ラッキーチャンス?!

(ねみぃ~・・・・)

眠気の抜けきらない頭で、学校への道を歩く。

あのおチビちゃんが、これからどんな手を使って俺のキスを狙いに来るのか。

考え始めるともう、夕べは眠れたもんじゃなかった。

断っておくが、俺は決してMっ気など無い。

どちらかと言えば、Sだと思う。

いや、何の話だ。

俺はいたって、ノーマルだ。

それでも、おチビちゃんの事を考えると、何故だかワクワクが抑えきれなかったのだ。

(中坊でもあるまいし・・・・何やってんだ、俺。)

「おはよー、漣くん。」

「おはよ。」

通りすがりに声を掛けてくれる女子には、眠気に耐えながらも、それなりに笑顔で挨拶を返していたのだが。

「つかまえたわよ、高宮 漣!」

さすがに、おチビちゃんが背後まで迫っていることには気づかず、声を掛けられて初めて気づいた。

「よぅ。おはよ、おチビちゃん。」

「ちょっと!何度も言わせないでよ、高宮 漣!わたしの名前は」

「なぁ、何で俺のことフルネームで呼ぶんだ?」

おチビちゃんの言葉をザックリ切って、俺は前からずっと気になっていたことを聞いてみた。

出会った当初から、彼女は俺をフルネーム呼び捨てで呼んでいる。こんな奴は、男女合わせたって、おチビちゃんくらいなものだ。

「そっ、それは・・・・」

とたんに、おチビちゃんは顔を赤くして口ごもり、口を尖らせてそっぽを向く。

そんなの当たり前でしょ。それがあなたの名前だからよ。

とかなんとか、あっさりした答えを想像していた俺には、意外な反応。

思わず立ち止まり、俺はおチビちゃんの目の前で腰を屈めて目線を合わせ、顔を覗き込んだ。

「それは?」

怒ったような、照れたような、恥ずかしがっているような、そんな顔。

まったく、忙しい顔だ。でも、なんだか面白い。

「なぁ、なんで?」

もっとよく見たくて、更に顔を近づけてみる。

すると、真っ赤な顔をプイッと背けて、おチビちゃんは言った。

「響きが素敵だからよっ!」

そして、俺を置いてスタスタと歩き出す。

「なぁ、おチビちゃん。」

「なによ。」

特に急ぐこともなくおチビちゃんに追い付いた俺は、隣を歩きながら、言った。

「すげーチャンスだったと思うぞ。さっき。」

「は?」

「充分、狙えたぜ?」

言いながら、指先で俺自身の口を指し示す。

と。

「私としたことが・・・・」

小さく呟いておチビちゃんはその場に立ち止まり、まるで漫画のように、手にしていた鞄を取り落とす。

「なんてこと・・・・せっかくのチャンスを・・・・」

呆然とした顔で、ブツブツと呟くおチビちゃんを、登校途中の生徒が遠巻きに眺めながら通りすぎて行く。

「なんだ、もう降参か?」

声を掛けるが、一向に反応がなく。

「おい、チビすけっ!こんなことで諦めるお前じゃないだろっ。」

「・・・・っ!」

やっと我に返ったおチビちゃんの鞄を持ち、俺は走り出した。

「早くしないと遅刻するぞっ!」

「ちっ・・・・ちょっと待ちなさいよ、高宮 漣!あなたさっき、私を『チビすけ』呼ばわりしたわねっ?!」

「気のせいだろ。いいからさっさと走れっ!」

「失礼ねっ!これでもっ、全力でっ、走ってるわよっ!」

高門が閉まる直前にギリギリで何とか滑り込み、俺はおチビちゃんに鞄を返した。

「じゃあな。」

俺のクラスは、昇降口を背にして右手方向。おチビちゃんのクラスは、左手方向。

「高宮 漣!」

教室に向かいかけた俺を、おチビちゃんが呼び止める。

「ん?」

振り返ると、まだ息を切らせながらも、おチビちゃんは満面の笑みで俺に手を振っていた。

「鞄、ありがとう!」

軽く手を上げて、再び教室へと向かいながら、俺は思った。

(何してんだ、俺。これじゃまるで・・・・)

俺があいつと付き合いたいみたいじゃないか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る