第6話 200億円の赤字予算:2022年5月

(T商事が、2022年度の事業計画を策定する)


2022年5月。東京。T商事オフィス。


杉川社長は、株主総会に向けた、事業計画を詰めていた。杉川はT商事の社長である。T商事は日本の商社の中では、大手のひとつだか、トップとは、大きな差がある。


T商事の業績は、2020年のコロナウイルス以降、消費が落ち込んで、赤字すれすれの黒字レベルだった。


次年度の事業計画の中心は、カーボンニュートラル対策だった。2020年に日本政府が国策として、カーボンニュートラル政策を決めた。しかし、問題は、国策ではない。2020年頃に、IT企業から始まった、カーボンニュートラルではない企業とは取引をしないというBtoBが、急激な拡大を見せていた。このまま行くと、T商事が、輸入出来る企業も、輸出出来る企業も急速に減少して、ビジネスが成り立たなくなる。これを避けるには、早急に、カーボンニュートラルを実現する必要がある。とはいえ、カーボンニュートラルは対象も多岐にわたり、費用も膨大である。全体の総費用すら、はっきり、しなかった。株主総会では、総費用に質問が出るに決まっている。問題は、総費用の額ではなく、対策をしても、黒字を出せる体質に組織を変えられるかどうかだった。少子化の影響を受けて、社員の平均年齢は上がり続けていた。一方では、コストダウンの可能性の高いIT化は、遅々として進まなかった。カーボンニュートラル対策費用の総額は不明であるが、質問が出たときに、「わかりません」とは言えない。とりあえず、「概算で400億円だが、今後、精査する」と答えておくしかあるまい。


2022年度は、国内の配送車を全て、EVに切り替えることと、電気輸入の拠点であるオーストラリアの事務所を拡充することを計画していた。それらの費用を考えると、事業計画は200億円の赤字だった。ともかく、これで、6月の株式総会を乗り切るしかなかった。今年は、これで、押し切るにしても、来年までに、カーボンニュートラル対策に対する総費用を精査して、出来るだけ早く黒字になる事業計画を組み立てないと、会社が危ないと思った。今の計画では、2022年度は、200億円の赤字になる。収益が改善しなければ、2023年度も、200億円の赤字になる。しかし、これは、無理なシナリオだ。2023年度に向けて、コストカットをして、赤字幅を縮減して、会社が復活しつつあるという印象を与えないと、株価が持たないだろう。

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