第55話

俺がこのファン・キザの町にやって来てから1年以上の歳月が流れた。


俺がこの町で見習い狩人となって教育実習を受けるようになってから丁度1年ほどになる。そして俺は、未だに見習い狩人としてゾルゲの教育実習を受け続けていた。


「おらぁ 腕だけで剣を振るんじゃねえ。体で振らんかい!」


「うごお」

咄嗟にバックステップするも、間に合わずゾルゲの木剣が俺の胴に叩き込まれる。いってええな糞。


俺は今度は逆に思い切り踏み込んでゾルゲの顔面に突きを放つ。が、軽く躱された。


「ぼげえ」

いつのまにか木剣を手離していたゾルゲにカウンターのパンチを叩き込まれた。


「なんだそのチーチクの糞みたいな踏み込みは?何で動きのデカい頭を狙う?脳みそ付いてんのかボケ。」

俺は鼻血を噴出してのた打ち回った。


と、目の前に追撃の蹴りが迫る。


咄嗟に腕を交差してガードした俺は、蹴りで吹っ飛ばされる力を利用して間合いを取った。素早く立ち上がってゾルゲと対峙する。目がチカチカして鼻が痛え。


この一年。教育実習の日はほぼ毎日ゾルゲと模擬戦をしているが、未だにまるで歯が立たない。相手はジジイなのにどうなってんだよ糞。

尤も、今まで本物の戦闘訓練なんか一度も受けたことの無い俺だ。常軌を逸しているとはいえ、たかが1年のシゴキでどうにかなるなど身の程知らずな思い上がりなのかも知れない。


俺はじりじりと間合いを詰めながら地面に転がる双方の木剣の位置を確認し、頭の中で攻撃のプランを組み立てていく。


そして俺は、軽くフェイントを交えながらゾルゲの呼気に合わせて全力で突っ込んだ。





何時ものように模擬戦で散々叩きのめされた俺は、荒い息を付きながら身体をスリスリ擦っている。勿論偽装回復発動中だ。


次の実習ではどうしてくれようかと考えていると、ゾルゲが突然思わぬことを言い出した。


「教育実習はもうこれで終わりだ。」


「どういうことだ?」

急に何を言い出すんだこのジジイは。


「俺がお前に教えることはもう無ぇ。金払ってとっとと見習いを卒業するんだな。」ゾルゲが俺に言い放った。いやいや。俺お前に勝つどころかまだまともに

一撃入れたことすらないんだが。


「まだまだ足りない。逃げるなゾルゲ。」

俺はゾルゲを挑発した。だが、


「これ以上は無意味だって言ってんだ。」

こめかみをヒクつかせたゾルゲが俺に言ってきた。最近このジジイはやたら饒舌になってきている。気色悪いな。


「どういうことだ?」

疑問に思った俺は思わず聞いてみた。もしや遂に教官やるのが面倒になったのだろうか。ギルドからも金貰えるんだからいいだろ。



ゾルゲは訓練所の端に落ちていた拳大の石を拾ってきた。

「見てろ。」


俺がボケっと見ていると、石を掲げたゾルゲの前腕の筋肉が不気味に盛り上がった。そして。


パァン。

鋭い音とともに、石の中央に亀裂が走った。嘘だろ!?


「俺の腕に触ってみろ。」

俺は筋肉が不気味に盛り上がったままのゾルゲの前腕に恐る恐る触れてみた。なんじゃこりゃ。これが人間の筋肉か?まるで金属みてえにカチコチに固え。


「お前は5級以上の狩人になるのがなんで狭き門なんて言われてるか知ってるか?」

割れた石を放り投げたゾルゲが問うてきた。そりゃ昇格の条件が厳しいのと、特に筆記や面接があるからじゃねえの?つうかゾルゲは良く筆記や面接通ったな。正直信じ難いんだが。


「筆記試験があるからだろ。」


「世間ではそんな風に言われてるな。だが実際には違えよ。」

俺は正直に答えたがゾルゲに否定された。なら一体何なんだよ。


「5級以上の狩人連中ってのはな。程度の差はあれどいつもこいつも人間て壁を越えてんだよ。だが、この壁を越えるのが難しい。世間じゃ殆ど知られていないが、5級の試験を通過する最低条件はソレだ。だから恐ろしく狭き門なんだよ。」


ゾルゲによれば、5級の昇級試験で狩人が評価されるのは、その能力が人間の限界を超えているかどうかだと言う。


この世界で暴れ回る魔物や動物。その中で人間の支配領域に現れる魔物に強力な個体はほどんど居ない。人間領域は基本魔素が薄く、強い魔物であればあるほど居心地が悪いからだ。だが、そうであっても現れる魔物たちの中には地球換算で全長数メートル、下手すりゃ十メートル近くに達するものも居るらしい。


成る程。そんな巨大生物に対してペラペラの防具を着て金属の棒切れ一本持ってまともな人間が戦えるわけねえわな。デカさは強さと直結するし。しかも、上級の狩人は人間領域の魔物どころか自分から魔物領域まで踏み込んでゆく。正直どっちが怪物なんだかわかりゃしねえ。


そして筆記や面接に関しては、単にアホを振るい落とすだけではなく、実力的には5級以上の能力を有していても、人格や素行に問題があるような連中を上に上げないストッパーのような役割を担っているそうだ。5級以上の狩人はギルド内の権限が大幅に上がると同時に、受けることのできる依頼内容も責任が重くギルド全体の評判に直結するようなものが増えてくる。碌でもない連中に権限を与えて、無駄に切れるナイフを振り回されたらたまんねえというわけだ。


ん?ゾルゲ。お前は人格や素行に問題はないのだろうか。甚だ疑問だ。


それはさておき。ならばその人間の壁って奴を越えるにはどうすればよいのか。

ゾルゲによればいくつかの方法があるらしい。


まず一つは、地道に魔物を殺しまくること。狩人としては強くなる一番スタンダードな方法なのだそうだ。魔物の身体には変質した魔素が貯め込まれている。魔物を殺した時、その殆どは霧散するのだが、ほんの一部の溢れた力が殺した者の中に流れ込むのだそうだ。あのユスリカの事かな。なぜ殺した者に力が流れ込むのかは、色々研究されているが良く分かっていない。一説には殺された魔物がその相手を認めたからともいわれている。殺した者や殺し方によっては何も起こらないこともあるからだ。因みに試しに2人で同時にトドメを刺してみたら、力が流れ込むのは一人の時と二人の時両パターンあったそうな。


そして、その力を受けた者の肉体は少しづつ変質してゆく。そして幾多の戦いの果てに人の域を越えていくのだそうだ。尤も、殆どの狩人がその領域に手を掛ける前にくたばっちまうけどな。と、ゾルゲは昏い笑みを浮かべて言い捨てた。


それなら黒猪を殺しまくった俺はもっと強くなっててもおかしくないだろと思って聞いてみたが、弱い魔物を20や30殺した程度じゃ何も変わんねえよ。と呆れられた。どうやらちょっとやそっとの数を倒したくらいじゃ誤差にもならない上、より強い魔物を殺すほど流れ込む力はデカいらしい。それならパワーレベリング的な方法もアリなんじゃなかろうか。


訊ねた結果は恐ろしいものだった。30年ほど前、ある都市国家の王族がソレをやろうとして、騎士団を動員して多大な犠牲を出した末、フルボッコした魔物に最後のトドメを自分が刺したそうだ。その結果、その王族は丸一週間苦しみ抜いた上、最後は身体中の肉が腐り落ちて死んだそうだ。こわ~。それは割と最近の出来事なので、記録も証言も多く残ってるらしい。また、これ程極端な例じゃなくても、自分より遥かに強い魔物にトドメだけ刺した場合、身体に変調を来して寧ろ弱くなってしまった例などもゴマンとあるそうだ。分不相応な力を求めたら身を亡ぼすって事か。


また、ロクに鍛えてない人間が罠や道具でいくら魔物を殺そうが、肉体に流れ込んだ魔素があまり定着せず零れ落ちてしまい、大して強くならないらしい。多少は効果あるみたいだが。


肉体の地道なトレーニングを怠れば、結局魔物をいくら倒したところで大した恩恵は受けられないてことか。ゾルゲの気取った言い回しによれば、人間として限界まで鍛え、叩き上げた者のみがその壁を越える切っ掛けを掴めるんだそうだ。



二つ目の方法は古くからこの世界の極一部の国の騎士や貴族王族達に極秘に伝わってきたものだ。それは魔術的儀式により肉体を変質させる手法らしい。これを段階的に繰り返すことによりその儀式を受けた人間の能力は人間の限界を超える。うへえ改造人間かよ。バッタ系のヒーロ達を思い浮かべてしまった。


そしてそれは勿論お手軽なものではない。肉体を変質させるその激痛と苦悶は想像を絶するもので、発狂したりショック死したりするものが後を絶たなかったという。さらには適性もあり、適性の無いものはいくら儀式を受けても苦痛しか生まれない。かつてはその恐るべき試練を乗り越えたものだけが騎士を名乗ることを許されたという。近年では儀式を突破したのは逆に騎士の中のほんの一部だけだそうだが。


つうか極秘に伝わってるんだよな?なんで只の元4級狩人のジジイがそんなに詳しく知ってんだよ。ゾルゲに聞いたところ、大昔であればこんなこと漏らしたらダース単位で暗殺者や処刑部隊がコンニチワしてたそうだが、大勢の人間が関わる秘密と言うものはどんなに隠そうとしてもどこかしらから漏れてしまうもので、今じゃ儀式の内容はともかく儀式の存在そのものは公然の秘密となっているそうだ。その切っ掛けは金で転んだとある王族だか騎士だかがその秘密を売ってしまったかららしい。そいつは切り刻まれて魔物の餌にされたのだが、秘密は何時しか世界中に拡散されてしまったそうだ。今じゃ裏社会でモグりの儀式を行う連中すら居るらしい。



三つめは地球でいう所のドーピングだ。

この世界の古代文明の遺跡では、稀に肉体を変質させて強化する薬だか種だか、というか多分ドーピングのお薬が見つかることがあるそうな。ソイツを服用すると肉体の能力が向上することがあるとのこと。但し、服用後は騎士の儀式程ではないが相当な苦痛を伴うらしいのと、発見してそのまま迂闊にパックンあるいはグビグビするとそのまま昇天してしまうこともあるそうだ。なので、薬師ギルドに持ち込んでバカ高い金を払って鑑定してもらい、安全性を確認してから服用する必要があるとのこと。薬師ギルドはこの謎の古代薬を製造することは未だ出来ていないが、本物であるかどうか、あるいは長い年月で変質してしまっていないか鑑定するくらいならどうにかできるそうだ。



上記のポピュラーな方法以外にも、ゾルゲの知っている範囲でも何らかの方法があるそうだが、教えてもらおうとすると


「あとは自分で探すんだな。」

ゾルゲに素っ気なく突き放された。


また、俺はゾルゲに一つ気になったことを聞いてみた。


其々の方法で手に入れた力って重複するんだろうか。例えば魔物を殺しまくって激痛の儀式受けて怪しい薬グビグビしまくったらどうなるんだろう。なんか細胞だかDNAだかがどえらいことになってしまいそうだけど。


ゾルゲの答えは

「知らん。」

であった。










  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る