第118話

目の前に現れたその男(推定)の姿を見た俺は、思わず目を剥いてしまった。何故なら、その容姿は明らかに人間のソレを逸脱していたからだ。


トト・アングリッド。俺が尋ねたこの工房の主であり、この迷宮都市ベニスでも指折りの鍛冶職人と聞く。恐らくはこいつがその高名な鍛冶職人当人なのだろう。


とは言え、その容姿は蜥蜴人や獣人程分かり易く俺達ホモ・サピエンスの姿を逸脱している訳では無い。ぱっと見た目の外観は一応人族に似ており、俺達から見て亜人種と言っても差し支えは無いだろう。ネアンデルタール人とどちらが俺達に寄ってるかと問われると、ジャッジ2対1でネアンデルタール人に軍配てところだ。・・・いや、自分でも何言ってるか良く分かんねえが大体そんな感じだ。


一番目に付くその特徴はまず背丈が低い。身長が俺の胸元辺りまでしか無いのだ。だが、小柄という印象は全く受けない。何故ならその分横幅が広く、三角筋や僧帽筋、そして大胸筋などの筋繊維のブ厚い束がみっしりと盛り上がっているからだ。正に筋骨隆々という表現が相応しい肉体を備えている。


小柄で筋骨逞しく、そして鍛冶屋。となれば、普通真っ先にアレを想像するんじゃなかろうか。日本人なら多くの人がご存知であろうゲームや小説で腐るほど見てきた例のあの種族。そう、アレだ。所謂ドワーフって奴だ。


だがしかし。目の前の此の男(推定)の容姿は、筋骨隆々で小柄という以外にドワーフ感は皆無である。また、小柄な人族の見た目とも明らかに異なる。まずドワーフと言えば髭だが、その顔には髭が無い。というか、全体的に体毛が薄そうだ。服を着ているので断定はできんが、毛らしい毛が今にも寿命が尽きそうな頭頂部の申し分程度の毛髪しか見受けられない。あと、肌が異常に白い。ムッキムキに盛り上がった筋肉と、白い肌と、肌から透けて見える血管のコントラストが実に不自然で不気味だ。そして、睨みつける様に俺を見据えるその目。眼球が人間では有り得ない位デカい。そのせいか、俺を刺し貫く目力が半端無い。


顔に刻まれた深い皺と強靭な意志を感じる容貌が持つ貫禄から、年齢は俺推定40絡みといったところか。その身体には小坊主と色違いの藍色の分厚い生地の服を身に纏っている。


実の所、王女様の封筒に書かれていた三人の鍛冶職人については、事前にある程度情報収集済みである。なので、この工房の職人が人族で無い話は耳にしてはいたのだ。だが、人伝に聞くのと実際に見るのではやはり全然違う。


獣人やリザードマンズを初めて間近で見た時もそうだったが、こうして地球ではあり得ない容姿の知的生命体を目の前にしてしまうと、まるで自分が小説や映画の世界に迷い込んでしまったような錯覚に陥ってしまう。そしてふと目を覚ませば、俺は自分の部屋のベッドに寝ているんじゃないか・・などと思ってしまう。


だが、目の前のおっさんの強烈な汗の臭いと加齢臭が、嫌が応にも俺を夢想から現実へと叩き返した。


「あんたがトト・アングリッドか。俺は加藤。あんたに仕事を 頼みたいんだ。」

暫くの間人外おっさんと見つめ合うという甚だ不本意な状況になってしまったが、俺は気を取り直して自己紹介と要件を告げた。


すると、おっさんは通路の奥に向けて顎をしゃくると、俺に背を向けて歩き出した。後を付いて来いということか。ならばと俺もおっさんの後に続いた。




迷宮都市ベニス。その通り名が示す通り、この都市の周りには多数の迷宮と呼称される複雑怪奇な内部構造の洞穴が存在し(複雑で無いのもあるが)都市の人々はその危険で不可思議な洞穴群から齎される資源を生活の重要な糧としている。だがしかし。迷宮の内部は基本危険な猛獣や魔物がその住処としており、迷宮の資源を手に入れる為には、武装をしてその危険の只中にその身を晒さなくてはならないのだ。


因みにこの世界における迷宮と唯の洞穴との定義の違いは良く分からん。試しに何度か訊ねてみたが、その辺に居るこの世界の住人も良く分かっていない様だ。相応の知識のあるインテリや研究者とかならちゃんと説明してくれるんだろうけどな。


そんな訳で、この迷宮都市において鍛冶屋という職業は人々の生活において重要な役割を担っている。様々な金属を鍛錬、成型して武具や農具や生活道具を製造するのは言うまでも無く、フィクションやゲームと違って現実の武具は消耗品である。其れ等のマメな整備や修理なども迷宮探索を生業とする為には必要不可欠であり、その需要は引きも切らない。更に言えば、この世界の鍛冶職人が取り扱うのは金属オンリーでなく、魔物素材やら皮製品やら木工製品等多岐に渡る。無論、皮や木工には専門職が存在するが、実際の所それ等もある程度取り扱える位の腕が無いとお話に成らないのだ。なので、鍛冶職人のギルドには皮職人ギルドや木工ギルドと提携して互いの構成員を交換トレードして修行させる制度もあるらしい。


俺の前をズンズンと歩くおっさんも勿論鍛冶職人ギルドの一員である。此のおっさんはドワーフでこそ無いが、見た目通り人族とは異なる種族である。事前に聞いたところによると、このおっさんはこいつ等の種族の言語でリリュアルシュトゥトス(うろ覚え)とかいう大変発音し辛い名前の種族なんだそうだ。正直滅茶苦茶覚えにくいので、髭の無いドワーフ。トワーフとでも呼称しておけばよかろう。


トワーフは遥かな昔、地底の奥深くに巨大な王国を築いて栄えていた種族なんだそうだ。そう、何と彼等の正体は地底人だったのだ。彼等は地底人らしく、その身体的特徴は大きな目と小柄な体躯を持ち、体毛は全体的に薄い。あと肌は色白でツルッツルの美肌を備えている。因みに日の光が射さない地底では目は退化しそうな気もするが、連中の場合は逆に射し込む僅かな光を捉えるべくより発達したようである。俺の適当な推測でしかないが。


彼等の王国は長らく栄えて、地上の他種族とも活発に交流をしていたそうだ。だがある時代に、人族の間で大崩壊と言い伝えられている出来事があり、トワーフ達の巨大な王国はあっけなく滅び去ったと言われている。大崩壊から辛うじて生き延びた僅かなトワーフ達は元々地上に住んでいた部族と合流し、その住処を地底から地上へと移したと言われている。


古来より岩と土に囲まれてその営みを紡いできた彼等は、山々がもたらす様々な恵みと元々親和性が非常に高い。彼らは鉱石を取り扱った鍛冶や彫金の技術に非常に優れ、現代においても各地で其れなりの地位を築いている。


だがしかし。種族的に優れているにも関わらず、トワーフ達はこの世界の鍛冶や彫金の分野において未だに天下は取れて居ない。それどころか、鍛冶職人は別にトワーフの専売特許と言う訳では無く、歴史に名を残すような鍛冶職人はトワーフより寧ろ人族の職人の方が多いんだそうだ。


勿論それには理由がある。第一に人口だ。人族に比べればこの世界におけるトワーフの人口は圧倒的に少数である。従って、種族全体の能力の中央値は高くとも、所謂天才秀才を排出する絶対数は人族の方が多いと思われる。


第二の要因はトワーフの種族的特徴である。その性質は頑固一徹で、非常に寡黙だ。もう一度言おう。滅茶苦茶寡黙なのだ。どのくらい寡黙なのかと言うと、トワーフが声を上げるのは生まれた時と女を口説く時だけだと揶揄される程だ。無論、個人差はある。中には一日中しゃべり倒すような、故郷の芸人の如く滅茶苦茶饒舌な変人も居るらしい。


実はこの寡黙という種族的な特色が、トワーフの此れ迄の長い歴史に大きな影を落としている。俺達普通の人間にとっては、例えば秘密を墓の下まで持っていくとか、或いは沈黙は金なりとか、寡黙であることは必ずしも悪い事ばかりでは無いと思われがちだ。だが、トワーフの場合は事情が異なる。彼等は度を越えて寡黙過ぎるのだ。


その寡黙さ故に、彼らの多くは弟子やら子孫に本来伝えなければならない技術や口伝、本来語り継がれるべき神話、伝承、言い伝え、先人の教えすらも当たり前のように黙ったまま墓の下まで持って行ってしまう。そのせいで代々伝わってきたトワーフの種族の歴史には頻繁に断絶が起こっており、大崩壊の言い伝えすら何故か人族の間でのみ話が伝わっていて、当事者だったハズのトワーフ達には何も伝わっていない。更に、継承されるべき技術の断絶も頻繁に起こってしまう為に、本来トワーフ間で伝わっているハズの技術が、何故か人族の職人のみに伝承されていたりする。種族的に優れた能力を持って居るにも拘らず、鍛冶や彫金の分野でコイツ等が天下を取れない理由は其処にあるのだ。


などと集めた情報を色々と思い返しながらおっさんの後に付いて歩いていると、俺達は程なく工房と思しき広い部屋に出た。


その場所はまさに鍛冶屋の工房そのものであった。雑然とした建物の外とは一転して部屋の壁や床には製造過程の武具らしきものが思いの外整然と据え置かれており、他には様々な使途不明の道具、金属や木製の治具らしき置物や固定具らしきもの、更には天井から吊り下げられた手動のクレーンのような器具まである。部屋の中では小坊主と揃いの服を着た徒弟らしき連中が一心不乱に作業しており、俺達の事を一瞥すらしない。部屋の更に奥から熱気を感じるのは炉でもあるのだろうか。


漫画や小説などで異世界の鍛冶職人と言うと、雑然とした汚部屋みたいな工房でドワーフのおっさんが独りでガンガンと鋼を鍛錬している姿などを想像しがちだ。だが、こうして実物を見ると想像と全然違って機能的な佇まいだ。道具の類も綺麗に整頓されて、壁に掛けられたり並べて蜂の巣のような道具入れに突っ込んである。中で働く職人も、その雇用形態は定かでないが、目に付くだけで小坊主含めて弟子っぽいのが3人もいる。


トワーフ親方のぶっ飛んだ見た目と相反して、その工房の無骨な内装はまるで故郷の町工場のようであり、製作途中の様々な武具を除けば些かファンタジー感が足りないように感じる。だが、高名な工房なら所詮こんなモノなのかもしれん。受注生産とは言え、高品質な製品を相応の数生産しようとするならば、其れに見合った人数で効率良く作業しないと捌けないって事だろう。


すると、突如トワーフ親方が鞘に収まったままの剣を俺に差し出して来た。俺は訳の分からんまま受け取る。お近づきの印として俺にくれるのだろうか?俺が首を傾げていると、親方は部屋の中央に鎮座しているバカでかい作業台にバイスのような謎の器具で固定されている目測で縦横100ミリ、長さ300ミリ程の謎の金属片を親指でクイと指し示した。


えぇ・・まさか此の剣でコレを斬れってこと?俺の腕を試す気かよ。そんなお約束展開要らねえからとっとと話を進めたいんだが。だが、親方を横目でチラリと見ると腕を組んだまま微動もしない。試しを免除する気はサラサラ無い様だ。


もし失敗したら此のまま工房から摘まみ出されるのだろうか。俺の目論見に反してロイヤル権威など歯牙にもかけないその図太い態度は、いかにも職人らしくて俺的には寧ろプラス評価である。だが、問題が二つある。一つは据え物とは言え、俺は兜割などのように金属を剣で切断した事など今迄一度もない。そしてもうひとつは・・・。


俺は渡された剣を持ったまま暫く固まっていたが、意を決してトワーフ親方に恐る恐る聞いてみた。


「ええと。アングリッド、さん。」

すると、トワーフ親方がギロリと俺を睨んで来た。かつての俺なら其れだけでビビり上がっていただろうが、その程度の威圧では今の俺のツラの皮を脅かすには程遠い。


「もし刃が欠けたり折れたとしても、金は払わんぞ。」

親方のこめかみにみるみると太っとい血管が浮き出る。おいおい分かり易いなこのオヤジ。超怒ってやがる。でもソコ大事だから。何が何でも事前承諾はしてもらう。後から破損した金出せと言われても嫌だし、しょうもない事で揉めたくは無い。


「・・・・。」

「・・・・。」


俺は引く気は全く無いので、暫くの間親方と見つめ合っていると


「いいから、早くやれ。」

こめかみからビキビキと音が聞こえてきそうな程血管を浮かせながら、親方が初めて俺に声を掛けて来た。漸く喋ったか。見た目通りの野太い低音だ。だが。


「・・・・。」


「金なんぞ要らんわっ 早くやらんかいっ!」

その顔面、まさに茹蛸のごとし。キレまくった親方が吠えると、俺達をガン無視して作業していた徒弟らしき奴等の身体がビクーンと跳ねた。彼らには少々悪い事をしてしまったか。


「ああ。」

俺はズイッと金属片の前に進み出た。


漸く言質が取れた。此れで心置きなく試せる。俺とて腕試しをするのにはやぶさかではないのだ。ただちょっと、この剣の拵えが無駄に高価そうなだけなのだ。


背後で親方がブツブツ何か言ってるが、知るか。俺は10級の底辺狩人やぞ。この工房に来るような他の上級都市民と一緒にすんじゃねえ。



鍔に掛かった留め具を外して皮製の鞘から剣身を引き抜く。金属と油の匂いが鼻腔を擽り、音は衣擦れのような僅かな音のみ。うむ、悪くない。だが、その剣身は思いの外細く、軽い。重心はかなり手元寄りだな。腕試し用だから自重を利用して強引に叩き斬れない剣を渡したのだろうか。


構えは八相、では無く上段。隙だらけだが、所詮は据え物斬りなので問題無し。初めての試しだが、正直自信はある。俺の剣は基礎はゾルゲから。その後は鍛錬と実戦で練り上げた、俺のオリジナルだ。


「シュッ」

俺は脱力したまま無造作に一歩踏み出すと、呼気と共に正中線に沿って剣を真っ直ぐに振り下ろした。


キンッ


軽快な金属音と共に、金属片はあっけなく真っ二つに切断された。おおっこの剣凄えぞ。滅茶苦茶良く斬れる。俺は刃零れの有無を手早く確認するも、その刃には零れどころか曇り一つ見当たらない。なんつう業物だ。親方お近づきの印としてコレくれねえかな。思わず期待を込めて親方をチラチラと見てしまう。


「フンッ 下手糞だが、まあいいだろう。」

再び鞘に納めた剣を俺からひったくって無言の期待を秒で粉砕した親方は、ちょっと不機嫌そうに聞き捨てならない台詞を吐いた。


なんだと。俺は親方の言葉に地味にショックを受けた。俺の剣技ってほぼ我流だけど結構イケてる方だと思ってたんだが。やっぱり下手糞なんだろうか。こりゃ槍術と一緒で誰かに師事することを検討すべきだろうか。


「で?小僧。俺に何を鍛えて欲しいんだ。剣か?鎧か?」

だが、俺の動揺などどこ吹く風の親方は、考え込んだ俺にずずいと顔を寄せて訊ねて来た。


「いや、それよりも優先して 他に作って欲しい物がある。」

色々な意味で癖はありまくるが、流石にその腕前は間違い無い。気を取り直した俺は、改めて依頼の詳細な内容を告げることにした。






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