一章 アークライト夫人の事件

第3話 15歳


「っ……いっっったぁ~~~!」


 ビビアンは絶叫した。

 はずみで飛び起きる。


「さ、刺された? わたし、刺された!」

 怖い。めちゃくちゃ痛い。死んでしまう! と脇腹を押さえようとして、手を止める。


「……ナイフは?」


 刺さってないのである。血も出ていない。


「お嬢様!? どうされました!?」


 扉を開けてマリーが飛び込んできた。ビビアンはマリーに縋りつく。


「マリー! わたし、刺されたわ!」


 死ぬ! と喚く女主人に、幼いころからの側付きのメイドはしばらく考え込んだ。そして彼女の身体を寝台から起こすと、丁寧に肩をさする。


「怖い夢を見たんですね。大丈夫ですよ」

「何言ってるの?! きっとデューイ様の真相を探ろうとしたからよ! 後ろから殺られたのよ!」

「お嬢様、どこか痛いところがあるのですか? それにデューイ様の真相とは?」


 その物言いに、ビビアンは目を丸くする。マリーはビビアンと共にデューイの死の真相を探っていたはずだ。それなのにまるで心当たりがないような態度である。


 ビビアンはやっと違和感に気付き始めた。

 彼女は散歩をしていて何者かに刺され、その場に倒れた。しかし、ここはどう見てもビビアンの自室である。衣服も自室用のワンピースだし、血も付いていない。恐々と脇腹に触れるが、痛みはない。


「刺されてない……」

「それはようございました」


 微笑むマリーの顔を見つめて、ビビアンはさらに首をかしげた。


「なんか、マリー若くなった?」

「まあ嬉しい。今日はどうしちゃったんですか?」


 不思議そうに笑うマリーの顔をよくよく観察する。

確かに乳母というより姉、くらいの年の差だったが、こんなに若々しかっただろうか? 


 最近では疲れが出てきたのか、目元や髪に年齢を感じさせていた。しかし目の前のマリーは肌も以前より明るいし、髪だって艶がある。


 表情もいつもより穏やかだ。どれくらいぶりに、こんなに朗らかな姿を見ただろうか。

最後に見たのは、デューイの母君であるアークライト夫人の事件が起きる前か。


 そこまで考えてビビアンは己を振り返った。着ているワンピースは、確かにビビアンのものであるが、どこか少女趣味だった。最近では着なくなった服。妙に若々しいメイド。周りを見回すと、部屋の調度品も少し前の物だった。


「……マリー、わたしって、何歳だったかしら?」


 ビビアンは恐る恐る口にする。

 マリーは目を丸くして答えた。


「まあ、本当に寝ぼけてるんですか? 15歳になったばかりじゃありませんか」


 ビビアンは気が遠くなりそうだった。


 こうして、ビビアンは15歳に『戻って』来ていた。

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