第105話

迷宮の中で俺を絶望のどん底に叩き落してくれたあのファッ〇ンモンスターハグレ。俺が所属する狩人ギルドが選抜した討伐隊はあっけなく返り討ちにされ、更にはこの迷宮群棲国の周囲で広がる戦乱の嵐により、頼れる猛者達が次々と戦場へと姿を消してしまい、あの化け物どうすんのと頭を抱える羽目になった矢先。俺達下々の者達の為に決然と立ち上がった、かもしれない見目麗しい王女様ご一行が迷宮『古代人の魔窟』へと果敢に乗り込み、迷宮の中に居座るあの怪物を見事討ち果たしてくれた・・という。


実物の王女様ご一行を拝見した俺の見立てでは、イマイチ実力が定かでない王女よりは取り巻きの腕の立ちそうな騎士共が頑張ったのではないかと思われる。だが、実際に誰が奮闘して誰が奴を倒したかなど俺にとっては些細な事だ。今の俺は彼女をジャンピング拝礼した上で、その高貴な御御足でもって足蹴にして頂きたい心持ちである。女王様もとい王女様有難う。王女様万歳。


「此れで漸くあの迷宮の騒ぎも落ち着いてくれるだろうね。南の紛争の事もあるし、これ以上厄介事が続いたら僕らも堪らないよ。」

俺に此の慶事を教えてくれた狩人ギルドの受付職員である赤毛のおっさんが、久々に見る良い笑顔で目の前の俺に話しかけてきた。


「そういえば ソッチの戦況は どうなっているんだ。何か聞いていないか。」

迷宮群棲国に突然攻め込んできた南の隣国との戦況も気になっていたので、俺はおっさんに尋ねてみた。


「おいおい。此処から出兵してからまだ幾らも経っていないんだ。戦況の情報なんてまだ入ってくるわけないだろう。」

俺の話を聞いて笑顔を曇らせたおっさんが口を尖らせた。


そういえばそうだったな。この世界は情報の伝達技術はまだまだ拙い。高度に情報インフラが発達した地球の感覚で居たらいかんな。仮に伝令や伝書鳥なんかを使用したとしても、そんなに早くいくさの情報が只のギルド職員のおっさんまで入ってくる訳も無いだろう。それに、情報の信憑性も現代とは比べ物にならんしだろうしな。


「そうか。ところでその王女・・は無事 なのだろうか。」


「カトゥー君、王女「様」だ。勿論だよ。討伐隊の先触れの話では、魔物との戦いは物凄い激闘だったそうだよ。姫様は既に高名だったけれども、此の一件で更に大きな功績を上げてしまわれたね。あの御方はまだ若いのに本当に凄いんだ。僕らは新たな英雄の誕生を目の当たりにしているのかもしれない。実に誇らしいよ。」

笑顔でふんぞりかえる目の前のおっさんの姿は、意味も無く実に腹立たしい。


「まだ若いのに高名なのか。彼女は幾つになるんだ。」


「ええと、確か次の春で17歳になられるはずだよ。」

おっさんは指を折って王女の年齢を数えた。

マジかよ、いくら何でも若すぎる。俺より年下かよ。あの実物と年齢を考慮した限りでは、俺は赤毛のおっさん程素直にその名声を信じることは出来ない。所謂お上のプロパガンダという奴なのだろう。この世界の女は年頃まで成長すると自動的に屈強なゴリラと化す訳でもあるまい。彼女の名声は、恐らく文武共に取り巻きの連中が滅茶苦茶頑張った成果なのではなかろうか。まあ何方でも俺は一向に構わないが。


「討伐が成功したのなら、直ぐに 凱旋でもするのだろうか。」


「いや、討伐隊はもう暫くの間は調査の為に迷宮の中に留まるらしいよ。10層目にハグレの巣のような部屋があると報告もされているからね。」


「ふむ。ご苦労な ことだな。」


「カトゥー君。此処だけの話だけど、姫様の討伐隊が成功したのは確かに僕も嬉しい。でも、先のウチのギルドの討伐隊が失敗したのは返す返すも残念だったよ。」

おっさんは手を口元に当てて、声を低くして俺に囁いてきた。・・・おい、顔。また近いよ。いい加減ハッキリと諭すべきなのだろうか。下手をすると藪蛇になりそうな気もするが。


「何故だ?」


「実はハグレの魔石はかなりの希少品なんだよ。普及用の魔道具には使えないけど、一品ものの魔道具や研究用に重宝されているんだ。見た目も其処らの宝石より美しいから貴族の装飾品としても大人気だしね。だけど今回は討伐隊の素性が素性だけに、討伐の戦利品が競売に掛けられることは無さそうなんだ。」


「へえ。」

この世界にも競売なんてものがあるんだな。どうせ俺には縁の無さそうな世界だが。よもや故郷のような誰でも参加できるオンラインのフリマなんてある訳ねえし。


「紫目のハグレが討伐されたのは実に十数年ぶりだからね。もし魔石が競売に掛けられたら幾らの値が付くことか。見られなかったのは残念だなあ。」


ドクン。


その話を聞いた瞬間、心臓が跳ねた。


なんだと。

コイツ、今何て言った。


おっさんは今、確かに言った。討伐されたのは、紫目のハグレだと。

まさか。


俺は迷宮の奥深くで行方不明になってしまった、ポーター仲間であったポルコの言葉を思い返す。確か紫紺に輝く瞳のハグレは、上から三番目の脅威だったハズだ。だが、俺達を襲ったあのハグレの瞳の色は。


忘れようもない。今でも瞼を閉じれば、あの時の光景を鮮明に思い出せる。奴のあらゆる厄災を内包したような。あの瞳の色も。緋色に輝く、あの恐ろしい瞳を。


「か、カトゥー君。」


よくよく思い出してみれば、俺はポーター斡旋所では事の顛末を詳しく報告したが、狩人ギルドでは俺達が遭遇したハグレの事を詳しく報告していなかった。また、逆に聞いてもいなかった。俺が迷宮の中を彷徨っている間に、既にハグレの存在はギルドで周知されていたからだ。


何てことだ。此奴は俺の落ち度だ。何故、俺は迷宮に出現したハグレが一体だけだと思い込んでいたのだろう。


「おおいカトゥー君。ど、どうしたんだい?急に怖い顔をして黙ってしまって。」


「おっさん。落ち着いて、俺の話を聞いてくれ。」

俺は改めて、俺が迷宮『古代人の魔窟』の奥深くでハグレに遭遇した状況と、奴の外観について包み隠さず説明した。


「じ、冗談・・だよね?緋色目のハグレの出現なんて、過去の記録に残っているだけで、僕が生まれてこの方唯の一度も無いぞ。そ、それにハグレが一度に2体も出現することなんて、今まで聞いたことも無い。」

俺の話を聞いたおっさんのキョドり方が凄い。額から次々と汗が吹き出し、目が泳ぎまくっとる。その姿を見て、逆に俺は落ち着いてきた。


「おっさん。残念だが、冗談じゃあない。俺達を襲ったハグレは 確かに緋色の瞳を持っていた。おっさん。ギルドでおっさんが聞いて知っている ハグレの風貌を教えてくれ。どんな奴だった。」


「ろ、六本脚の、獣のような姿をした魔物だ。」


やはりそうか。俺が遭遇した奴とは明らかに違う。そして、逆に俺はその紫紺の瞳を持つハグレを目撃したことが無い。迷宮を彷徨っている間に一度だけ遭遇したハグレは、俺の知っているアイツだけだ。


果たしてハグレ共は共闘しているのか或いはどちらかが弱い方を従えているのか。それともそれぞれ独自で活動してるのかは定かではない。出現時期も何方が先か、或いは同時期か。結局のところ何も分からない。何れにせよ俺達が迷宮入りした時は、まだハグレは出現していなかったか、或いは出現してから左程の時間は経過していなかったハズだ。その時はまだ他の迷宮探索者達が普通に活動してたからな。


それにしても、あれだけの人数の迷宮探索者たちが迷宮の中で活動いていたにも拘らず、俺の他に緋色目のハグレの目撃者の生き残りは居なかったのだろうか。俺はあの時の奴の様子を思い出す。その結果、一つ気付いた事があった。俺が何となく違和感を覚えた、奴の不自然な動きだ。


あの時、リザードマンズを皆殺しにした後、奴は散乱する死体を放置して、すぐさま迷宮の天井付近の闇に隠れる俺の前から姿を消した。恐らくは俺とポルコを追跡していったのだろう。


目の前で動く獲物を全滅させたにも関わらず、その餌を放置してまで逃げ去って姿を消した獲物を追跡する。俺が今まで出会った魔物共からは中々考え難い動きだ。何故なら野生であれば尿などでマーキングでもしない限り、放置した獲物はいつ横取りされても可笑しくないからだ。それに加え、俺は奴の索敵能力は大したことはないと考えていたのだが、実のところ山で鍛えた俺自身の隠形の技術の御蔭でそう感じていただけなのかもしれない。だとすれば、緋色目の奴と遭遇した迷宮探索者の生存率が極めて低い事は、ありえなくも・・無い。いや、充分にありうる話だ。


「此れは、不味いぞ。直ぐにでも ギルドの上層部に知らせた方が良い。迷宮の中に居る討伐隊が危険だ。」

もし油断しているところをあんな化け物に奇襲されたら。想像しただけで身震いする。いかにあの王女の取り巻きが手練れであろうが、一溜まりも無いだろう。


「勿論、直ぐに君の話は上に報告するつもり、なんだけど・・。でも・・。」

どうにもおっさんの言動の歯切れが悪い。何故だ。


「どうした。まさか、俺が嘘を付いているとでも?」


「そんな事思っちゃいないよ。これでも君とはそれなりの期間付き合っているし、僕は人を見る目は確かなつもりだ。でも、この事を今更上に報告したとしても、果たして信じてもらえるかどうか。」


「何故だ。おっさんはギルドでは結構顔が利くんだろう。」


「まあね。でも、こんな重要な情報を上に報告したら、必ず情報の出所を問い質されるだろう。僕は上に虚偽の報告はできないから、その時は君のことを説明しなくちゃならない。そして、その情報の出所が今までギルドで実績の全く無い、最下級の君だと分かれば。その情報の信憑性は、殆ど無いと判断されても可笑しくないよ。」

成程。俺はポーター斡旋所で迷宮内での出来事をかなり詳細に報告をしたにもかかわらず、全く緋色目のハグレの事が認知されていないのはそういうことか。恐らくは、錯乱した新人の荷物持ちが魔物の恐怖を過度に誇張して報告したとでも思われているのだろう。


「ねえ、カトゥー君。どうしよう。どうしたらいいと思う?」


「どうするも何も、俺達に出来ることは 限られている。今は必要な情報を伝えて ギルドの上層部に注意を促すくらいしかあるまい。」


そして、その数日後。

とある出来事により、意気消沈して狩人ギルドを訪れた俺に齎されたのは、王女率いるハグレ討伐隊との連絡が完全に途絶したとの一報であった。


この時の俺は、その事を未だ何処か他人事のように考えていた。あの王女様は残念だったけど、ハグレは他のどこぞの討伐隊の猛者がそのうち倒してくれるだろうと考えていた。それに、どの道俺はPTSDにより迷宮に潜ることはできないのだから。




だが、俺はその燃え盛る渦中の只中に、自ら飛び込んで行くことになる。








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