第30話「幼馴染は犬が好き②」
「っわぁ~~、お、お……美味しいぃ~~!」
まさか、犬でも食ってしまったのではないかと勘違いしてしまった読者のために補足しておくが俺たち二人はペットショップではなく、札幌駅南口近くにあるクレープの屋台にいる。
札幌市に住む人なら一度は行ったことがある、もしくは見たことがある凄く有名な店であるのはいいのだが……。
「……美味しい、けど。どうして俺たちはここにいる? ペットショップに行くんじゃなかったのかよ?」
「ん、なによ……不満?」
「あぁ、勿論不満だな」
「は? どこがよ、大体もうすぐ昼時だしここで済ませてるじゃない、そんなことも分からないの? それとももっと食べたいわけ?」
「……クレープが昼飯とかマジで言ってんのか?」
「ええ、いいでしょ? 美味しいし」
「美味しいって……まぁ、そうだけど。昼はな、もっといいモノ食べたいというか、な……」
「は? クレープ侮辱するなら叩くわよ?」
いっつも叩く癖に、言いやがって。最近はその頻度は稀だけど……。
というか、さすがのクレープ馬鹿だな。別に、味とか名称について詳しいというわけではないのだが、札幌のクレープ屋なら大体熟知しているくらいにはクレープが好きらしい。
「はいはい、美味しいからなんも言わねーって」
「よし、いい子ねっ、お座り」
「誰がやるかよっ……俺は犬じゃねぇから」
ニコッと笑みを漏らし、命令する彼女。
ははっ、生憎俺は四葉のペットではなく恋人なのだ。そんな命令聞くほど弱い立場ではない。
「さっさと食べて、ペットショップいくぞ」
「え、この後スパバいくし、スーパーバックス」
「は?」
「絶対行くから、拒否はなしねっ」
と、クレープを幸せそうに頬彫りながら俺の顔目がけて指差す四葉は元気そうで、いつもの調子を取り戻したように見えた。
まったく、付き合ってからの今週は機嫌の悪いところから始まり、急に照れ期が来て、バタバタしていたから――彼女のこんな仕草を見るのは久々だった。
そうして、俺はクレープ屋から苦節一時間を耐え、二人分のスパバの空カップを手に持って狸小路商店街のペットショップの前に立ち止まっていた。
「なぁ、これ……どこで捨てるんだ?」
「早く、そんなの良いから入るわよっ‼‼」
俺の苦労には目もくれず、目を輝かせた四葉は強引に手を引いて店内へ入っていった。
「おい……ゴミ……」
「そんなの後でいいじゃんか、ほら、あそこにワンちゃん! 早く、みよ、ほらっ!」
「あ、もう——っ」
「あ、あの……」
すると、俺が困っているのを見た店員さんがこちらへ近づいてきた。
「はい?」
「ゴミ、私が処分いたしましょうか?」
「え、いいんですか……?」
「はい、大丈夫ですっ」
なんて優しい方だろうか。
えくぼが浮き出た笑顔。おそらく三十路そこらのお姉さんだろうが、優しさ相まって可愛く見えてしまった。
「あ、じゃあ……お言葉に甘えて」
「はい、是非彼女さんと楽しんでくださいね~~」
「っ——!?」
「え、あ——」
右手を掴んでいた四葉がボッと顔を赤くして、するりと手が離れた。
それにしても、凄いやさしい方だった。うちの四葉もこのくらい優しく丸まってほしいものだが、まあ俄然無理な話だろう。
「はぁ……まったく、ほら四葉、優しい店員さんに甘えてみるぞっ」
「う、うん……」
もう一度、彼女の手を掴むと手汗ですごかったことは口に出さず、ゆっくりと犬の展示場所へ歩いた。
「——おお、可愛いな犬も」
「うん……」
展示されていたのは人形のように小さなチワワに、クリッと輝いた目が可愛いダックスフンド。豆粒みたいに可愛くてふさふさな柴犬の子犬、そして大きくてヤンチャなゴールデンレトリバーなど、他にもたくさんの犬が小さなショーケースにいた。
少し可哀想だが、これも運命なのだろうと俺も指をくりくりとガラスに押し当てて寝ている柴犬を見ていると隣にいた四葉が俺の服の袖を引っ張った。
「なんだ?」
「い、いや……なんか」
「あぁ、犬が可愛いって話か? 猫の方が好きだが、こうやって見ると確かに可愛いんだな」
「そ、それは当たり前だけどっ————そうじゃなくて……」
「じゃなくて?」
「私、私たちって……やっぱりそうやって見えるのかなぁ……って」
急にどうした、率直にそう思った。
さっきまで、俺には目もくれず犬の元まで走っていたのに、どうしたんだ。
「なんだよ、急に」
「いや、別に……」
「さっきの言葉、そんなに嬉しかったのか?」
言わずもがな、四葉の頬は薄桃色に染まっていた。
「……嬉しくないし」
「嘘こけ」
「嘘じゃないしっ!」
「……はいはい、そうか」
「棒読みやめてよ……もう」
「あいよ。それで、店員さんの言葉を気にしちゃった四葉はどうしたんだ?」
「……ちょっと、ちょっとだけ……冷静になっただけだわよ……」
結局、その後は猫も散々可愛がって、本屋へ行き、適当にラノベの新刊を漁った後。帰ることになった。もちろん、二人で夕食の買い出しには向かったのだがその途中、隣にいた四葉は恥ずかしそうな顔で歩いていたことは俺だけの秘密にしておこう。
最後に言っておくが、恥ずかしがりながらミニスカの端を強く握る四葉は世界一可愛かった。
それだけは譲れない。
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