第62話

手持無沙汰なまま地球換算で小一時間も経過しただろうか。

後方支援部隊の中隊長が俺達の所までやって来た。


「バルガ千人長の許可が出たぞ。我々は一旦補給基地まで引き返す。」

漸くか。さっさと準備してこんな戦場からはオサラバしよう。だが、どうも中隊長の様子がおかしい。


「何か あったのか?」

俺は中隊長に訊ねたみた。


「うむ。千人長のお話では、暫く前から森の中に配置した斥候部隊と連絡が取れないらしい。もしかしたら伏兵の可能性があると。」

え?マジかよ。俺達奇襲とかされないだろうな。俄然戻りたく無くなってきたんだが。


「俺達 大丈夫なのか?襲われたりとかしない?」

俺はどうにも不安になってきて再度中隊長に訊ねた。


「護衛を増員してくれるそうだ。心配するな。戦局は我々が有利らしいからな。」

中隊長は俺を宥めてくれた。頼むよ兵隊さん達。俺は丸腰なんだからな。尤も、武器持ってても戦う気は無いけどな。


その時であった。

俺達が待機するの巨大な天幕の中に、一人の兵士が駆け込んできた。俺達からは離れた場所ではあるが、俺の発達した視力がそれを捕らえる。兵士は血塗れで、腹からは臓物をお漏らししていた。うええ。地球に居た頃とは比べ物にならんくらいグロ耐性が強化されている俺とはいえ、見てて気持ちの良いものじゃない。

駆けこんできた兵士の周りはちょっとした騒ぎになっている。戦局は此方が有利なんだよな?大丈夫かなあ。・・・と、




その瞬間。


俺の全身が総毛立った。


俺は反射的に右手前の武器を携えた兵士をぶん殴った。

倒れた兵士から槍をひったくる。恐怖で高速で思考が加速し始める。


ほんの刹那、あああ俺何やってんだあああ。と思考が閃くが、直ぐに恐怖で上書きされる。此の糞ヤバい感じは絶対に気のせいなんかじゃねえ。超濃厚な鬼気というべきか妖気とでも言うべきか。肌に物理的にビリビリ感じるぞ。何で周りは平然としてる!?



いや、違う。周りも異常を感じたか。いきなり兵士をぶん殴った俺が誰にも誰何されない。


俺は狩人部隊を振り返って叫んだ。


「お前ら、今すぐ 此処から逃げるぞ!」


その時


パガッ


いきなりの出来事に理解が追い付かないのか、怪訝な顔をして突っ立っていたバンダナの頭が縦に割れて血と脳漿が盛大にぶちまけられた。

同時に、天幕をぶち抜いて降ってきた巨大な黒い影が、一瞬で俺の目の前に迫る。


バンダナッ

恐怖に染まった俺の思考が怒りと殺意で塗り潰される。


巨大な影から俺の顔に何かがカッ飛んでくる。遅えよ!


「ちぇりあああああ!!」

俺は頭を振って何かを躱しざま、右足で地面を蹴り思い切り踏み込んだ。腰を回転させて地面を蹴った力をそのまま突き出す腕の動きに連動させ、加速する。全身の全ての力を槍の穂先へ集約するイメージ。そして穂先を叩き込む瞬間、全身の筋肉を絞り込む。


バギュッ

稚拙。素人の雑な技。だが、ソイツの眼球のような部位を狙った槍の穂先は、そのまま頭部を貫通して後ろへぶち抜けた。右手が痺れる。思いの外反動がデカい。俺は槍の柄を離して素早く飛び下がる。ゾルゲの怒号が思い浮かぶ。残心を怠るな。何をされるか分かんねえぞ。


だが、そいつの胴体はそのまま力無く地面に沈んだ。俺の中に魔素が流れ込んでくる。


「きゃあああああ。」

「うわああああああ。」

「ひいいっ。」

「ああ~カスタあぁ。」


あまりに突然の惨事に、俺の周りでフリーズしていた兵士や狩人連中が恐慌状態に陥った。バンダナはどう見ても即死だ。糞っ。何てことだ。

俺は沈んだ黒い影を素早く観察した。先程の凄まじい悪寒。恐らく一刻の猶予も無い。


そいつは巨大な真っ黒な胴体に複数の目。見た目は殆ど蜘蛛に見える。但し、脚は左右5本づつ。そして、足先にはまるで人間の手のような不気味な手がくっついている。頭からケツまで全長2m近くあるか。足はもっと長い。目測では長さが分かりにくいな。

勿論魔物だろう。だが、俺が知らない奴だ。


そして、俺は素早く天幕の外へと視線を走らせる。

森の木々、生い茂る草、倒木、岩。俺の発達した視力がその影を一瞬走る幾つもの気配を捕らえた。ヤバイ。もう囲まれてやがる。此処から直ぐに逃げねば。


俺は固まっている赤ロン毛の腕をひっ掴んで強引に天幕の内側に移動する。森に面したあの場所は危険だ。周りが大騒ぎの中、俺はズカスカ移動しながら赤ロン毛を詰問した。


「おいルバーキャ。お前 あの魔物を知ってるか。」

反応が無い。

俺は赤ロン毛をぶん殴った。悪いが愚図愚図してる場合じゃねえんだ。何時までもフリーズしてんじゃねえ。


「あ、あ、ああ。ああ。知ってる。あれは多分アルゲアだ。」

俺の渇入れで辛うじて動き出した赤ロン毛は、顔面蒼白で俺の問いに答えた。


赤ロン毛によれば、あのまるで黒い蜘蛛みたいなアルゲアとかいう魔物は、俺が住んでいたファン・ギザ北部の森には生息していないが、この辺りの魔物と人間領域の境界付近で稀に見られる魔物だそうだ。

1体の戦闘能力はそこまで高くないが、何体かの群れを形成することがあるのと、大きさに個体差があり、2mクラスになると相当な脅威になるとのこと。但し、地球の蜘蛛と違って糸は吐かない。それだけは救いか。

さらに赤ロン毛を問い詰めたところ、黒蜘蛛には目立った弱点は特に無いが、水に触れるのを極端に嫌がるらしい。水か。


俺は礼を言って掴んでいた赤ロン毛の腕を離した。


天幕の外側をチラ見する。魔物どもの追撃が無い。恐らく最初の奴がいきなりぶっ殺されたことで警戒してやがるな。

さてどうする?このまま無暗に逃げるのは却って危険だ。あの黒蜘蛛の形状から見て、森に逃げ込んでも俺にアドバンテージは無い。木の上に逃げても速攻で追いつかれるか囲まれちまうだろう。


戦う気?あるワケねえだろ。幸いにも此処には武器防具に身を包んだプロの兵隊さんがワンサカ居るんだ。俺は上手く立ち回って魔物の駆除はどうにかして彼らに押し付けてしまいたい。下手に逃げるよりその方が生存確率は高そうだ。

前線の戦闘部隊はどうなっているんだ。バルガさんはさっさと伝令を出して助けを呼んでくれ。


俺は近くにあった物見櫓のような簡素な木組みに攀じ登った。無断だが、今は緊急事態だ。



其処で俺は、信じられない光景を目撃した。










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