健が我に返ると、なぜか棒らしきものを握ってこちらを見ている詩歌がいた。その後ろには尚隆や恭一の姿がある。


「詩歌?」


 詩歌がその棒でなにをしたのかは健の後頭部の痛みで理解した。



「詩歌が俺の頭殴った?」


「飲み込まれそうになっていたんだ」


 詩歌のかわりに恭一が答える。


 その間も恭一のとなりにいる尚隆の視線は詩歌のリボンに縛られて身動きのとらない状態でいる吸血鬼のほうへと注がれている、


 健は吸血鬼のほうを振り返る。


 吸血鬼はリボンを引きちぎろうと必死にもがいているようだが、抵抗するほどにリボンが強くしばりつけていく。


「そのまま、吸血鬼から放った『闇』に取り込まれそうになったのよ。それを芦屋さんがあんたを吸血鬼から引き離したのよ。それで終わればいいものも、あんたときたらまたあっちへ行こうとしたから」


 確かにだれかが腕を引っ張っていた。そっちへいくなと必死につなぎとめようとしたのだ。それなのに健は向こう側へ行こうとしたために詩歌が殴りつけて無理やりひき戻した。


「嶽崎。どうする?」


 健はその問いかけに尚隆を見る。


 尚隆の視線は健をみることなく吸血鬼のほうへと注がれていた。


「解放してやってくれ」


 健が躊躇もなくそう答えると尚隆は剣を取り出し、暴れる吸血鬼のほうへとゆっくりと近づくも、途中で足を止める。


「嶽崎」


 尚隆は健のほうへと剣を差し出す。


「リーダー?」

  

 「お前が解放してやれ」


 突然の申し出に健は眼を見開くがすぐにうなずくと、尚隆から剣を受けとる。


 吸血鬼のほうを振り返った健が剣を両手で握りしめると、ゆっくりと近づいていった。するとさっきまで暴れていたはずの吸血鬼がおとなしくなり、健のほうを見た。


 栄治だ。


 栄治がそこにいる。


 自分に何かを語りかけているようだ。


 ためらってはダメだ。


 ここで躊躇したら、栄治はあのままになってしまう。


 健は覚悟を決めると、剣を吸血鬼に突き刺した。


 抵抗などする気配はない。剣が突き刺すと同時に吸血鬼の目がゆっくりと閉じる。その顔は吸血鬼ではなく、栄治の顔だ。なぜか穏やかな顔をしているように思えた。


 吸血鬼の体から黒いきりのようなものがゆっくりと噴き出していきやがて黒い石の姿を形どったかと思うと、はじけるように粉々に崩れ去った。


 やがて吸血鬼の姿は消え、一人の少年へと変わっていく。


 閉じていた目がゆっくりと開き、健を見つめた。



「ごめん。健。ごめん、とうさん」


 栄治が泣きそうな顔でそういう。


「栄治」


 健が手を差し伸べる。


 栄治が笑顔を浮かべる。同時に彼の体が透けていく。


「栄治!?」


 健は栄治の腕をつかもうとするも、すでに彼の姿は消え去ってしまっていた。


 「栄治? おい。栄治!?」


 健は彼の名前を叫びながら周囲を探す。


 だが、栄治の姿はどこにも見つからなかった。


「栄治! 栄あ治!」


 何度も呼ぶ。


 何度も


 何度も


 だけど、彼は応えてはくれない。


「嶽崎!!」


 詩歌は、思わず健を抱きしめた。



「なにしてんのよ!! しっかりしてよ!!」


「詩歌?」


「そんな顔しないでよ! あんたらしくないわ!」


「詩歌……なぜ?」


「え?」


 詩歌は健を見る。


「どうして、あいつが……どうしてアイツはいなくなった?」


 健は、理解に苦しんでいた。消えるはずがない。


“核”が消えたら元に戻るはずだ。


 もとの人間にもどるはずなのに


 どうして、栄治の姿がどこにもないんだ?


 理解できなかった。


 いや、知りたくなかった。


「どうして?  あいつが……あいつが……消えた?」


「嶽崎……」


「消えたんだ。 どこにもいないんだ。あいつはもうどこにいないんだ。どこにも……」


 健は顔を伏せた。


「嶽崎……」


 詩歌はそんな彼の表情を誰にも見せないように抱きしめる。


 嗚咽が聞こえる。


 詩歌の胸の中で確かに健が泣いていたのだ。


「いまだけだよ」


 健は膝をつく。そのまま下を向いて、泣きづづけていた。


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