第40話 ボイド伯爵家の四女③

 妖精のごとき雰囲気の青年が足を踏み入れると、混乱を極めていた室内は静まり返った。


 突然のフレデリクの登場にセラは目を見開いた。




「どうしてあなたがここに」




 フレデリクはセラに視線を寄越す。そして温度のない声で言い放った。




「君に説明する必要はない。セラ・ボイドの身柄はこちらで預かるよ、良いね?」




 フレデリクはデューイに確認する。デューイが頷いたのを見てセラが叫んだ。




「お待ちください! どうしてあなたが彼の味方を!?」


「……セラ嬢。君が領民に対して行ったことは調査していたんだ。決定的な証拠が無いから手をこまねいていたけど、彼らが協力を名乗り出てくれた」




 セラはフレデリクの言葉に唇を戦慄かせた。目を真っ赤にさせてビビアンを睨む。




「最初から私を嵌めるつもりで……!」


「今日成功しなくても、いずれあなたを追い詰めてやるつもりだったわ。必ず」




 ビビアンはセラを睨み返した。人を追い詰めることについては実績がある。


 フレデリクは言葉を失ったセラに手を差し伸べる。




「さあ、セラ嬢。こちらへ」




 開けられた扉から、廊下には騎士たちが控えているのが窺える。このままフレデリクの手をとれば彼らに連行されるのだろう。




「……っ」


「!」










 セラは走り出した。床に散らばったグラスの破片を掴む。その鋭利な切先をビビアンへ突き出す。


 ビビアンは視界の端で迫り来るセラを捉え、……デューイを庇うように迎え入れた。


 セラの身体がビビアンにぶつかり、そのまま重なるように押し倒した。










「ビビアン!!」






 デューイが二人に駆け寄りセラの身体を押しのけようとした時、ビビアンのくぐもった声が上がった。










「いったぁ〜〜い!!」


「なっ……!」




 セラがもがくように上体を揺らす。セラが突き出したグラスの破片は、セラの両手ごとビビアンに掴まれていた。




 セラはビビアンの身体を凝視した。確実に腹に当たったはずだ。だが彼女からは血も出ていない。刺繍に覆われたドレスに傷すらついていない、と辿っていくうちにセラは固まった。




「お気付きになって?」




 ビビアンは口角を上げる。


 押し倒された姿勢のまま胸を逸らし、金糸の刺繍を示した。




「わたしのドレスとデューイ様のタキシード、その刺繍やレースは金属を織り込んだ特注品……もはや鎖帷子を纏っていると言っても過言ではないわ!」




 セラは開いた口が塞がらなかった。


 思わずビビアンの頭から下まで見直してしまう。


 わざわざ鎧のようなドレスを作り上げ、身に纏ったというのだろうか? セラの行動を予測して。




「そう何度も刺されると思って!? あなたが逆上したら暴力に走ることなんてお見通しなのよ!」




『前回』デューイの死の真相を探っていたビビアンは、今から振り返ってみるとほとんど真相に近づいていた。デューイを殺害したセラがそんなビビアンを放っておくはずもない。 『前回』ビビアンは凶刃に倒れ、一度その生涯を終えた。だからこそ、最後の最後、追い詰められたセラがどのような行動に出るか──身をもって知っているのである。


 呆然とするセラをフレデリクが冷たく見下ろす。待機していた騎士たちに号を掛ける。




「彼女を連行しろ」




 騎士たちは短く返事すると、ビビアンを押し倒したまま脱力したセラを引き上げる。


 セラは抵抗する様子もなく従った。


 ほう、とようやっと息を吐く。




「ビビアン! 馬鹿!」




 デューイがビビアンに駆け寄り、膝をついた。そのまま抱きしめられる。ビビアンは得意げに笑った。




「事前に打ち合わせしたでしょう?」


「ああ、お前の計画通りだった。でも、いざ目の前にすると……駄目だった」




 その声の心細げな響きにビビアンは胸がいっぱいになった。デューイの背中に腕を回してさすってやる。


 そんな二人に、騎士たちへの指示を終えたフレデリクが近付く。




「二人とも。念のため医者に見てもらいなさい」




 デューイはセラが毒草を混ぜたワインを浴びたし、ビビアンも鋭利なグラスの破片で斬りかかられている。検査は必要だろう。


 デューイは立ち上がり、改めてフレデリクの前に跪いた。胸に手を当てて敬意を表する。




「はい。改めて、公子、ご協力に感謝いたします」




 ビビアンもそれに倣おうと腰を浮かせようとして、止まった。不自然な動きにデューイとフレデリクの視線が集まる。ビビアンは恥ずかしそうに頬に手を添える。




「ど、どうやら腰が抜けてしまったようですわ。こ、この姿勢から失礼いたしますね。おほほ!」




 デューイが顔を背ける。笑いをこらえている時の癖である。


 フレデリクは一拍置いて深い深いため息をついた。




「はあ……。セラ嬢の処分とかで僕は気落ちしているというのに、良い気なものだね。なるほど、これほど神経が図太くなければ、僕に取り引きを持ち掛けるなんてしないか」




 これには返す言葉もなく、ビビアンは引き攣った笑いを浮かべるしかないのだった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る