012 真実の言葉
平岡ツトムが住んでいるというマンションにやってきた。
無職なのに一人暮らしである。
しかもミサトの所よりいい物件だ。
オートロック完備で、築年数はそこそこ、駅からも近い。
ミサトの情報によると、親からの仕送りで生活しているそうだ。
俺達はマンションの近くにあるカフェで張り込むことにした。
テラス席に座って平岡が出てくるのを待つ。
「おいおい、この物件の家賃、月15万だぞ。無職だから生活費も親持ちだろ。平岡って奴はよほど恵まれた家庭で育ったらしいな」
スマホで平岡の住む物件を調べて愕然とした。
そして、まだ見ぬ平岡に対して微かながら同情する。
働かなくていいなら誰だって働かないよな、と。
俺が彼の立場でもプー太郎に甘んじていただろう。
「お待たせいたしました。追加のストロベリーパフェです」
「ありがとうございます」
文香の前に特盛りのパフェが置かれる。
これで7杯目だ。
「おいおい、大丈夫なのか……?」
「何が?」
「胃袋だよ。食べ過ぎだろ」
「甘い物は別腹って言うでしょ? だから平気」
「その別腹が既にパンパンだろ……」
店員や周囲の客もチラチラ見てきている。
そのことを気にする様子もなく、彼女はパフェに手を伸ばす。
文香がアホみたいにパフェを頼むのは、パフェが大好物だから。
――ではない。
コーヒー1杯でいつまでも粘るのは迷惑だから、というもの。
だから彼女は、食べ終わる度に新たなパフェをおかわりする。
「店に迷惑だから注文するというのは分かったが、それならそれで別のメニューでもよくないか? ひとえにパフェといっても色々あるわけだし」
「今日はストロベリーパフェの気分だから」
「ああ、そう……」
やはり俺の彼女はどこかがおかしい。
そんな不思議なところも魅力だからかまわないのだが。
「あっ、平岡さんだ!」
待つこと約2時間。
いよいよマンションから平岡が出てきた。
女連れだ。
「祐治、お会計をお願い。私は平岡さんを尾行する」
文香はその場に1万円札を置き、駆け足で離れていく。
「文香、残っているパフェは?」
「勿体ないから祐治が食べて。残さないでね」
「マジか……」
まさかの残飯処理を押しつけられた。
◇
全力でパフェを食べ終えた後、爆速で会計を済ませて後を追う。
近くに姿は見えなかったが、合流に苦労することはなかった。
スマホのGPSアプリで繋がっているから。
文香は繁華街にいた。
人混みの中を黙々と歩いている。
数メートル前方には平岡と連れの女がいた。
「どんな感じだ?」
「特に変わりないよ。あの女の人は恋人みたい」
「恋人?」
「名前は志保さん。まだ付き合って間もないんだって」
「恋人がいるのに雛森さんに嫌がらせをしているのか」
「そんな風には見えないね」
「同感だ」
突然、平岡が足を止めて振り返る。
俺はビクッとして立ち止まろうとした。
しかし、文香が腕を引っ張ってきて、強引に進んだ。
何食わぬ顔で平岡の横を通り過ぎる。
「どうしたの?」と志保が尋ねた。
「なんだか視線を感じた。気のせいだったみたい」
「へんなの」
「ははは、ごめんごめん」
平岡が移動を再開する。
「ああいう時は止まったらダメ、バレるから」
文香に注意される。
尾行の経験があるのかして慣れている様子。
俺は「すまん」と頭を下げた。
「このままじゃ埒があかないし、バレるのは時間の問題ね」
「そうだな。今日は引き上げるか?」
「ううん、そんな勿体ないことはしない」
「だったらどうするんだ?」
「本人に尋ねてみよう」
「はぁ!?」
と俺が驚く間にも、文香が平岡に接近する。
そして、何食わぬ顔で背後から声を掛けた。
「平岡ツトムさんですよね」
振り返る平岡と志保。
「そうだけど、君は?」
「貴方が交際していた雛森ミサトさんの関係者です。ミサトさんの件で少しだけお話を伺いたいのですが、よろしいでしょうか?」
「ちょ、何、この子」
志保が不快そうに顔を歪める。
当然の反応だろう。
文香は志保に向かってペコリと頭を下げた。
「ミサトの件……」
「ご都合がよろしくないようでしたら日を改めますが」
「都合がいいように見えるなら貴方はどうかしているわ」
志保がトゲのある口調で言う。
彼女の言い分はごもっともだ。
流石の俺でも文香を擁護できない。
なので、「この人の言う通りだよ」と文香に言う。
しかし、平岡の対応は違っていた。
「少しなら、大丈夫」
「「えっ」」
俺と志保が同時に驚く。
「だと思いました」
文香は読んでいたようだ。
「では、そこのカフェでいかがですか?」
「分かった」
こうして、俺達はカフェで話をすることになった。
◇
「彼――念力君には嘘を見抜く力があるんです」
席に着くなり文香が言った。
向かいに座っている平岡と志保の頭に疑問符が浮かぶ。
「実際にお見せしましょう」
文香は俺に向かって「アレを使って」と言う。
アレとは超能力のことだ。
俺は「分かった」と答え、平岡に超能力を使う。
見た目は変化ないが、平岡の頭にある仕掛けを施した。
前に学校で真優梨に行った〈痛覚操作〉と同じ系統の力だ。
「平岡さん、今からいくつか質問しますので、一つだけ嘘で答えて下さい。分かりやすい嘘でも、分かりにくい嘘でも、なんだってかまいません」
文香のセリフに、「分かった」と答える平岡。
「なんだか手品みたい」
と、志保は目を輝かせている。
落ち着いたことで苛立ちが静まったようだ。
「では始めます。まず、貴方の名前を教えて下さい」
「平岡ツトム」
「年齢は?」
「24」
「恋人は?」
「いる」
「隣にいる志保さんですか?」
「うん」
「平岡さん、貴方の性別は?」
「女」
平岡が嘘をついた。
その瞬間、平岡の頭に異常が発生する。
「な、なんだこりゃ、かゆぅい!」
頭を掻きまくる平岡。
どれだけ掻いても痒みはとれない。
この力のことを、俺は〈真実の言葉〉と呼んでいる。
真実の口をもじったものだ。
「これが彼の力です。嘘をつくと頭が痒くなります。その痒さは尋常ではなく、決して抗うことはできません」
「と、とめてくれ、お願いだ、この痒みをとめてくれぇ!」
喚く平岡。
皆がこちらを見る。
俺は慌てて超能力を解除した。
「ふぅ……」
平岡はセクシービデオの視聴を終えた直後の俺みたいな声を出した。
「ツトム君、本当に頭が痒くなったの?」
「あ、ああ、やばいよ。彼の力は本物だ」
「ご理解いただけたようなので本題に入りますね」
平岡と志保が真顔になる。
文香から漂う雰囲気にも真剣味が帯びた。
「祐治、もう一度平岡さんに」
「分かった」
平岡に〈真実の言葉〉を発動する。
「質問は1つです。現在、雛森ミサトさんは何者かによって嫌がらせを受けています。郵便受けに使用済みのコンドームを入れられるといった悪質なものです。これを行っている犯人に心当たりはありますか?」
「ないよ。誓って言うが俺じゃない」
平岡は真剣な表情で否定した。
頭を掻くことはない。
「ツトム君、本当にやってないんだよね?」
「もちろんだよ。俺はそんな男じゃない」
平岡が言う。
ここでも彼は頭を掻かなかった。
痒そうにしている素振りもない。
「文香、平岡さんは本当のことを言っている」
「だね」
文香が「質問は以上です」と話を終える。
テーブルに5000円札を置いて立ち上がった。
「お二人のデートを邪魔してしまい申し訳ございませんでした。私達はこれにて失礼いたします」
俺達は二人に頭を下げ、店の外へ向かう。
「ツトム君、まだそのミサトって女のことが好きなの?」
「そんなわけないじゃないか。俺は志保一筋だよ」
次の瞬間、平岡は喚きながら頭を掻き始めた。
俺は慌てて〈真実の言葉〉を解除したが、時既に遅し。
店内が修羅場と化すのだった。
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