三章 領地視察
第15話 領地視察①
馬車が街道を進む。
その車中で、ふわ、とビビアンは欠伸を噛み殺した。連日の深夜会議で最近眠るのが遅いのだ。
デューイは向かいの座席でそれを睨む。
現在、ビビアン達は領地内を巡回している。元々デューイは、父親であるアークライト男爵の仕事を手伝っていたのだが、今回もその一環である。道の補修の申請があった現場へ確認に行くというものだ。
デューイの仕事について、ビビアンは知ってはいたが、あまり同行はしていなかった。ビビアンにできることも少なく、デューイも中途半端な介入を嫌がったためである。
しかし先日の深夜会議で、「できる限りデューイと一緒に行動すること」というポールからの言葉に従い、ビビアンはデューイに張り付いているという次第である。もちろん勝手にマリーも同伴させている。
ビビアンはちらりとデューイを盗み見た。最初にデューイから野外活動だと釘を刺されていたのだが、そのためかデューイは普段よりずっと楽な格好だった。白いシャツの胸元を軽く開け、腕まくりした姿にビビアンはどきどきする。
普段の清廉な印象と違って、ともすれば粗野な印象になりそうな気崩し方だったが、これはこれで色気があるとビビアンは感じた。「目が幸せ」というやつである。
成人したデューイを知っているので、17歳のデューイに対してどこかで子供だと判じていたが、シャツからのぞく腕は意外と逞しい。
ビビアンは思わずぼうっとその腕を見つめてしまった。
アークライト邸に強盗が入って来た時、ビビアンをかばうようにあの腕に抱きしめられたのを思い出したのだ。
あの時は強盗たちにいっぱいいっぱいだったが、もっと彼の腕を堪能しておけば良かった!
ちょっと、かなり勿体ないことだとビビアンはこっそり口惜しんだ。
ビビアンが一人百面相していると、馬車がゆっくりと速度を落とした。
馬車が現場に到着し、降り立ったビビアンは照り付ける日差しにうんざりした。
つば広の帽子に長手袋と完全防備で来ていたが、日焼けは避けられないだろう。
思わず帽子のつばを深く押さえる。ついつい文句が口をついた。
「こんな暑い日に……何もデューイ様が直々に視察に来なくてもよろしいじゃありませんか?」
「今から帰っても良いんだぞ」
デューイがバッサリ切り捨てる。自分から同行を申し出ておきながら不満たらたらのビビアンに、デューイの方も今日はつれない態度だった。しかしビビアンは続ける。
「もう少し人手をお増やしになったら? 確かに今は令息という立場ですけれど、将来的には家督をお継ぎになるのよ。その時に領主が毎回出払うというの?」
暑さに対する不満が大半で言った言葉だったが、言ってから自分で納得していた。物事を自分で確認したいデューイの姿勢も分かるが、効率的ではない。
それに『不審死』のことを考えると、デューイの傍に味方が多ければ多いほど良い。
デューイもぐう、と言葉を詰まらせる。ビビアンは理想を語った。
「読み書きができて体力のある方が良いわね。あとデューイ様の性格的に、回りくどくなくてはっきり物が言える人が良いわね」
「……読み書きができるとなると資産のある家か貴族になる。そんな人を雇う余裕ないだろ」
「それはそうですけれど……」
否定したデューイだったが、気になる所もあるようだ。しかしこれ以上言うことは無いのか、この話題はここで終わった。
話しながら道を進むと、倉庫に挟まれた通りに出た。ここは卸業者の倉庫が密集する地域である。
そこで一人の若者が待っていた。ぱっと見た印象は筋肉質でガタイのいい青年なのだが、神経質そうに眉根を寄せた表情は、どこかアンバランスな印象を与えた。彼はちらりと日焼け対策ばっちりのビビアンと、後ろに控えるマリーを見た。
何か? ビビアンが声を上げる前に、彼はデューイに挨拶した。
「ご足労頂きありがとうございます、坊ちゃん」
坊ちゃんとはもちろんデューイのことである。昔から領地では親しみを込めてそう呼ばれているのだ。
こほん、と咳払いして話を進める。
「あなたが申請者のバート氏だな。倉庫の管理を最近代替わりしたと聞いたが、お父上は元気にしてるか?」
若者──バートは一瞬、より目つきを険しくした。
「……はい、よくご存じですね。父は元気ですが長男のおれに事業を継がせたかったみたいで」
「君のお父さんには昔からお世話になっているからな」
デューイは頷き、話を続けた。
「道路の補修申請があった現場が見たい」
「こちらです」
彼の案内に従い、示された道路を見る。石畳の一部が経年劣化によって破損していた。
デューイが顔をしかめる。
「これは急いだほうが良いな。敷石が剥がれている。ここは馬車がよく通るのか?」
「ええ。荷馬車の往来が多いです」
「花市の時季までに直さないと困るな。父上に伝えておく」
バートは眉を開く。デューイをしげしげと見つめ、神経質そうな表情を緩めた。
「……あなたは貴族の中ではまともに仕事をする方のようですね」
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