第47話

お試しの森探索の翌日。俺は狩人ギルドを訪れていた。此処に来る道中で案の定道に迷い、衛兵に職質された。顔を覚えられるまで毎回このやり取りをしなきゃならんのだろうか。ウンザリする。

衛兵には怖くて聞き辛かったので、結局地元民と思われるガキに狩人ギルドの場所を聞いた。貫頭衣に身を包み、井戸水でマメに身体を拭き拭きしている今の俺は即逃げられることは無かったが、ガキはボロボロにくたびれた粗末な服と見習いの身分証を見て明らかにプークスクスといった感じで俺を見下した態度になりやがった。道は教えてくれたので礼を言って別れたが、朝っぱらから気分は最悪である。


今日は表玄関と思しき場所からギルドの建物に入る。ちなみに表にも看板や表札は無い。初めて訪れる人は絶対わかんねえだろコレ。ヴァンさんですら自信なさそうだったし。最初裏口ぽい所から入っちまったし。あの時は普通にズカズカ中まで入ってしまったが、セキュリティは大丈夫なんだろうか?


建物の中に入ると、俺以外狩人らしき姿は見当たらなかった。勿論偶然ではない。絡まれたりすると面倒なので、人が少ないと思われる時間を狙って訪れたのだ。

俺は納品用の小さなカウンターの所へ行き、職員を呼び出す。髭で小太りのおっさんが気怠そうに応じてくれた。今回、俺が採取した薬草は傷草A2株と解毒草D1株である。受け取った報酬は銅貨25枚になった。まあこんなもんか。因みに報酬は俺が持ってる大国通貨と同じものを要求した。かなり渋られたが、何時ジンバブ〇ドルみたいに成るかも知れないこの国の通貨で報酬を受け取る気はサラサラ無い。

そういえば初めて此処に来た時の失礼なおっさん職員が見当たらない。小太りに聞いてみると


「彼はギルドの規約違反をした罪で免職となりました。」

ん?完全に聞き取れなかったがどうやら職員をクビになったらしい。


・・・・まさかヴァンさん? い、いやまさかねハハハ。

俺は何も聞かなかったことにした。


狩人ギルドを後にすると、次はいよいよ本日の主目的である薬師ギルドである。巻き毛の隊商の少年、ゴルジから教えてもらった記憶を頼りにその場所に辿り着くと、そこにはデカイ円筒状の建物が聳え立っていた。外観は光沢のある綺麗な白磁のようである。どんな建材なんだろう。気になる。字は読めないがちゃんと表札らしきものもある。

狩人ギルドと違いすぎねえ?随分と儲かってるみたいだな。日本でも開業医といえば金持ちばかりだしな。いや、どちらかというと製薬会社と考えたほうがいいのか。


俺は正面玄関から中に入ると、受付らしきカウンターが目に入った。早速そこに居た職員らしき美人のお姉さんに声を掛ける。もう一度言おう。美人のお姉さんである。

ひゃっほー!この世界に来て何年も経つが初めて見たよ美人のおねーさん!しかもどっかで聞いたようなギルドの受付嬢様である。

彼女は赤毛のショートの髪の上にトルコ帽みたいな帽子を乗っけて、この町でよく見た木製の髪飾りを付けている。良く見たらショートじゃなくて後ろで髪を束ねてるのか。瞳の色はヘーゼルで目は切れ長なちょっと気が強そうな感じだ。鼻は高くて顎は細いけど輪郭はくっきりしてて地球の外人のモデルみたいだ。


「こんにちは 俺は加藤。 ギルドに用があって 来ました。」

俺は最高のテンションで職員らしきお姉さんに声を掛けた。


「こんにちは 当ギルドへはどのようなご用件で?」

ハスキーな声が耳に心地よい。

俺は身分証を見せて要件を話そう・・・と思ったのだが。


俺が意気揚々と狩人ギルドの見習証を見せると、小汚くて胡散臭い人間を見るお姉さんの視線がゴミでも見るようなものに変わった。


「予約も無い狩人ギルドの見習い風情に開く門戸は当ギルドにはありません。早々に立ち去りなさい。」

液体ヘリウムのような極寒の視線と声が俺に突き刺さった。言いようのない羞恥と悲哀が心を塗り潰す。俺ってこんなに弱い人間だったか?


・・・・俺が甘かった。小汚い見習い風情が来て良い場所ではなかった。もうココを出よう。情報は狩人ギルドで集めるか。


意気消沈して立ち去ろうとした俺に後ろから声が掛かった。


「まあまあ。その子まだ子供みたいじゃないの。話くらい聞いてあげなさいよ。」

振り向くと、職員ぽい服を着たやたら背の高い見た目初老くらいのおばちゃんが居た。


彼女は人の良さそうな笑顔を俺に向けている。俺はもう子供な年齢じゃないんだが、日本人の平坦な顔で若く見られたんだろうか。髭ないし。

いや、そんなことはどうでもいい。うおおおんおばちゃ~ん。今の俺には貴方が受付嬢より輝いてみえるよおお。


その後、俺は職員のおばちゃんに事情を話して薬草の正しい採取の仕方を教えてもらった。俺の睨んだ通り、彼女らにとっても雑に採取した薬草をギルドに卸されるのは困るらしく、俺が思った以上に快く情報提供に応じてくれた。有難うおばちゃん。無論打算もあるだろうが、小汚い見習いと普通に話をしてくれるおばちゃんの優しさは心に沁みました。


薬師ギルドを後にした俺は、おばちゃんに教えてもらった雑貨屋のような店に立ち寄った。そこでデカい鍋を購入した。金属の鍋は高くてとても手が出ないので土鍋みたいなヤツだ。以前居た山の中の拠点では、結局土器の作成は上手くいかなかった。やったぜ。これで簡単にお湯が沸かせるぞ。

また、雑貨屋の向かいを見ると防具のようなものを売っているのが見えた。これからの事を考えると防具的なものも必要なんだろう。今の姿じゃ防御力ゼロだし。だが、身体の動きが阻害されるのは余り宜しくないな。実際にこの世界の鎧ってどんなもんなんだろうか。試しに入ってみる。すると、ムキムキの髭親父の店主がガン見してきた。視線が痛い。

それにしても、この世界の店は髭の親父率高すぎねえか。一人消えたとはいえ狩人ギルドは髭親父ばかりだし、さっきの雑貨屋の店員も髭のおっさんだったし。薬師ギルドの受付嬢が異質に見えるぞ。

しかも、売ってる防具の値段を聞いて仰天した。高い。あまりにも高すぎる。皮鎧は一式揃えるとな、な、なんと金貨10枚はする。中古でも5枚だ。


俺が持ってる通貨の貨幣価値は 銅貨5枚でおおよそ1食分。牛丼大盛500円くらいか。そう考えると銀貨1枚5000円、金貨1枚25万円くらいとなる。勿論無理矢理日本の貨幣価値に置き換えただけの糞適当なガバガバ換算だが、なんとなくそのアホみたいな価格が分かるだろう。皮鎧一式250万である。無理だろ。何をどう捻り出しても今の俺にそんな大金は捻出できない。

いや、この世界じゃ皮を鞣すのも鎧を成型するのも全部職人のハンドメイドだろうから、もしかしたら250万は妥当な値段かも知れない。いずれにせよ俺には購入不可能だ。皮でコレなら金属鎧なんてどうなっちまうんだ。当分鎧は諦めよう。

鍋を購入したテンションはどこかへ吹っ飛び、俺は再び意気消沈して宿屋に戻った。


翌日の早朝。ゴルジたちに別れを告げて宿を引き払った俺は、重い荷物を担いで北門から町を出る。そして再び森へと足を踏み入れた。

ハイペースで2時間程森の奥に進んでゆくと、森の植生は一変する。周りの木々の樹齢は高くなり、地面に当たる日の光はか細くなる。そして人間が踏み込んだ痕跡も殆ど無くなる。この辺りはすでに魔物も出没するエリアだ。


俺はくたびれた貫頭衣を脱ぎ捨てると、丁寧に折り畳んだ。そして、背負い籠から猪の毛皮を取り出す。腰蓑は旅に出る前に捨ててしまったので無い。




「さて・・・始めるとするか。」

俺は上半身に毛皮の服を身に纏い、下半身は生まれたままの姿でニヤリと不敵に笑った。













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