第44話
ネット小説などで良くある王道パターンだと、俺はこのまま外をフラフラ出歩いて何らかのトラブルに巻き込まれて美少女と出会うって所だろうが、俺はヴァンさんの忠告を無視して外を練り歩くような阿呆ではない。今日と明日は大人しく部屋の中で過ごし、久しぶりにみっちり回復魔法の鍛錬でもすることにした。集落からここまでの旅の間、俺は回復魔法を使いまくっていた。少しは練度が上がったような気がするぜ。
・・・発動時間も回復力も全然変わってませんでした。
そう簡単にはいかないか。しゃーない。切り替えていこう。大切なのは地道な努力の継続なのだ。
そして2日後の朝。俺は宿の食堂でヴァンさんを待っていた。
因みに朝食はカチコチのパンにすいとんみたいな団子入りスープだった。不味くは無いが、味が薄くて全然食い足りねえよ。でも保存食にはなるだけ手を付けたくない。我慢するか。
宿屋の親父に銅貨1枚で頼んだ果汁入りの水をチビチビやりながら待っていると、
「よう カトゥー。」
ヴァンさんがひょっこり姿を現した。時計が無いから待ち合わせとか滅茶苦茶不便だな。時間のロスが甚だしい。こういう所は俺もやはりせっかちな日本人だよなと思う。
「何シケた面してるんだ。狩人ギルドへさっさと行くぞ。」
随分待たせた癖にヴァンさんが促してきた。
「ああ。頼む。」
俺は水を一気に飲み干すと、宿の親父に木製のコップを返してヴァンさんの後を追った。
宿を出て暫く歩くと、デカイ城壁が目の前にあった。高さは5mくらいで厚さは4mくらいはあるか。見た目は石を積み重ねて隙間をコンクリのようなもので固めてある。門の脇には衛兵が居るものの、開けっ放しで普段はフリーで通過できる様だ。俺はヴァンさんの後を付いて門を潜った。
城壁の内側に足を踏み入れると、外側と違って背の高い立派な建物が立ち並ぶ。木造2で煉瓦や石造り8くらいの割合か。白や土色の四角い建物が多く、外観はヨーロッパと言うよりは中東の建築に近いような気がする。遠くには領主のものと思しき城のようなバカでかい建造物が見える。この時間は人の往来が激しい。俺は獣人やその他の面白い亜人や・・美女はいねえかなと周りをジロジロ見回しながらヴァンさんの後を付いて行った。
いくつかの路地を曲がり抜けると、とある建物の前でヴァンさんが立ち止まった。どうやら此処が狩人ギルドの建物らしい。いやいや。看板も目印も何もねえじゃねえか。字読めねえけど。俺独りで此処に来られるのか?かなり自信ないんだが。
「ここがこの町の狩人ギルド支部・・・のハズだ。俺も初めて来るからあまり自信はないけどな。」
ヴァンさんはちょっと自信なさげ俺に紹介してきた。おいおい大丈夫かよ。緊張してきたぞ。
「とにかく中に入るぞ。」
緊張する俺にはお構いなしに、ヴァンさんはズカズカと入口と思しき場所から建物の中へ入って行った。俺も後を追う。
冒険者ギルドと言えば、カウンターがあって、美人の受付嬢が居て、依頼の掲示板があって、荒くれ物がたむろしていて、場合によっては酒場や宿屋を兼任していて・・・などというどこかで聞いたような光景を思い浮かべてしまう。
だが、俺の目の前にある狩人ギルドと思われる空間には、デカい棚が立ち並び、中には様々な物資が押し込まれている。また、棚のの周囲には溢れた物資が雑然と積み重ねられており、カウンターだの受付嬢だのは一見どこにも見当たらない。ギルドの事務所と言うより倉庫にしか見えない。
部屋自体はかなり広いようで、開けたスペースで職員と思しき服を着たおっさんが髭の無い若い男と談笑しているが、外から入ってきた俺達を一瞥すらしなかった。
コレはあれだ。あれを思い出した。俺が地球に居た頃、マウンテンバイクが欲しくて全財産を握りしめて思い切って入った老練のサイクルショップ。店員はひたすら常連と思しき客と談笑していて、俺がすごすごと店を出るまで視線すら向けてくれなかった。あの時の苦い思い出が蘇った。
「おおい。そこのアンタ、狩人ギルドの職員かい?ギルドに用事があって訪ねてきたんだけど。」
うおおい流石ヴァンアニキ。一切物怖じせずデカい声で店員・・じゃなかった職員に声を掛けてくれた。
だが、面倒臭そうに振り向いた職員らしきおっさんと相手の男は露骨に顔を顰めやがった。なってない、なってないぞ~お前ら。てうおおおお!?
チラリと横を向くと、ヴァンさんの表情がみるみる険しくなるのが見えた。ちょっとビビっちまったじゃねえか。
だがそれもほんの一瞬で、気付いた時には元の愛想の良い表情に戻っていた。
「ああん? 俺達は今忙しいんだが。 何の用なんだ?」
おおう。日本じゃありえないようなイカれた接客だな。だがこれ以上ヴァンさんだけに喋らすわけにはイカん。
俺は二歩前に出て答えた。
「ギルドへ 加入を希望する 加藤だ。よろしくお願い したい。」
「今日は忙しい。明日にでも出直してこい。」
うおおいマジかよ。お前ら全然忙しそうじゃねえじゃねえか。流石の俺もキレるぞ。
するとヴァンさんが素早く前に出て、
「すまない、我々はどうしても今日しか時間が取れなくてね。何とか話を聞いてくれないだろうか。」
と、俺は見てしまった。ヴァンさんが流れるような自然な動きで職員に何か握らせたのを。流石、と言って良いんだろうか。
「こっちへ来い。話を聞いてやる。」
手の中を確認した職員は、部屋の奥へ俺達を案内した。もうこの時点で俺には不安しか無かった。
部屋の奥にはカウンターのようなものがあり、何人かの職員らしき人が忙しそうに事務作業をしていた。こちらにも通用口のようなものが見える。もしかしたらこちらが正式な入口なんじゃなかろうか。
それにしても、さっきの男以外狩人らしき連中が見当たらない。この時間、恐らく仕事で皆外に出ているんだろう。
「あいつが人事の担当職員だから入会の事はあいつに聞きな。」
態度のデカイおっさんは親指で一人の職員を指すと、さっさと元来た所へ消えていった。その職員を見てみると、栗色の髪を後ろで縛った恰幅の良いおばちゃんだ。
「あんたが狩人ギルドへの加入希望者かい?」
おっさんの声は丸聞こえだったようで、おばちゃんは俺が何か尋ねる前に、立ち上がって俺に訪ねてきた。
「はい 俺は 加藤。狩人ギルドへの 加入を希望する。」
俺は改めて担当官のおばちゃんに宣言した。
「俺は彼の友人でね。付き添いで来た。」
ヴァンさんも自己紹介をした。
「それじゃあ、あたしの後に付いてきてください。」
俺達は口調が改まったおばちゃんに二階の部屋に案内された。この人はまともそうだな。少しホッとした。
「ではまず、あなたはなぜ当ギルドへの加入を希望されるのですか?」
俺達とおばちゃんは向かい合って座り、質疑応答が始まった。俺は予め質問の内容を予想して用意しておいた答えをスラスラと述べていく。家族のことについては脚色して魔物に襲われて行方不明ということにしておいた。どのみちどう調べようが何も分かるまい。
その後、謎の器具を身体に当てて調べられたり、簡単な身体計測、筋力の測定などを行い、病気や怪我の診察、そして狩人ギルドの業務内容や規約についての簡単な説明が行われた。そして
「ええと、あなたは古い開拓村から来たのでしたね。何かあなたの身元を証明するものはありますか?」
「はい。」
俺はオルグに貰った集落の身分証を取り出した。
果たして通用するんだろうか。
「それは古い形式ものだが開拓民の登録証だ。調べればわかると思う。何なら俺が彼の身元を保証しよう。」
ヴァンさんがフォローしてくれた。有りがたい。
「しばらくお待ちください。」
おばちゃんは俺の身分証を持って部屋から出て行ってしまった。
その後、暫くどころか小一時間待たされて漸くおばちゃんが戻ってきた。
「一応確認できました。古すぎる形式ですのでこれだけでは十分とは言えませんが、あなたの出自を考えるとこれ以上のものを用意するのは難しいでしょうね。」
おばちゃんは困ったように言ってきた。
「ですから俺が保証しますよ。私はウィロ・ウルム商会のニールヴァンド。商人ギルドの一員でもあります。」
ヴァンさんがすかさず金属プレートのようなものを見せながら再びフォローを入れてくれた。
するといきなりおばちゃんの顔色が変わり、明らかにギョッとした様子を見せた。額には冷や汗が見える。おいおいどうした。水戸黄門が印籠を出した時並みの豹変ぶりだぞ。商人ギルドってそこまでヤバイ権威があるのかよ。
いや、そういえば商人ギルドって元々狩人ギルドの上位組織だったな。その関係もあるのかもしれん。
しかしヴァンさん。なんかおばちゃんに対する圧を感じるぞ。もしかして、さっきのおっさんの態度、まだ怒ってる?
「し、失礼いたしました。あなたが保証いただけるのでしたら・・その・・。」
おばちゃんはしどろもどろになって恐縮した後、どうにか加入の許可が下りそうな運びとなった。
こりゃヴァンさんの取り成しがなければ加入は不可能だったな。この人にはいくつも借りばかりできてしまった。
だが、ここで致命的な問題が起きた。
「では加入料として金貨一枚いただきます。」
「え?」
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