第15話「幼馴染は水が怖い②」
今更になって、走り出した理由を考えたくはなかった。
「好き」だという言葉を少し前から使っていたが実際のところは半分半分だ。もちろん、幼馴染である四葉のことを思う気持ちは、あいつがどんな性格になろうとも変わらない。俺の好きな四葉は四葉である。それはどんな因果を変えても変わらない事実だ。
でも、心の奥底で嫌悪感があった。
昔の明るくて、優しくて、可愛くて。
そしてどこか寂しそうで綺麗な女の子。
笑顔と花が似合う女の子である四葉を懐かしく思う反面、いつの日か戻ってきてくれるだろうとそう思っている。頭のどこかにそんな考えがある。
多分、俺は思い出したいんだ。あの頃を見て懐かしく思っているんだ。
あんな日々が欲しかったんだ。
その考えが間違っていたかもしれないとそう思う。
ほんと、気持ち悪い。四葉のピンチに思い出してしまうんだから。
初めて彼女を失う苦しみを抱いたあの日の事を。
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「……っはぁ、っはぁ、っはぁ!」
息を荒げて走る俺の先に見えるプール、横の看板には『注意‼‼ 真ん中は水深3メートルを超えます。16歳未満、立ち入り禁止』と書かれていた。プールサイドにいる監視員も彼女たちが高校生であることは分かっているのか、何も言う仕草はない。
率直に言うと、やばい。
その一言に尽きる。
泳げもしないのにヤバそうなプールに足入れやがって。大事があったら俺も困る。もしもの時は周りのクラスメイト達が助けてくれるかもしれないが、四葉の自信気な顔に溺れることなんて想定できていないだろう。
「あぁ、霧島君来たよっ!」
「うわ、あいつも見に来やがったのかよ……っ」
「うわぁ、さっすが幼馴染の勇姿を見届けるために!」
要らない妄想をしている奴らがあてにはならない。悟った俺が息を整えて、さらに一歩踏み出した時には四葉はもう顔を付けていた。
ぐっと足に力を溜めて、すいっとジャンプする。
しかし、どうしたらいいか分からずにどてっと頭が揺れて、再び足を着けたようで顔だけが飛び出ていた。揺れる水面が少しずつ高くなり、四葉の顔にちびちびとかかっている。
そして、それを見ていたクラスメイト達はいけー! と小さな歓声をあげて応援している。プライドの高い今の四葉には少し、危ない状況だ。
もう一度、彼女が飛んで水に顔をぶつける。
ふと思ったがあいつは昔、家族ぐるみで行った温泉を嫌がった。風呂が割と好きな俺が母と一緒に湯船に気持ちよく浸かっていたのにもかかわらず四葉は駄々をこねて、彼女の母と一緒に温泉を出ていったのを思い出した。
今はどうなのか知らないが、たしか四葉は水すらも嫌いだったはずだ。特に、こんなだだっ広い水面なんてもっての外だろう。
「ッ」
苦し紛れにふっと息を吐くと、次の瞬間。
四葉の頭が水面へ消える。しかし同時にザぁッと血の気が引いていくのを感じた。怖い思い出がよみがえると同時に、俺は本気で走った。後ろから監視員の注意する声が聞こえたが、そんなことどうでもいいと全力でただ走った。
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顔を水につけた瞬間。
全身が震えた。
どうしてらしくもない水着を着て、水の中に入ったのだろうか。些か不思議に思う。怖いのに、入っただけで震えるくらい嫌いなのに、苦手なのに。あぁ、悔しいな、苦しいな。こういう風に自分を偽るのって辛いのね。
そう思った瞬間、昔の思い出が走馬灯のように頭の中を駆け巡った。
あれは、私が小学二年生の夏休み中盤の頃だった気がする。
隣に住んでいる幼馴染の和人の家族とキャンプに行こうと計画を立てていた。久々のお出かけに楽しみにしていた私は未熟だったようで何も見えていなかった気がする。
もちろん、今も見えていないのかもしれない。
でも、今以上にあの時は見えていなくて、いつも一緒に居る親友の和人と遊びに行ける。それだけで舞い上がっていた。いやぁ、今ならないから、絶対にないからね。あの時だけだし、その、好きっていうのもあの時だけだしっ。
結局、キャンプは楽しかった。一日目も順調に進み、湖のほとりで星を見たり、野外で遊んだり、二日連続で花火をしたり、結構順調に進んで残すとこ一日にそれはおきた。
早朝、私は隣のテントで寝ていた和人を起こし、湖を見に行こうと誘った。意味の分からない誘いだったのも分かっているが小学生だ、そのくらいは許してほしいわね。
「ね、ほら、綺麗でしょ!」
「うわぁ!」
眠気を断ち切って来てくれた和人に見せたのは朝日が霧に揺れて、煌びやかに光っている景色。よく、雨上がりの空に雲の間から見える光に似ているあれだ。
でも、あの頃の私にはすごく綺麗に見えたのだ。
「これをね、かずくんに見せたかったのっ」
容赦なく好き発言をする私、ぶん殴ってやりたいわ。
しかし、そんな私に対して彼も言う。
「ありがと! なんか、今までですっごくきれいかも!」
「え、ほんとぉ?」
「うん、ほんとだよ!」
ニコッと優しそうな笑みを見せる和人、その表情に自然と私の表情も笑みに変わっていく。これだから、そう思うこともなく。ただ単純にそんな二人だけの時間を楽しんでいたのだ。
「えへへっ、嬉しい」
「俺もぉ」
「ね、あそこから見てみない?」
そして、私は指を指した。
そこは少しぼろい、ボート用の観覧台。今なら近寄りはしないけれど、あそこからなら綺麗に見えそうに思えることが大きくて、危機感など微塵も感じなかった。
「うん、わかった!」
そこからは言わなくても分かる通り、ワクワクと脚を滑らせた私は観覧台を壊し、一気に湖の中へ落ちてしまった。生憎、私は泳ぐことが出来ない。それに加えて、かなり冷たくざらざらとした感触に恐怖感が増して、バタバタと震える。
ゴリっと音がして、すぐに湖の中の岩に足をぶつけたと分かったがそんなことよりも徐々に沈んでいく視界と次々と口の中へ入っていく水に驚いて、焦りがぬぐえない。
「——っ四葉!!」
遠くから私を呼ぶ声をしたが怖さゆえに何かを叫ぶことはできなかった。無言で身体をバタバタと動かせるという、泳げない人ありがちな動きをして体力と奪われ、水に体温を失っていく私。
やばい、死ぬ。
幼いながらもそう思って、瞳から涙が零れる。
すると、悟った数秒後。その言葉が身に染みてきた。
体が動かなくなってきていた。寒さに因る震えなのか、それとも怖さで動けなくなったのか、もしくは意識が遠のいてきたのか……いずれにせよすでに溺れの末期。
「っ——かz」
ぽろっと出た言葉、諦めかけた瞬間。
視界が回復する。
驚いたのも束の間、右手にはぐっと掴まれた彼の右手。水の中でも暖かい和人の体温に、私は残りの力を振り絞って抱き着いた。
「——まって、ぉ」
小さい波で掻き消された言葉にこくりと頷いて、助け出された私はお互いの両親に怒られながら様々な思いにわんわんと泣き喚いた。
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「四葉っ——‼‼」
あの時と同じ声がする。走馬灯を上から掻き消すように、彼は現れた。
<あとがき>
まさかの展開、ちょっびとな過去編を入れてみました。二人の事をよく分かっていただければ幸いです。良かったら☆評価、またはレビューお願いします!!
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