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 ×月×日


 『普通って何だ、特別って何だ。 私はどっちなんだ』

 それはとある物語の幕切れで、主人公が吐瀉物と共に吐き出した台詞だ。

 普通ではない主人公が抱えている他者からは見えない苦痛、その苦痛に苦しみ他者も世界も、自分自身すらも遠ざけようとしたその人物は、『普通』と『特別』二つの言葉の狭間で苦しんでいた。

 理解のない者はその人物を『普通ではない』と非難し、向けられたその言葉に自覚があったからこそ苦しむ。

 親しい者は『特別』と称したが、その言葉もまた主人公を傷つけた。

 人と違うことを精一杯褒め称えた言葉なのは間違いが無いかもしれない、しかし特別という称号は、同時に普通ではないという側面を持つ。

 能力の優劣という物は存外顕著だが、全ての能力の総合点という点においては、実のところ大多数の人間の数値は平均点と同じだ。

 結局、特別であると云うことは、それだけ人よりも能力が歪み、一部分だけが特化しているに過ぎない。

 見た目としては奇抜かもしれない、だが大きく歪み器としての本領すら発揮できぬそれに利用価値を見いだす事は皆無に等しい。

 だからこそ『特別』という言葉は呪いだった。

 その言葉を投げかけられる度、己が歪んだ存在なのだと再確認するのだから。

 「そもそも、『普通』とは何であろうな?」

 椅子に腰掛け、虚構のグラスを両手で抱えたまま、如月はそんな言葉を紡ぐ。

 「普通とは、庸俗と云うことか? だが妙だな。 人は常々『誰もが得手不得手を持つ』と言い訳を重ねる生き物だ」

 グラスの中に直接指を差し込み、直接その中身である琥珀色の液体をかき混ぜると、如月は言葉を続ける。

 「だが、得手不得手あるにも関わらず、普通と抜かすのはなかなか妙な話である。

 まぁこの点は中庸を成す境界線と云う物は案外広く、いくつかの誤差を許容するというのならそれでも通らなくはないが……

 それでも、平均点と云う物は時代によって変化する、今でこそ子供でも読み書きができるが、昔は老いて死ぬまで文字を知らぬ人間も多い。

 そもそも人の歴史における識字率の平均を求めたとして、現代の識字率は異様であろう、それこそ異常と呼んで差し支え無いほどにな」

 グラスの中で揺れる琥珀色のそれは、今も尚とけゆく氷の影響で薄まっていく。

 だが、液体が注がれ、氷が完全に溶けるまでの一連の流れを見た上で、今現在の琥珀色のそれを『薄い』と称す人間はどれだけ居るのだろうか。

 では薄くないとして、今度はその状況は普通と呼べるのか、そもそも液体の濃度関係なく、温度は普通何度が普通だと定義すればよいのか、色は何色だ? グラスの形は?

 普通を定義する上には、それ相応の膨大な前提事項の確認が重要になる。

 そしてその前提事項に沿っているかを確かめる為、今度は膨大な数の校正が必要になっていく。

 だが、人はその一連の作業を無意識下でスキーマに押し当て、帰ってきた情報を元に普通という概念を使用する。

 「普通って概念は時代によって変化する物だからね」

 「阿呆、それは少しだけ間違った認識だ」

 自分の声にお得意の否定で返してみせた如月は、グラスから取り出した氷をボリボリと噛み砕いてから告げる。

 「普通か特別かなど本人が決める事だ。

 そして、その基準を世間一般の多数決によって決めたがる阿呆が存外多いというだけの話さ。

 もとより、私の認識では真に普通の人間なんぞ、それこそ常軌を逸した特別な人間であると私は思うがな」

 如月の言葉には同意できる。

 だからこそ如月も自分が思い描いた先の言葉には気がついていたのだろう。

 「問題なのは、多くの場合自分が普通であると思う方法は、他人を――」

 「それ以上はやめておけ、虚しくなるぞ」

 無理矢理言葉の腰を折ると、如月はグラスの中身を一気に飲み干してから言葉を続けた。 

 「安心しろ、私は自他共に認めた異常な人格だ、特別とまでは云わぬが、少なくとも普通では無い自覚があるからな。

 だからだよ、だから私は否定する様な真似だけはせぬ。

 寄生虫の割になかなかいい性格をしているとは思わないか?」

 そうおどけて如月は笑って見せたのだった。 

 

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