第26話 ジョン・ジョンソン⑤
「まあ、歩いてここまで来たのね? それは大変だったでしょう。帰りはうちの馬車をお使いなさいな」
「ありがとうございます~」
アークライト邸には庭を眺められるようにテーブルが誂えてある。
夫人は、何故か徒歩でウォード邸から移動してきた若者たちに紅茶を振る舞った。ジョンはひとまず当初の目的だった馬車を確保し、安心する。
それから大きく溜息をついた。呆れた表情でビビアンを見る。
「ビビアン嬢さぁ~~本当に強引すぎるし、いい加減にしなよぉ? 絶対デューイは尻に敷かれるね!」
「お前だって女性には強く出れないタイプだろ」
「なんだとぉ?」
矛先を向けられたデューイが反撃する。
言い合う二人だったが、ビビアンがにこにこと見つめてくるため言葉を途切れさせた。再び盛大な溜息をつく。
デューイとジョンが落ち着いたタイミングでビビアンは切り出した。
「それでジョン様の借金なんですけれど、お父様の商会で働いて返すのはどうでしょうか」
「ええっ?!」
ジョンはティーカップを取り落としそうになった。
「もちろん、借金を返済するまでの期間限定の雇用ですよ。一旦ジョン様の借金をお父様が肩代わりして、ジョン様はうちで働いた賃金から返済していく形になると思います。細かい条件や利子率は後々詰めていくとして、どうかしら?」
「いや……オレ働いたことないし、親父もどう思うか……」
「だからこそ勧めてるんです」
ビビアンは一押しの商品を紹介する時のように、自信たっぷりに微笑んだ。
「ジョン様は将来に悩んでらっしゃるのでしょう? 自分にどのような適性があるか見極める、良い経験になるのではないかしら。それにわたしのお父様はお金のプロですもの。頼りになるハズだわ」
ビビアンの言葉に、ジョンはかなり揺らいでいるようだった。唸りながら考え込んでいる。
ビビアンは手応えを覚え、駄目押しをする。
「相手のご令嬢に頭を下げて、贈り物を返して貰って、返済に充てるとおっしゃるなら止めませんけれど……」
「~~ッ分かった! 親父を説得してみるわ!」
「まあ、決断が速くて素晴らしいわ!」
ビビアンは盛大に拍手をした。その様子を見ていたデューイが声をひそめて伺ってくる。
「ビビアン、良いのか。勝手に決めて」
「もちろんお父様にはわたしからおねだりします。デューイ様のお友達ですもの、搾り取ったりしない筈です」
「搾り取るってお前」
「それにお父様にとってはジョンソン男爵家に恩を売れますし」
この話はウォード商会にはなんの利益もない。働いた経験のない若者を雇い入れても、ジョンが商会に貢献するとは考えにくいからだ。
将来的に従業員として働くことが決まっているならまだしも、期間限定で働くジョンを教育することは、はっきり言って無駄だと言えよう。
デューイは他にも懸念を上げた。
「……言いたくないが、貴族の令息を働かせたと悪評が立つかもしれない」
「口さがない方はそう言うでしょうね。社交界では、労働しなくてはいけないなんて可哀想……なんて言う人も居るわ。でも現実で、商人になる貴族は多く居ます。今回の件で、むしろこちらから売り出していけば良いのです」
目を見開くデューイにビビアンは人差し指を立てた。
「商会で働く貴族、彼らは【家督を継げない可哀想な人】ではなく、【自分で道を切り開く格好いい人】だと。──それを手助けするウォード商会はなんて親切なのだろう、って思いませんこと?」
ビビアンは悠然と微笑む。
眩しいものを見るようにデューイは目を細めた。
デューイはビビアンに対して、確かにこそばゆくもあたたかい気持ちを感じている。
でも、と彼は内心で呟いた。
同時に疑問が浮かんでは離れない。
──ビビアンはいつからこんな考え方をするようになったのだろう?
それは思春期に友人が先に大人びてしまう寂寞とは別のものだった。
こんな時デューイの知るビビアンなら、自分の小遣いからジョンに金を貸していたのではないか、と思ってしまうのだ。
ビビアンに惹かれれば惹かれるほど、デューイの中に強烈な違和感が残った。
「ビビアン嬢」
そんなデューイをよそにジョンが呼びかける。
「ありがとね」
ジョンは照れ臭そうに言った。デューイは沈んでいた意識を戻す。
「お役に立てて、とっても嬉しいです」
ジョンの礼を受け、ビビアンは心からの言葉を答えた。
その泣きそうな笑顔を見てデューイは気を引き締める。
確かに疑念はある。しかしそれはデューイ自身の問題だ。
疑問をぶつけるにしても、抱えて付き合っていくとしても、自分はビビアンと向き合っていくと決めたのだから。
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