第50話 新たな殺人(4)

「……当然と言えば当然だが、全く分からなかったな」


 数時間後、ハンスは深い溜息を吐いてベンチに腰掛けていた。

 ユウトは市場で購入したジュースを飲みながら、ハンスに話しかける。


「言っても、探している様子は全く見えなかったけれどな……。市場のおばちゃんとずっと談笑しているような気がしたけれど、本当に情報収集していたのか?」

「何だ、お前。見ていて分からなかったのか? ……とは言いたいところだが、残念ながらその通りだよ。ただ、別に遊んでいる訳じゃない。人間というのはな、不安を感じると色々変な行動を起こすようになるんだよ。だから、人間の不安を取り除いてやるのも大事だって訳だ。……分かるか?」

「……それって、自分が成果を出せなかったことを正当化したいだけじゃないのか?」


 ユウトの言葉に、ハンスは肩を竦める。


「厳しいなぁ。……おい、マナ、お前からも何か言ってくれないか。俺は遊んでいないぞ、ということを言ってくれよ」

「そうだよ、ユウト。ハンスさんはちゃんと仕事しているんだよ。傍から見たら遊んでいるように見えるかもしれないけれどさ」

「……おい。それ意味あるのかないのか分かんねーぞ」

「意味はありますよ、多分」


 マナはどっちつかずの答えしかしなかった。

 市場の何処かで購入したジュースをストローで啜りながら、


「でも、ヒントがないのは困っているんじゃないですか?」

「……その言い方だと、ヒントを持っているみたいなニュアンスにも聞こえるが?」

「ヒントを持っているというか……うふふ、それは情報屋なんですからね。こっちも商売と行きましょうか」

「おいおい。まさか、警察に情報を売ろうっていうのか? しかも無料じゃなくて有料で」

「当然じゃないですか。……警察だろうと商売はしますよ。例えそれが知り合いであってもね。それぐらい面の皮が厚くないと、情報屋なんて商売は成り立ちませんから」


 深く、深く溜息を吐いたハンスはポケットから金貨を一枚手に取ると、それをマナの方へ弾き飛ばした。


「何これ?」

「……まさか金貨一枚でも足りないと言うか? 勘弁してくれよ、警察だって懐事情が寂しいんだ。これでも俺のポケットマネーを必死にやりくりしているんだから、少しは勘弁してくれ」

「警察官って経費で落とすこと出来ないのか? ……何だかそれはそれで世知辛いような」

「出来る訳がないだろう。幾ら警察官が管理者に近い存在だろうとしてもな。……給与体系は流石に若干高いらしいけれどな、何処まで本当かは知らねえが。ただ、なろうと思ってもなれねーからな……」

「そうなのか? だとしたら、ハンスさんはどうやって警察官に?」

「そりゃあ、お前さん……。警察官になりたいと思ったからに決まっているだろう。誰だって、なりたくなくて警察官にならない人は居やしねえよ」


 なるべくしてなった、というのは俺から言わせてみれば間違いだ――ハンスはこうも言った。


「まぁ、話すと長くなるんだがな……。だから、出来ることならそれはあまり話すべきではないんだろうけれどよ。……それとも、今から話を聞きたいか?」

「いや、遠慮しておくよ」


 ユウトの即答を聞いて、ハンスは思わずずっこけた。


「いや、幾ら聞きたくないからってもう少し粘るだろう、普通は……」

「そんなに話したくないのなら、別に話さなくても良いんじゃないか? ただ、そのアシストをしただけに過ぎない」

「アシスト、ねぇ……。ったく、最近の若者は、可愛くねえな」


 ハンスは立ち上がると、とぼとぼと歩き始めた。


「ハンスさん、何処へ?」

「……あんまり情報屋の人間は会わない方が良いんじゃないか?」

「どうして? ……あぁ、もしかしてそういうこと」


 マナは会話の途中でハンスが何処へ向かおうとしているのかを理解したようだった。

 しかしユウトやルサルカは未だその結論を理解していないようで、マナに訊ねることしか出来なかった。


「マナ。ハンスさんは何処へ向かおうとしているんだ?」

「……情報屋って、どれぐらいの人数が居ると思う?」


 マナは質問を質問で返したので、ユウトは少しだけたじろいでしまった。

 しかし、質問についてはきちんと答えなくてはならない――そう思ったユウトは少し頭の中で考えることにした。


「……うーん、やっぱり何人かは居るんじゃないか? 流石にマナ一人って訳でもないだろうし」

「出来ればそうでありたいけれど、そうもいかないのが現実ね。……きっとハンスさんはこれから情報屋に情報をもらいに行くんだと思う。行きつけの情報屋ぐらい、警察官は居るでしょうしね」

「……ついて行ってみるか?」

「まさか。ついて行かないという選択肢があるとでも?」


 ユウトはそれを聞いて少しだけ安心した。

 そうして、ユウト達はそのままハンスの歩く後をついて行くのだった。


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