超能力で片思いの美少女をこっそり助けていたら、バレて告白されておかしなことになった

絢乃

001 これが俺の超能力

 片思いは分相応の相手にしなければならない。

 さもなければ苦しい思いをするだけだ。


 人生初となる片思い中の俺――念力祐治ねんりきゆうじは、そう思う。

 放課後、机に突っ伏して寝たふりをしながら。


 高校生活2年目の今、俺は片思いの真っ最中だ。

 相手は御代田文香みよたふみか


 1年から同じクラスで、黒髪ロングの絵に描いたような清楚系。

 休み時間に読書をしていることが多く、それがまた似合っている。

 物静かで、俺と同じく人付き合いは苦手なのか友達はいない。


 文香を好きになったきっかけは一目惚れだ。

 入学式が終わり、教室に入って、一目見た瞬間に惚れた。


 なので、具体的にどこに惚れたのかは分からない。

 妙に大人びた雰囲気か、ずば抜けた容姿か、いい香りがするところか。

 女子風にいえば、「待って、好き」というレベルの一目惚れだった。


 そんな文香はモテモテだ。

 寡黙なのに、いや、寡黙だからか、男が群がる。

 隙あらば告白されていた。


 しかし、彼女の首を縦に振らせた者はいない。

 見るからに論外な奴から眩しすぎるイケメンまで玉砕した。


 俺?

 俺は告白すらできずに眺めるだけの雑魚。

 無様に散っていた残念な奴よりも更に醜い哀れな存在だ。


「あんたさぁ、男にモテるからって調子に乗りすぎなんだよ?」


 窓際の席で、吉沢真優梨まゆりが不快そうな声を出す。

 金髪のポニーテールが特徴的な彼女は、スクールカーストの最上位。

 傍には取り巻きの武井美沙みさと牧野瑠華るかも一緒だ。


 真優梨は机の上に股を開き気味で座り、後ろの席を蹴る。

 蹴られている席に座っているのが文香だ。


 文香は真優梨から目の敵にされていた。

 理由は逆恨みにほかならない。

 1年の2学期に、真優梨の惚れた男が文香に告白したからだ。

 文香が即答でお断りしたことも気に障ったらしい。


「ミサミサ、この女きらーい!」


 一人称が「ミサミサ」の美沙が言う。

 薄らと赤みがかった黒の姫カットが特徴的なぶりっ子。

 カースト上位の男子と話す時だけ途端に媚びるタイプだ。

 真優梨ら三人の中では唯一、化粧をしないと可愛くない。


「真優梨、そろそろ帰ろうよ」


 イジメに消極的なのが瑠華。

 髪型は青のショートで、ロリ顔の巨乳だ。

 一人の時は大人しく、三人衆の中で唯一の常識人。

 隣の席なので、稀に話をすることがあった。


「別に調子に乗っていないけど」


 文香が素っ気なく答える。

 彼女はこんな時でも無表情で、それがまた魅力的だ。


「うざいんだよ、あんたさぁ!」


 真優梨が再び机を蹴る。


(文香をイジメるカスには天誅を下さないとな)


 俺は立ち上がると、「イジメはみっともないぞ」と駆け寄り、三人衆にビンタをお見舞いする。三人衆は「ぴぇん、ごめんなさい、二度としません」と涙目で謝り更生。俺は文香から「助けてくれてありがとう! 素敵! 抱いて!」と告白された。

 ――とはならない。


 そんなことをしようものなら反撃を受けるだけだ。

 文香に対するイジメもより陰湿で過激化するだろう。


 だから俺は親にも言っていない力を使う。

 ――超能力だ。


(くらえ、我が禁断の力……!)


 何食わぬ顔で真優梨に手のひらを向けて念じる。

 すると、真優梨に異変が。


「なんか背中が痒いんだけど、ちょ、痒い、やばい、痒い、死ぬ」


 真優梨が背中を掻きまくり始めた。


 これが超能力の効果〈背中をむず痒くする〉だ。

 このような地味でうざい力を、俺はいくつも使える。

 ビルを消すなどの派手なものは使えない。ひたすらに地味だ。


「えー、またぁ?」


 美沙が呆れたような声を出す。

 真優梨はしばしばこの超能力で成敗されていた。


「美沙、背中掻いて、マジでやばい」


「やだよ、ミサミサの指に痒い菌がつきそーじゃん!」


「大丈夫だって! 別に病気じゃないんだから! ただ痒いだけ!」


「えー、やだー」


 美沙は薄情者だ。

 背中が痒くてもがく友達を助けない。


「病院に行った方がいいよ、真優梨。ヘルペスかもしれない」


「はぁ? 瑠華、あたしに喧嘩売ってんの? 性病じゃないし」


「ヘルペス=性病って認識は間違っているよ。水疱瘡みずぼうそうだって立派なヘルペスなんだから」


「そーなの!? てか痒いぃぃ! 無理ぃいいいい! 文香の菌だ! そうに違いない! いつもこの女の近くに居る時に痒くなるし!」


「そうかもしれないからもう帰ろうよ」


 瑠華が上手く言いくるめて、真優梨は今日のイジメを終えた。

 文香に「調子に乗るなよ」と言い残して出て行く。


(これでよし、俺も帰ろう)


 俺が寝たふりをしていたのは文香を守る為だ。

 隙を窺って告白しようなどとは考えていない。

 害虫を駆除したので任務完了である。


「あっ」


 思わず声が出る。

 立ち上がろうとした時、文香がこっちに向いたからだ。


「念力君、起きたの?」


「あ、ああ、起きた! 今起きた!」


 心臓がバクバクした。

 話しかけられただけでときめいてしまう。


「そう」


 文香はそっけない反応で立ち上がる。

 そして、また明日、と教室を出て行った。


 ◇


 俺には友達がいない。

 だから下校となれば一直線に家を目指す。


「うげげぇ! 腰、腰をいわしてしもたぁ!」


 横断歩道のど真ん中で老婆が叫び始めた。


「腰ィ! 腰をいわしたぁ! 腰をいわしたぁて!」


 いわしたの意味が分からない。

 しかし、状況から推測することができる。


 腰が痛くて動けないようだ。

 老婆はその場で立ち往生している。

 押し車にもたれ、地面に膝を突いていた。


 信号が赤に変わるのは時間の問題だ。

 そうなれば大型トラックの運転手が苛立ちのクラクションを鳴らすだろう。

 老婆は心臓発作で死んでしまうかもしれない。


「やれやれ、仕方ないな」


 超能力で助けることにした。

 老婆をじっと睨み、精神を集中させる。


「ハッ!」


 次の瞬間、老婆の背筋がピンッと伸びた。


「腰、治った!」


 老婆はモデルのような足取りで歩き始めた。

 押し車の扱いも先程までとは違う。

 押すのではなく引いている。

 超能力で足腰を強化したおかげだ。

 そのまま横断歩道を渡りきり、俺の傍に来た。


「大丈夫ですか?」


 隣にいたおっさんが老婆に話しかける。

 心配なら助けに行けよ、と思った。


「大丈夫! 腰、治った! なぜなら――」


 老婆がチラリとこちらを見る。

 もしかして俺の超能力に気づいたのか?

 と思ったけれど、そんなことなかった。


「――これのおかげじゃあ!」


 老婆は押し車からサプリメントを取り出した。

 大きく「グルコサミン」と書いている。


「コレがあれば腰、大丈夫!」


 おっさんが「流石です」と拍手する。

 何が流石なのか、俺には理解できなかった。


「グルコサミンがあれば若いもんにも負けんよ」


 かっかっか、と笑いながら老婆は去っていった。

 超能力の持続時間はそれほど長くない。

 あの様子だと明日はグルコサミンを恨むのだろうな。


(なにはともあれよかったよかった)


 困っている人を助けるのは気持ちいいものだ。

 俺はにんまり笑顔で横断歩道に背を向ける。

 すると――。


「こんにちは、念力君」


 ――文香がいた。


「き、きき、奇遇だね、御代田さん」


 緊張から声が震える。


「念力君の家はこっちなの?」


「うん、そうだよ。御代田さんも?」


「私は違うよ」


「そうなんだ」


 本当はここから話を膨らませたかった。

 だが、それができるのはコミュ力の強い者だけだ。

 俺みたいなコミュ障には無理である。


「私は念力君に用があったの」


「えっ」


 頭が真っ白になった。

 聞き間違いかと思った。

 だから尋ねる。


「俺に用事があるって言った?」


「うん、そうだよ」


 聞き間違いではないらしい。

 クラスが同じなだけで殆ど話したことないのに、何の用事だろう。


「念力君、今度の日曜日、暇?」


 残念ながら日曜日は予定が入っていた。

 3年前から楽しみにしていた映画『スターフォース』の上映日だ。

 上映日に観に行くことを楽しみに今まで生きてきたと言っても過言ではない。


「うん! 暇! 暇だよ!」


 だから承諾した。それでも承諾した。故に承諾した。

 スターフォースは大事だが、文香の誘いはもっと大事だ。


「よかった。じゃあ、日曜日、付き合ってもらえる?」


「いいよ! 喜んで! 付き合う! だって暇だし!」


「ありがとう。あ、連絡先の交換しないとね。ライン、大丈夫?」


「大丈夫! 今すぐインストールする! ……インストールした!」


 こうして文香とチャットアプリ〈ライン〉で繋がった。


「ありがとう。待ち合わせ場所や日時はあとで連絡するね」


「分かった!」


 ――そして、日曜日。

 俺は文香の指定した場所にやってきた。


 その場所とは、競馬場だった。

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