第9話 竜の巣
「な、なんでお前がここにいるんだよ!」
「これは大発見ですよ! この山のドラゴンは休眠期にここで眠るんだ! なにも大きな犠牲を出さなくても……」
「人の話を聞けっ」
興奮気味に肩をつかんだままの宮廷魔術師に腕組みをしてラングはつっこんだ。……やっぱり聞いていないんだけど。
『それで? 休眠期に入らない私に会ったら君らはどうするつもりだね』
ふいにそんな声が二人の頭に流れ込んできた。音ではない。直接意識に割り込む言葉だった。同時に明らかに空気を震わす振動が左の空洞から低い音となって訪れた。
右の空洞は休眠期に入る前に使用される通路、左の空洞は活動期のドラゴンが使用する通路だなどとラングたちの知るところではない。
闇に巨大な紅い光がふたつ、こちらをとらえている。かと思えば暗闇からゆっくりと鱗を持つ巨躯が現れた。
「ド、ドラゴン!?」
しかし、色は黄金ではない。白竜だ。
「おい、ウォルド。ひょっとしなくても一人だよな」
「えぇ、軍営を離れるあなた方をこっそりつけてきたもので」
「騎士の一人でもいれば身代わりくらいにできたものを……」
「あなたそれでも勇者ですか」
「じゃ、お前が人身御供になれよ」
「うっ」
とうてい賢竜には理解できないボケと突っ込みを何度か繰り返した頃、見上げるほどに近づいた白竜にウォルドが叫んだ。
「大体! 我々が探してるのはあなたではないですよ!!」
半ばやけである。
『では何を探しているというのだ?』
幸いドラゴンは平和的に応じてくれた。それとも二人くらいなら尾の一降りで叩き潰せるとでも思っているのか。口調に友好さは感じられない。ウォルドも覚悟を決めた。このチャンスを逃したら狩られるかもしれない。それこそ一撃で。
「私たちが探しているのは黄金の竜です」
素直に答える。さすがに生か死かの瀬戸際でドラゴン同士の感情なんて考えまでは及べなかった。
例えばこの竜と狩らなければならない金の竜が親友だったら、とか。その場合は、まちがいなく殺られるであろう。
『金竜などこの山にはおらぬ』
形相が……人間に例えるなら眉間に神経質なしわが寄ったような……表情に変わる。
『最も前に来た王国の者どもは私を狩るつもりだったろうが』
バサリ。
通路の途中にいるせいで広げきれない翼を伸ばすと深い傷痕が生々しく光景として目の前に広がった。
『黄金竜と呼ばれているのは私だ』
言葉に含まれるのは憤怒。
『残念だがここをみつけられては生死の選択は与えられぬな。それとも……』
「ちょっと待ってくれ!」
ドラゴンの声を遮ったのはレダークであった。
「アーカイブ、それは『あの』ランギヌスだぞ。君を殺しに来たんじゃない」
「『あの』とかいうか……」
またもやあまり関係ないところでつっこむ。だが人にはそれぞれ役割というものがあって。今持つべき疑問はウォルドが放ってくれた。
「アーカイブ? それ、ひょっとしてドラゴンの名前? ……なぜレダークさんが知ってるんですか」
白竜にしてもそれは疑問だったのだろう。やや首をかしげてレダークを見下ろす。名前を呼ばれたことで再び話を聞く体勢に入ったのは明らかだった。
通常色や種別で人間から呼ばれる、あるいはドラゴン同士でそう呼び合う彼らにとって、名前とはそれだけ重要な意味をもつものだったのである。
『私をそう呼ぶのは誰かね、見覚えのない顔だ』
「……」
白竜はレダークをじっと見下ろす。レダークは答えなかったが白竜はちょっと首を振って
『これはこれは……。会ったのは始めてだと思うが……まぁいい、話を聞こう』
意外にあっさり系だ。そういってラングへと視線を移した。
「……いや、オレは話も何もないんだけど」
「ラング。竜に会うのだって珍しい、だろ? だったら話できるチャンスなんて更にないチャンスだぞ」
わけのわからないところで訳の分からないことをすすめんでくれ。
「ラングさん、すごいんですね。ドラゴンにまで名前を知られているなんて」
『〝勇者〟らしからぬ勇者と聞く。話を聞く価値はあろう』
「それでどうしてそうなるんだよ。まずオレを納得させてくれ」
呆れて一気に臨戦的な雰囲気が崩れた中、この言葉が思わぬ重い意味を引き出すなど誰が考えたろう。しばし黙すると白竜は重い口を開けた。
『今まで何人の英雄とやらが我々の同胞の命を奪ったことだろうか』
思いもよらない言葉だった。
『このグラスキングダムは古から栄える土地だ。東の金竜も私も四代前の王までは密かに交流のあったものだ』
「王と交流!?」
ウォルドも知らない事実である。
『我々は公になることを好まない。それに元は建国以来の至極個人的なつきあいであったのでな。それはそれは優秀な王であったぞ』
「グラスキングダムが栄えてきたのはドラゴンの知恵を受けてきたという説もある。最もこの間みたかぎりではそういう世論はないようだったけど」
ウォルドは愕然としている。宮廷魔術師である彼にドラゴンについての友好的な知識はなかった。第一城内でもそんな資料はみかけたことがない。
『人の世に百年は長いものだ。』
感慨深げに白竜は言った。
『その百年の間に我々にまで「英雄」の手が伸びるようになった』
「どうして英雄なんですか」
『正しくは逆だな。ドラゴンを倒せば英雄になる。例えばそれを与えることができる富と名誉ある貴族の一部は永久の若さや命を望み、偏執狂な収集家は希少な物ほど希求する。いずれも伝説にはドラゴン族ならば持っていると唄われるものだ』
アーカイブはその聡明そうな瞳を微かに細めた。まるで遠くを見ているようだった。
「そりゃとってこられないとなればなおさら欲しくなるものだよな、そーいう奴等は」
「まして竜族は畏怖と敬意の象徴。人の手の届くところではないから尚、倒せば名声は思いのままだ。大抵の亡き竜族の善し悪しが弁護されるはずがない」
まるで人間を代表して怒られているような気分になるウォルド。白竜の口調に責める様子もなくただひたすらなのが更に拍車をかける。大してラングはなんてことないように会話をしている。
『その点、たやすく英雄たりえようその素質で金でも名誉でも正義ですらなく、あくまで己の観念で動く……つまりランギヌス、そなたの言うことに耳を貸す余地はあるということだ』
「正義すらない……」
ウォルドはちょっと情けない顔をする。あらためていわれると非っ常ーに情けないコトバである。
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