ほどの稚魚にとってのその力は、命を奪うにたやすい膂力でもあった。
考えの至らぬ子供のやったことだ、今思えばなんてことのない出来事である。
だが、当時の自分にとってその出来事は鮮烈に記憶に刻まれたのだろう、あれから20年以上が経過した今でも、胴体がちぎれた小魚が漂う潮だまりの景色は鮮明に思い出せる。
「ほれ、縮緬雑魚とやらがおるであろう、あれを食した場合おまえは嘆き悲しむのか? 噎び泣くか? それとも恐れ慄くか?」
やっぱり、如月は笑って答えた。
どういう訳だか、血がだらだらと流れる喉元を押さえたまま、どこか眠たげな表情でおどけて見せる如月は、にまにまと頬をつり上げている。
「奪った命の数とか質の問題じゃなくて、理由もなく命を奪った事が問題だったと思うんだ。
少なくとも、あのときの自分でも、食べる事は命を奪う事だと知っているからね」
問題はそこだ、命を奪う事そのものを悪いこととは思わない。
問題なのは、その行動を起こす動機であって、あのときの出来事はあくまでも事故だ。
それも、ごくごく些細な願いを叶えようとした際の、それこそちょっとした癇癪に過ぎない。
だけど、その判断が確実にほかの何かの命を奪ったのだ。
「ふむ……先に求めた暴力の定義としては、おまえのやったことは暴力であるな」
「だろうね、まぁさすがに小魚一つの命をどうのこうのいうつもりはないし、あくまでもその際の判断が間違いだった、それだけの話ではあるけど」
「それでもまぁ暴力ではあるな、それも言うてしまえば先日のマイクロアグレッションに近いな。
力に差がありすぎて、結果が少々派手になってはおるが」
如月は納得した様子で立ち上がると、ボタボタと血が流れ落ちる事など気にもとめず歩み寄り、床に腰掛けたままの自分に覆い被さる様な姿勢で告げた。
「よかったではないか、傷つくのはおまえだけの専売特許ではないのだ。
傷つけるのが、おまえ以外の専売特許でもない。
ただ血を流す他能のない私よりも幾分立派だ」
如月が流す血が降り注ぎ、自分の頬を染める。
存在しない人物の血液。
それは妙に生暖かい。
「まぁそう悲しむな、少なくともわかったであろう?
傷つける側も存外つらいものなのだよ」
確かにそうだ。
だけど……
「気がつかなければ辛くはない……だからあいつらは今でも笑ってるんだ」
どうしようもなく自分はねじ曲がった性格をしている、だからこそ未だにこんな愚痴を溢してしまうのだ。
だからこそ、いつも気丈に振る舞う如月には申し訳なくてしょうがないのだ。
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