第9話 秘密の中庭

 学園の最奥、図書室の近く。手入れはされているのに全くひと気がない中庭でレイヤー・セレイスはぼんやりと空を見上げていた。


 一週間前の事。

 一人になれる場所を探していたレイヤーの目に図書室への廊下と途中の階段の間から現れ、再びその間に消えていく令嬢が留まった。

 レイヤーはそんな不思議な動きをする彼女が居なくなった後、廊下と階段の隙間を覗き込みこの庭の存在を知ったのだった。


「良い所を知れたわね。彼女に感謝だわ」


 ただ、不安に思っている事がある。レイヤーがこの場所に来るようになってから「彼女」を見かけなくなってしまったのだ。

 その彼女は参加してきた茶会でも夜会でも見かけた事はなく、学園でも偶然すれ違う事もなかった。 

 自分が交流する上位爵位の令嬢ではないのかも知れない。そう考えに至ると、公爵令嬢がこの場に居座っているから来れなくなってしまったのだろうか。


「ああ、だとしたら私は彼女の場所を取り上げてしまった事に⋯⋯」


 レイヤーは一人落ち込み頭を抱えた。


 レイヤーがこの世界が「前世」にプレイしていたゲームの世界だと思い出したのは十歳の頃。

 上級貴族の令嬢は傲慢で我儘になりがちだという例に漏れず傲慢で我儘放題だったレイヤーは王家主催のお茶会に行く準備中にドレスが気に入らず当り散らし、自分で投げた分厚い本の跳ね返りに当たり三日寝込んだ間に「前世」の夢を見た。


 バッドエンドがないそのゲームは、年齢制限がギリギリセーフになるよう、表現は抑え気味だったがそれはもうあらゆる「性癖」が詰め込まれたヤケクソ感を感じるもので、乙女ゲームが下火になっていた時期でもあり製作に関わったスタッフが豪華で製作会社の垣根を超えた作品だった。

 結局、版権元の会社は潰れたが版権を違う会社が買い取り恋愛RPGの続編が作られたりしたのだから細々としながらもそれなりにファンが付いていたのだろう。


 三日目に目覚めると鏡に映る金髪碧眼の自分がその「ゲーム」でアレクス攻略のライバル令嬢レイヤー・セレイスと判り、盛大に落ち込み絶対にアレクスには近付き過ぎない、ヒロインにも近付かない、絶対にゲームと同じ行動を取らないと心に決めて生きて来た。

 努力の結果、アレクスとは良好な貴族付き合いをし、取り巻きも作らず、人間関係もそこそこだ。

 まだヒロインは居ないようだがこの調子で回避してみせるとこの中庭で「前世ゲーム記録」を読み返すようになった。


 ふと、レイヤーは記録を読んでいて紫紺色の髪を持つ「彼女」が同じライバル令嬢の「キャラスティ」だと突然気付いた。


「ライバル令嬢仲間だったのね。ゲームと違って綺麗な子じゃないの。でも「東の侯爵に付き纏っている」って「噂」があるのよね」


 ヒロインが攻略対象とエンドを迎えるとそのライバル令嬢だったレイヤー達はそれぞれ断罪を受ける。

 攻略対象者達は国の将来を担う立場の為、学園内の事とはせず、国の問題として追放される。家からは絶縁され、王都への立ち入りを禁止され、たった一人で咎人の地に流されるのだ。


 挙句、続編ではヒロインの優しさに改心し罪を償う為、世界を覆う災厄と戦うヒロインの盾となり命を落とす。


「バッドエンドが無いのはヒロインだけなのよね。当然だけど。おまけに、ライバル令嬢は続編で死ぬなんて酷い話だわ」


 レイヤーは罪を被るのも追放されるのも絶対に回避すると決意しているが、他の令嬢も助けてあげたいと茶会や夜会でライバル令嬢達を探していた。

 けれどヒロインが居ないからかも知れないが、成果はなかった。


「よーしっ! まだ決まったわけじゃないけれど当面はキャラスティの付き纏いを止めさせて、攻略対象者から離してあげる方向で行きましょう」


 気合を入れてレイヤーが「おーっ」と拳を振り上げた視界に中庭の入り口が入り込んだ。

 驚いた表情の「彼女」が意外な人物と一緒に現れ、拳を握った右腕を挙げたままレイヤーは固まった。


「あらっ? あらあらあら、貴女、「噂」のキャラスティ・ラサークではなくて?あらあらあら、そちらはテラード様?おかしな組み合わせですのね」


 言った後でレイヤーは後悔した。この言い方は嫌味に聞こえる。


──意地悪な令嬢だって印象付けてしまった⋯⋯ここを知れたのは彼女のお陰なのに⋯⋯。


「人が居る事を知らなくて、申し訳ありません。どうぞごゆっくりしてください」

「待って! 待って! 違うのっ。私、あんな事言うつもり無くて、お礼を言いたかったの」

「お礼? ですか?」


 レイヤーは中庭を後にしようとする二人を必死に引き止めた。


「私、一人になれる所を探してましたの。それで⋯⋯貴女がこの中庭に出入りしているのを見かけて⋯⋯それで、貴女は来なくなって⋯⋯」


 レイヤーが中庭を使い始めてからキャラスティが来なくなった事を心配していた、自分に遠慮しているのではないかと。


 目を瞬かせながら聞いていたキャラスティは困った表情を深くしてテラードを見上げ、見兼ねたテラードが「立ち話も何だし、自己紹介から始めよう」とガゼボへと促してくれた。


「レイヤー・セレイスですわ。テラード様とは同じクラスですの」

「キャラスティ・ラサークです。あの、それで⋯⋯ここに来ていなかったのは違う理由ですから⋯⋯気になさらないでください」

「あら、もしかして「噂」に関係ありますの? それならば私、貴女に忠告しないとなりませんわ。それに、まさか西の侯爵テラード様にまでとなると、黙認できませんわね」


 レイヤーの言葉に落胆の色を表したキャラスティをテラードが心配そうに気遣う。「あら?」とレイヤーは不思議気に首を傾げた。ゲームではこの二人に接点は無かったはずだ。


「レイヤー嬢、「噂」ってのはキャラ嬢がレトニスに「付き纏ってる」って話だろ?」

「あら、テラード様、もう愛称ですの! キャラスティ様、ダメです、まだ間に合いますわ。私が貴女を救ってみせますわ」

「いや、何の話だよ。その「噂」は逆なんだよ」

「逆? 何が逆ですの?」

「レトニスが、キャラ嬢にご執心なんだよ」


 テラードが「噂」はレトニスが「付き纏ってる」方で毎日キャラスティの所へ通っていると説明するとレイヤーは「あらー」「そうなんですの」「きゃー」と声を上げてコロコロと表情を変える。


「そう言えば、あんな澄ました顔ですけど意外と強引でしたわね」

「今だって時間制限付き貸出だ」


 テラードがキャラスティを「ある話」をする為に図書室から連れ出す際、説明に窮した。

 結果、隠し事をすると拗れるのが明らかなのだからテラードと話をしないとならない事があると打ち明け、必ず終わった後でレトニスに何を話したのか報告すると約束し、図書室が閉まる前までに帰ってくる条件が付き、それを破ればテラードはキャラスティに接近禁止、キャラスティは寮を出てトレイル邸から学園に通うと誓約して今に至る。


「恋人でも婚約者でも無いんだけどな」

「確か、束縛系でしたわね⋯⋯あら、いえ、それで、度が過ぎている気もしますけど。次期侯爵のレトニス様に想われてキャラスティ様は嬉しくないのですか?」

「レトは、勘違いをしているんです⋯⋯幼馴染への心配を勘違いしているだけです」


 レイヤーとテラードは顔を見合わせ、あれだけあからさまな「好意」を向けられて尚、この期に及んでまで「勘違い」だと否定するキャラスティに首を同時に傾げた。


「キャラ嬢はレトニスが嫌い? あれだけ露骨なのに勘違いだと言うのは、友人として残念だよ?」

「嫌いではありませんよ「好意」を向けられているのは解っています」

「でしたら何故、否定なさるの?」

「レトは侯爵家の跡取りです。幼馴染と言っても釣り合いません⋯⋯あの、落ち着かないんです。いつか「付き纏わられて迷惑だった」と言われる気がして、だから、距離を置きたいと⋯⋯」


 「ん?」「あら?」と二人がまた同時に首を傾げた。家格の釣り合いはよくある話だ。それは恐らく否定する理由の重要な部分ではない。身分が合わないとしても釣り合う家の養子、養女になる例は少なくない。

 気になるのは後の部分。

 確かに「ゲーム」でレトニスはキャラスティを「迷惑」だと突き放すが、見聞きするレトニスとキャラスティの関係は「ゲーム」とは真逆なのだ。


 三人は「引っ掛かり」をじわじわと感じ始めていた。

 キャラスティにとってレイヤーは初めて会ったはずなのに同じ境遇に立たされていた記憶がある。

 テラードとレイヤーはキャラスティが口にした言葉に違和感と既視感が浮かんだ。


「つまり、レトニスが「付き纏わられて迷惑」だと言うと思っている訳だ」

「おかしいですわ。レトニス様がそんな事を言える側ではありませんわね⋯⋯」


 モヤモヤとした雰囲気が三人に漂い始めた。


 そもそも、恋愛相談に中庭へ来たわけではない。

何かを思い出したテラードが「前世」を書き留めているノートを開き二人の前に置いた。

 そこにはキャラスティには読めるかもしれない、レイヤーにとっては何なのかわからないはずの「日本語」が並んでいる。


「⋯⋯ここに来たそもそもの話だけど、キャラ嬢はこの文字が読めるのかな」

「何の話ですの?」


 テラードが開いたノートを二人が覗き込んだ。

 そこには「シナリオ」「キャラクター」「イベント」「システム」とインデックスされ、テラードが開いたページに「あのシーン」が書かれている。



──逆ハーレム断罪イベント──

条件:逆ハーレム達成。

イベント発生:学園主催パーティー

レイヤー・セレイス、クーリア・ソレント、フィナ・ロージア、ベヨネッタ・ムードン、リリック・スラー、キャラスティ・ラサーク。ライバル令嬢の断罪。

アレクス「数々の嫌がらせ、許されると思うな」

シリル「許せぬ愚行だ貴様を妹とは認めぬ」

ユルゲン「外見が良くても心が醜い女だな」

テラード「人を貶めていたなんて最低だな」

レトニス「昔から付き纏われて迷惑だったよ」

(セリフは個別ルートと同じ。)



「これ⋯⋯って、夢で、見た⋯⋯」

「やだ、これ「恋ラプ」じゃないの!?」

「レイヤー嬢⋯⋯?」


 レイヤーの声にテラードは戸惑いを浮かべた。キャラスティが読めるだろう事は「ビール」の文字を見たときに予想していた。だからこそ、何故書けるのか何故読めるのかを確認しようとした。

 「夢」で見たと言う事はキャラスティもこの世界を知る「前世」を持つ。ただ、完全に思い出してはいないだけ。

 驚いたのはレイヤーまで読める事だ。


「⋯⋯二人共これが読めるんだね?」

「どうして「夢」の事をテラード様が知っているんですか?」

「嘘でしょ⋯⋯テラード様、何者?」


 レイヤーとキャラスティは驚きに目を見開き、テラードを見返した。

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