第3話

翌日、

祝君は家の商売を手伝うために帰郷することになった、

と言い出し僕を唖然とさせた。


その三日後に祝君は故郷の上虞ジョウグへと旅立った。


祝君が居なくなってもう十日たった。


教室でぼんやりとしていると、

祝君の姿がありありと目の前に浮かんだ。


祝君は今より少し若く、

真新しい淡い藍色の着物を着ていた。


頬をほんのり染めて、

僕の前に立つ。


これから毎日一緒に昼飯を食べないかい?

いいね?


一年生の時に、

そう話しかけてくれたのは祝君からだった。


僕がいいよ、

と言うと祝君はまるで宝物を見つけたかのような嬉しそうな顔で身を躍らせた。


その頃僕は祝君のことを、

あの女の子みたいな顔の、

やたら勉強出来るやつ、

ぐらいにしか思っていなかった。


僕と一緒に昼飯食うのが、

なんでそんなに嬉しいのかしら?

と無感動に思った。


祝君と連れ立って歩いていると

祝君はおずおずと僕に手を差し出してくる。


僕はそれを何となく握る。


きゃしゃでつるつるとしていて、

それでいて吸い付くようだ。


慌てて引っ込めようとすると、

祝君はぎゅっと握りかえした。


さっと春風が吹き、

体が蕩けるような気がした。


あの時、

祝君は僕に全身で好意を示してくれた。


それなのに僕はちっともそれに答えてあげなかった。


胸のあたりが沸々する。


祝君ごめん!


四方は寥々たるススキ野原だ。


祝君の姿が無い。


ぐるりと体を半回転させる。


視界の果てまで見渡したが祝君は見えない。


もう半回転させる。


斜め前に朝露のように小さな祝君が

たたずんでる。


すらりとした背中は

仲間に取り残された白鳥のように寂しげだ。


僕は、

祝君を死に物狂いで追いかける。


僕は祝君にぶつかるように飛びつく。


祝君は長い睫毛で縁取られた、

クリクリとした目をさらに大きくする。


ふっくらとした唇から真珠のような歯をのぞかせる。


次第に口角が上がり目がきらめく。


えくぼがペコンとへこむ。


「ありがとう!

友だちになってくれてありがとう!」


祝君の鐘のような明るい声が耳に響く。


洗いざらしの清潔な袖が首に当たった。


ゴワッとした布はお日様の匂いがした。


滑らかな頬が僕の頬に触れる。


祝君は両腕で僕を羽交い締めにする。


祝君の体温が伝わって来る。


祝君がのしかかってくる。


僕は後ろによろめく。


祝君の体が僕の上に落ちてくる。


僕の胸にふんわりと柔らかいものが触れる。


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