『レゾニア』の暗躍 ~リリアーナ視点~

「・・・今日で王都も最後ですわね」


 教会裁判により『イルティア騎士貴族学園』を退学することが決まったリリアーナは、次の日には学園の寮を引き払って王都のタウンハウスに家族と共に戻っていた。


 そして、それから数日という短い間で宰相業務の引き継ぎを完了させたライオネル侯爵は、正式に宰相としての役割を辞する事となった。


 ライオネル侯爵が中央政権での役割を失ったことによって王都に住む必要が無くなった侯爵家は、急ぎ領地へ戻る準備を進めていた。


 そんな中、リリアーナは自室から見える王都の景色を寂しげに眺めていたのであった。


 リリアーナは父親が宰相ということもあり、幼いころから王都に住んでいた。


 なので、領地の本宅には殆ど生活する機会は無かった。


 自身が犯した過ちがきっかけとは言え、住み慣れた土地を離れるということにうら若き少女であるリリアーナは不安を隠せないようであった。


 コンコン・・・。


 その時、自室の扉がノックされた。


「リリアーナ、・・私だ」


「お父様?」


 ライオネル侯爵の声を聞いたリリアーナは侍女に扉を開けるように促した。


 ガチャ・・・。


 静かにリリアーナの自室へ入室してきたライオネル侯爵は、何故か虚ろな表情をしていた。


「リリアーナ・・お前にお客様が来ている」


「お客様?」


 リリアーナは首を傾げた。


『イルティア騎士貴族学園』を退学した自分に今さら訪ねてくるような人物がいたのかとリリアーナは考えを巡らせたが、思い当たる人物はいなかった。


 ひとまずリリアーナはライオネル侯爵に連れられて、屋敷の中でも一番上位の応接間へと向かった。


 ガチャ・・。


「大変お待たせいたしました。リリアーナをお連れ致しました」


 ライオネル侯爵に続いて応接間に入室したリリアーナは、豪華な応接ソファーに腰かける客人である二人の人物を見て瞠目した。


 一人はロマンスグレーの短髪をセンターで分けた端正な顔つきをした壮年の美丈夫であり、その隣には男性の息子と思われるリリアーナと同世代の目が眩むほどの美青年が座っていたのだ。


 そして、『神聖リーフィア神帝国』傘下の国家に属する高位貴族で、その二人の人物を知らない者はいなかった。


「やあ、リリアーナ嬢。待っていたよ」


 女性ですら羨むような白く美しい肌を持つ美青年の微笑みを向けられて、リリアーナは思わず頬を紅く染めた。


「レ・・公爵閣下に御子息であらせられるレヴァンデ様・・お目にかかれて光栄ですわっ!!」


 リリアーナは気を取り直すと、慌てて二人にカーテシーをしながら挨拶した。


「そんなに緊張せずに・・まあ座りなさい」


 レゾニア公爵当主であるアルヴァインは、優しく微笑みながらリリアーナの着席を促した。


 リリアーナはおずおずと応接ソファーに腰かけたが、『神帝国』でも上位に君臨し、『勇者クラリス』の末裔であるレゾニア公爵とその息子がわざわざ自分を訪ねてくる理由に全く身に覚えが無かった。


「恐れながらレゾニア公爵閣下・・わたくし達は間もなく王都を去る身です・・何よりも只の侯爵令嬢でしかないわたくしに一体どのような用件がございますのでしょうか?」


 リリアーナの問いを聞いたレヴァンデは再び笑みを浮かべた。


「ふふ・・父上はリリアーナ嬢の才能を買っているのですよ」


「わたくしの・・才能・・ですか」


「ええ。あなたは『政治学科』に在籍されているが、魔導の成績も非常に優秀と聞きます」


「そ・・そんな、恐縮ですわ・・」


 レヴァンデ、そしてレゾニア公爵に褒められたリリアーナは益々顔を紅くした。


 すると、レヴァンデはリリアーナに妖しげな笑みを向けた。


「それに・・・貴女のにあるもの・・・・私達はにとても魅力を感じるのですよ」


「心の奥に・・あるもの・・?」


「・・リリアーナ嬢、貴女はこのまま静かに王都を去ってもいいのですか?」


 リリアーナの言葉を聞き流して、レヴァンデは問いかけた。


 その言葉にリリアーナが目を見開いた。


「自らの過ちが原因とは言え、貴女のような令嬢が社交界を追われて領地に戻るなんて、実に勿体ない」


「っ!?」


 いつの間にか、膝に置いたリリアーナの手にレヴァンデの手が重ねられていた。


「っ!?で、ですが!!・・・今さらどうにもならない事なのです」


 リリアーナはそう言いながら俯いた。


「・・・リリアーナ嬢、先ほど私は貴女に大きな期待をしていると言いました」


「どのみち貴女はこのまま領地に戻るだけなのでしょう?でしたら一度、に協力してもらえませんか?」


「協力・・とは一体どういうことですの・・?」


 すると、突然レヴァンデがリリアーナに顔を寄せた。


「レ・・レヴァンデ様!?」


 リリアーナは驚きながら恥ずかしさに視線を逸らす。


 リリアーナが逸らした視線の先、応接ソファーに腰かけているライオネル侯爵は、美青年に迫られる娘を無表情で見つめていた。


「ふふ・・それはね」


 そして、二人の唇が触れそうになる程に顔を寄せたレヴァンデは、突如その表情を邪悪に歪めた。


「貴女に『黒の君』の駒としてことですよ」


 ドスッ!!!


「!?」


 直後、リリアーナは突然自らの胸に受けた衝撃に瞠目した。


 そして、胸元に視線を向けると、そこにはレヴァンデによってが打ち込まれいる様子が見えた。


「ぐぅ・・・う・・あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 リリアーナは思わず胸元の激痛に顔を歪めた。


 すると、リリアーナは自分の視界が徐々にどす黒く染まって行くのを感じた。


 同時に、自らの意識が底の見えない暗い水の中に沈んでいくような錯覚を覚えた。


「ああああ・・・・・・ああ・・」


 やがて、苦しんでいたリリアーナは糸の切れたマリオネットの様に静かに俯いたまま動かなくなった。


 ライオネル侯爵は目の前であまりにも異常な出来事が起こっているにも関わらず、その表情を変えることは無かった。


 そして、それから数分が過ぎた頃、リリアーナはまるで眠りから目覚めたように静かに顔を上げた。


 その表情は、能面のように全てが抜け落ちたものであった。


「・・したようだな、レヴァンデ」


「・・ええ、やはり私のでした。『黒の君』から授かったは、心に潜む『邪悪』が、打ち込まれた肉体に良く馴染むようです」


 そういうと、レヴァンデはリリアーナの肩に手を置いた。


「貴女はあの黒髪の女性が憎い・・そうでしょう?」


「・・・黒髪の・・アリア・・そう・・アリア・・あの女が憎い・・憎いわ!!!」


『アリア』の名前を聞いたリリアーナは虚ろな表情を一変させ、憎悪の表情を浮かべた。


「・・リリアーナ嬢、その『アリア』という名前の女性を排除する為に力になってあげますよ」


「早速、貴女には私達のへご案内するとしましょう。よろしいですね?ライオネル卿」


「・・・ご随意に」


 レゾニア公爵が声をかけると、ライオネル侯爵は恭しく一礼した。


(・・せいぜい愚かな貴女達を『黒の君』の為に使わせてもらうとしますか)


 レヴァンデは憎悪で顔を歪めるリリアーナに侮蔑の目を向けた。

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