「え?あんさんの先輩に『核』がついとるんやと?」


「そうなんだよねえ~」

 

 のんびりとした口調でいう健を横目でみながら、詩歌はストロでジュースをすする。

 

 その後の授業はすべて中止になり、生徒たちは帰宅を余儀なくされた。

  

 それから、詩歌たち以外にも事情聴取を受けていた人もいたのだが、だれもなにが起こったのか理解しておらず刑事たちを困惑させている。


 かといって、詩歌たちが本当のことをいうわけにはいかなかった。いったとしても信じてもらえる可能性が低いし、先輩のことを売るようなまねもしたくはなかった。


 その場にいた尚隆にもあたりあわりのないことだけを告げて、こっそりと店で詳しいことを話しことを告げている。


 故になにが起こったのかを詳しく話すために学校を終えた詩歌たちは“店”へと訪れたわけでる。入ってくるとすぐにどこから情報を得たのか、久坊淳也くぼうじゅんやが尋ねてきたのだ。


 

 淳也は、童顔で身長はさほど高くないこともあり高校生にみえなくもないのだが、れっきとした二十歳をすぎた成人男性である。ゆえにカウンターでビールを思いっきりのんでいてもおかしくないのだが、その姿に違和感しかない。

 

 けれど、もうなれたもので美味しそうに飲んでいる。いったい、いつからここに来て飲んでいるのだろうか。この人は普段何をしているのかと詩歌はいつも疑問に思う。


 話によれば都内の大学に通っているらしいのだが、どう考えても通っている雰囲気はない。店に来るたびにいる印象だ。


 もう顔を赤くしている淳也からカウンターのほうに目を写す。いつもならいるはずの人物がいないことに気づいた詩歌は淳也の方を見た。


「崎原はんならちょっと出掛けたでえ。俺は留守番」


 淳也は陽気に答える。


 その酔っぱらいに留守番が勤まるかは不明だ。


 結局のところ、もしも客が来た場合対応することになるのは自分たちだという想像が詩歌には容易についた。


「それよりも話してくれへんか。その核の事件」


 よっぱらいに理解できるのかという疑問もあるのだが、いずれにしても話すことになるだろうからと今日学校で起こったことを話すことにした。




「それは大変やったなあ。それで『核』はとったんか?」


 話を聞き終えた淳也が訪ねる。そのころには淳也から赤みが消えていた。結構飲んでいるようなのだが、代謝は早いようだ。



「それがまだなんだよねえ」


 余りにも陽気にいうものだから、淳也はがくりときた。


「なんやと!なんで、そない、のんきなんや!!」


「別にいいじゃんか。それに、いまは落ち着いているんだ。本人もまったく自覚していないし……」


「当たり前やろ?」


淳也はあっけらかんという。


「それになあ」


そのときであった。チリンと店のドアがあかると同時に鈴がなった。


「あれ? 詩歌ちゃんに健君」


「崎原さん」


現れたのは大吾だった。


買い物に行っていたらしく、その手には袋が握られている。


「今日はどうしたの? 任務?」


「そんなところですね」


「そうか」


大吾は荷物を奥のほうへと置きにいくとカウンターに戻る。


「それで、尚隆には報告したのかい?」

 

「はい。でも詳しくはまだ話していません。来たら話すつもりです」


「そうか」


「なあ、崎原さん」


 沈黙していた健がふいに口を開いた。詩歌たちが振り返ると、いつになくまじめな顔をしていた。


 その顔は、学校では決して見ることのできない顔だった。学校での顔というものは、いつも、陽気でお調子者な態度をとっているのだが、さすが『仕事』のことになると、まじめな顔をする。そのギャップに最初は驚いたものだが、さすがに慣れてしまっていた。


「なに?」


「おれ、先輩についた『核』を取り除こうとしたときに、変なやつが邪魔したんだよ」


「え?」


「なんやねん。それ」


「嶽﨑?」


 詩歌は、彼のあまりにも真剣な眼差しに不安を覚えた。なぜ、あそこまであの男を気にするのだろうか。それをなぜ、大吾に答えを求めようとするのだろうか

 詩歌には理解できなかった。


「銀髪の男だった。顔ははっきりとは見えなかったんだけど、なんだかすごく不気味なやつだった。」


「なんや?それ?」


淳也は顔をゆがめた。


「銀髪の男?」


大吾が怪訝そうな顔をする。


「なあ、崎原さん。心当たりないか?」


「銀色の髪ねえ。みたことないなあ。そんな人」


「隠魑?」


 そのとき、突然、背後から声が聞こえて、詩歌たちは振り返った。

 

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