初登校

 チチチチ・・・・。


「ふあぁ・・・はえ!?」


 私は、小鳥の囀りに起こされて目が覚めると、自分が見慣れない部屋にいることに驚きました。


「そうか・・今日から此処が私の部屋なんですね・・」


 学園長への挨拶が終わった後、モニカさんに案内された学生寮の自室はとても豪華な部屋でした。


 流石は貴族の寮ということもあり、部屋の広さは『東雲しののめの奇跡亭』の一フロアに匹敵するくらいの広さがあります。


 その広大な部屋には広い衣裳部屋から専用の浴室、キッチンまで完備しています。


 そして、数ある家具や調度品はどれも目を瞠るばかりの高級品で、その中でも私が今横になっている天蓋付のベッドは一人で寝るにはとても広くて一際高そうに見えます。


 ガチャ・・・。


「失礼いたします」


 そして、私が寝起き早々自分の部屋の豪華さに戸惑っていると、寝室の扉が開いてモニカさんが入ってきました。


「おはようございます、アリア様。ご気分はいかがですか」


「あ、おはようございます、モニカさん。とてもいい目覚めでしたが、この部屋にはまだ慣れないですね」


「それはようございました」


「・・ですが、アリア様。何度も申し上げておりますが、私の事は『モニカ』と。あと敬語もおやめください」


「いままで庶民だったアリア様が恐縮されるのはよく理解しております。しかしながら、今のアリア様は天下の公爵閣下です」


「そして、そのような方が私のような使用人如きに頭を下げれば、『公爵』の品位にも関わることにもなるのですよ?」


「は・・はい・・うん、わかったよモニカ。少しずつ慣れていくようにするね?」


「それで結構でございます」


 モニカは満足そうに微笑みました。


「さあ、アリア様。まずは朝食を摂りましょう」


「そのあとは湯あみをしまして、身だしなみを整えさせていただきます」


「うん、わかった」


 私は貴族の振る舞いがわからないので、ひとまず全てをモニカに任せることにしました。


 そして、優雅な朝食を終えた後、モニカに身体を洗ってもらった私は真新しい制服に身を包みました。


『イルティア騎士貴族学園』の標準制服は、とても可愛らしいデザインでした。


 上は飾り袖が付いた白いブラウスの上から、紺色を基調としたチェック柄で腰の部分に飾りボタンが並んだコルセットベストを着るようになっていて、胸元は黒色の大きなリボンがあるデザインです。


 そして、下はコルセットベストと同じ色柄で膝上丈のプリーツスカートと黒のニ―ハイソックス、ブラウン革のロングブーツという組み合わせでした。


 制服に身を包んだ私の黒い長髪は、モニカさんによって丁寧に磨かれて艶やかな光沢を放っています。


 その前髪の横には『白銀薔薇のバレッタ』が留められていて、私は鏡に映った自分の姿を見て胸が高鳴りました。


「ああ・・どうしましょう!!私はとんでもない女神様を生み出してしまったようです」


 モニカは私の仕上がりを見て、真っ赤に頬を染めながら震えていました。


 私も自分の出来栄えには正直驚いていますが、女神は言い過ぎたと思います。


 正直、ハーティルティア様に失礼な気がします。


 コンコン・・・。


 その時、私の部屋の玄関扉からノックの音が聞こえてきました。


「はい?」


「お義姉さま!!わたくしですわ!!」


「あ、マリア様!どうぞ!!」


 私が返事をすると、マリア様が侍女を連れて入室してきました。


 マリア様も私と同じ制服を身に纏っていて、レオンハルト殿下と同じようなプラチナブロンドの長髪をサイドテールに纏めています。


 ドレスを着ているマリア様も美しい姿でしたが、制服を着ているマリア様は年相応の愛らしさに溢れる姿になっていました。


「っ!?」


 そして、マリア様は私の顔を見ると何故か息を詰まらせます。


「あの?マリア様・・どうされました?」


「ああ、なんということでしょう!!お義姉さま!なんて罪作りな美しさを持った方なのですか!!」


「このまま一人で学園に通えば、瞬く間に不埒な男の毒牙にかかってしまいますわ!!」


「ああ、お義姉さまが眩しすぎて、直視できませんわ!!」


 そう言いながら、マリア様は赤くなった顔を大げさに手で覆います。


「マリア様、おおげさですよ」


「「いいえ、大げさじゃありません(ありませんわ)!!」」


 謙遜する私にモニカさんとマリア様がハモって答えます。


「これはゆゆしき事態です・・・お兄様にはくれぐれも目を光らせてもらいませんと・・わたくしの、わたくしによる、わたくしの為の『アリアお義姉さま化計画』に支障が出ますわ!!」


「あの・・マリア様??」


「こほん・・とにかく、学舎に参りましょう!」


「ちなみに、学園の方針で学舎へは侍女の同伴ができませんわ」


「それでしたら、私は慣れているので問題ありませんよ」


「お部屋の管理は私にお任せ下さい、アリア様はお気をつけて学業に励んでくださいませ」


 そして、一礼するモニカとマリア様の侍女に見送られながら、私達は学生寮のエントランスから外に出ました。


 私達が学生寮の玄関から出た後にしばらく歩いた先にある正門を抜けると、正門前の車寄せに一台の豪華な『魔導車』が停車していました。


 ガチャ・・・。


 そして、『魔導車』の側に控えていたアーヴィンさんが恭しく開けた後部ドアの中から、レオンハルト殿下が降りてきました。


 レオンハルト殿下は『魔導車』から降りて私と目があった瞬間、何故か口を大きく開けながら固まってしまいました。


「お・・・おはようアリア。君の制服姿があまりにも可憐すぎて、自分の降りた場所を『失われた神界ヴァルハラ』と間違えてしまったのかと思ったよ」


「おはようございます、アリア様。制服姿、とてもお似合いですよ」


「おはようございます、レオンハルト殿下、アーヴィンさん」


「それにしても、皆さん大げさですよ。ここが本当に『失われた神界ヴァルハラ』だったら大変なことになってしまうじゃないですか」


 私はレオンハルト殿下の冗談にクスクスと笑いを返します。


 しかし、私の笑顔を見たレオンハルト様は少し不機嫌そうな顔になりました。


「・・・アリア、私の事は『レオンハルト殿下』ではなく『レオン』と呼んでくれと言っているだろ?私と君の仲じゃないか」


 ・・・一体何のなんでしょうか。


 同じ人工女神アーク・イルティアの『騎士ランナー』という意味でしょうか。


「・・お兄様も苦労されますわね」


 私が首を傾げている姿を見たマリア様が、溜息をつきながら額に手を当てていました。


「さあ、呼んでごらん?」


「む、無理です!!!」


「そうか、私の頼みを聞けないんだね・・残念だ。・・そんな悪い口はどうしてしまおうかな??」


 レオンハルト殿下はそう言って黒い笑みを浮かべながら、指で私の唇をなぞります。


 その瞬間に自分の顔が一気に赤くなるのが私にもわかりました。


「い、言います!言いますから!!」


「そうか、よかった。じゃあ呼んでくれ、『レオン』と」


「レ、レオン・・・ハルト様」


「・・・・・」


「・・・・・・」


「・・・はあ・・まあ、今日のところは『殿下』が外れただけマシとしようか」


「あまり無理言ってアリアに嫌われたくないしね」


「お兄様だけズルい!!私のことも『マリア』と呼んでもらいますからね!!」


「は・・・はひ」


「レオンハルト殿下、朝から令嬢を揶揄からかっていたらそっぽを向かれてしまいますよ」


「私はいつだって真面目だぞ」


 そう言いながら、レオンハルト殿下は不機嫌そうな表情で顔を背けました。


「そう言えば、アーヴィンさんも学園に通ってるんですか?」


「ええ、実は殿下とは同じ歳なので、専属騎士としての教養と技量を身につける為に『騎士科』へ通っているのです」


「それに、護衛の任務もできますしね」


 レオンハルト殿下は、私に向かって微笑むアーヴィンさんへ睨みつけるような目を向けます」


「ふん、アーヴィンの事は気にしなくていいぞ、アリア」


「今日はアリアを迎えにきたんだ。学園まで送るから『魔導車』に乗ってくれ」


 そう言って、レオンハルト様は私の手を取りました。


「え、そんな!一国の王子様に送ってもらうなんて!!畏れ多いです!!」


「何をいっているんだ、アリア?王子と公爵が馬車の中で政治的な話をしながら移動・・だろ?」


 そう言うレオンハルト様の笑顔はとても悪そうです。


「それに、君は今日学園に初めて通うんだ。君の存在は既に王家が公認しているという事を皆にアピールしないと」


「『既にアリアは私のものだ』の間違いですわね」


「マリアンネ、言ってくれるな」


 そして、レオンハルト様の誘いを断りきれない私は、半ば強制的に『魔導車』へ乗せられました。


 ・・・・・・・・・。


 シュイィィィン・・・。


 初めて乗った『魔導車』は、私が『イシズ』で乗っていた魔導三輪とは雲泥の差の乗り心地でした。


 そして、上質な肌触りでクッション性の高い対面座席に腰かけた私の両隣には、レオンハルト様とマリア様が肩を寄せ合って座っています。


 ・・何故こんなに広い座席があるのに、わざわざ隣に座るのでしょうか。


 ちなみにアーヴィンさんは助手席に座っていて、私達の座る後部座席とは壁で仕切られているので姿は全く見えません。


 私が横目でレオンハルト様をチラッと見ると、とても嬉しそうに眼を細めている美しい顔が見えました。


 そのあまりの美しさを直視できない私は、そわそわとしながら学舎への道のりをただひたすら耐えるしかありませんでした。


 ちなみに、車内で行われた『政治的な話』は、『いかに私が愛らしくて美しいか』というレオンハルト様とマリア様の討論だけで終わってしまいました。

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