第15話 海外システム開発計画の見直しとT商事の業績:2022年8月

(鈴木太郎が、海外システム開発計画の見直しを進める)


2022年8月。東京。T商事オフィス。海外システム部。


「鈴木部長。伺ってもいいですか」システム開発担当職員が聞いてきた。

「どの部分のことだ」鈴木が反応した。

「ネット販売に対応するためのユーザー認証モジュールです。

サンプルコードがあるので、処理は分かります。

問題は、どのレベルのユーザーを対象するかということです。

ユーザー認証は、スマホだけを考えればよいのでしょうか。それから、ユーザーIDは、スマホの電話番号または、メールアドレスだけで、よいのでしょうか」

「どこまでで良いと、範囲は限定できない。ただし、今回は、開発を急ぐので、君が言うように、欲張らずに、最低限の機能だけを実装する。拡張出来るように配慮しておいて、後日、問題が生じた時点で拡張するしかないだろう」

「おっしゃることは、わかります。一般論としては、それが正解です。ですが、その方針は、国内システムを全く配慮していません。それで、不安になって伺ったんです」

「言いたいことは、よくわかる。このシステムを、運用したとたんに、国内のシステム部から、『うちのことは、全く考えていない』と非難がくるだろう。しかし、国内システムは、専用回線を使ったレガシー・システムだ。インターネットでは、スマホなしのユーザー認証は、危なくて使えない。だから、正確に言えば、拡張出来るような配慮とは、国内システムを除いての配慮になる。非難は私が受けるから、国内システムのことは考えずに、開発して欲しい」

鈴木は、オーストラリア事務所長からの要請を受けて、海外システムの開発計画の見直しに入っていた。開発期間は3か月を予定している。開発期間を短縮するために、一部のモジュールは既にコーディング作業に入っている。ただし、この開発計画の見直しでは、ダマスカスには対抗できない。T商事のシステムは2階建てである。海外システムは2階に相当する。1階に相当する国内システムは、システム部の担当で、担当部署が異なっていた。国内の顧客に対するサービスは、メインフレームを使ったレガシー・システムに、パソコンやスマホからのアクセスが可能なモジュールを接ぎ木したものだった。しかも、この部分は、鈴木の担当部署ではなく、全く、口だしができなかった。

一方、ダマスカスは、日本国内でも、オーストラリア国内でも、同じクラウド・システムを導入していた。日本とオーストラリアをつなぐには、通信モジュールの一部の設定を手直して、入管と通貨レートにかかわるモジュールを追加するだけで対応できた。

しかし、T商事では、国内システムと海外システムは、全く別物だった。海外システムをダマスカスレベルには出来る。また、日本を除く、海外の国の顧客の間であれば、ダマスカスと同じサービスが出来る。しかし、日本の顧客のサービスを改善するためには、国内システムをゼロから作りなおさなければ、ダメなのである。

鈴木には、システム改善の遅れが、業績に響かないように、祈るしか手はなかった。

T商事の海外取引は、減少したが、その減少は、9月に入って下げ止まり、前年比-30%くらいで止まった。とりあえず、皮一枚で首がつながっている状態である。

下げ止まりの原因は、不明で、再発リスクは高かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る