剣道。

 あれから10日、基礎トレーニングと一緒に剣術の訓練をクガさんから教わっている、本当はもっと基本的な動きを覚えてからが良いらしいのだが、そんな悠長にしてる時間もないので実践的な動きを重点的に、得物に慣れることを目標としている。


 クガさんの実家は古い家系らしく、家業とは違うのだが分家が道場もやっていて、代々そこで小さい頃から剣術の稽古をつけられていたらしい。


 剣術の稽古と言っても剣道のとは違い古い家柄ならではの古武術であり、あまり剣道の試合には出たこともないと語っていた。


「そんで、レーヴァテイン使うためにそんなおっきいもん作ったんか」

 使う得物はゴムで刀身を再現した得物で、重量はArcheに載った時に感じる抵抗と同じぐらいになるように計算されている。


 アイとイチゴがレンタルした道場の端っこで見守る中、クガさんが同じくゴム刀身の刀を軽く素振りしてから打ち合いが始まる、ちなみに道場の隅にはクガさんの私物の木刀と竹刀も置いてあり、クガさんがたまに思い出したようにこの稽古場を借りて訓練していたんだそうだ。


「そう言えば木刀なんてもってたんですね」

「まあ、余り使わないが俺の私物だ、二つあるぞ」

「ゴム刀じゃなくて竹刀でもいいんじゃ?」

「防具なしだと竹刀でも骨を折るぞ」


 そう言いながら一度離れて竹刀を握ると、鋭い目をしながら一度クガさんは素振りをする、月面の重力で踏ん張りが効きにくいのにかなりのスピードで振っていて風切り音が聞こえてくる、確かにアレが竹刀でも生身で受ければ骨は簡単に折れそうだ。


「まあ、本当はゴムでも防具は欲しいんだけどな」

 そう言いながらクガさんは戻ってきてまず、軽く武器を打ち込んでいく。

「そうそう、まずは受けろ、一発食らったら終わりだからな特にそれは面積が広いから受けやすい様に見えて、取り回しが悪いから当たるぞ」


 クガさんは敢えて縦に攻撃して防御させてから直様横腹を思いっきり打ち込んできた、確かにすぐさま守る場所を変えられず、来るのが解っていたのに思いっきり胴体をゴムで叩かれて『パシン!』という気持ち良い音が聞こえ、一瞬遅れて痛みが走る。


「あちゃー、あれめっちゃ痛いで」

「だね~、容赦ないぞ~」

 女子たちがお茶を飲みながらチャチャを入れてくる。

「莫迦言え、容赦してくる敵がいるのか?」


 そう言いながらもクガさんは悶ている自分が起き上がってくるのを待ってくれている起き上がったらまた打ち込まれるのは解っているんだけれども、そもそもそうしなきゃ訓練にならないのも解っているので必死に身体を奮い起こす。


「安心しろ、そのうち慣れるぞ」

「慣れたくないんですけど」

 できればそういう痛みとは一生ご縁を結びたくない。


「Archeで武器を振る補助はしてくれるが、自分で振れたほうが効率も速度も早い、それに基本の動きは出来ている方が有利だぞ」


 と、言いつつ再び打ち込んでいく、今度は脇腹は思いっきり打たれなかったが、軽くタッチされ続けていく、最初からそうして欲しかったけど、一度痛みを味わった経験に意味があるんだって言われそうだ。


 暫く打ち込みというか打ち込まれ稽古を続けて1時間、一度休憩を挟む。

「はぁ…はあ…」

 たった一時間で凄い疲労感で立っていられず大の字で倒れ込む。


「おーい、しっかりしーやー」

 ダウンしてる自分にアイがストローでスポーツドリンクを差し込んでくれる。

「あ、飲んでる」

 まるで観賞魚や小動物でも見るかのような反応をされるが、反応してる体力は既に残っておらず、観賞魚扱いでも小動物扱いでもなんでもよくなる。


「んー、ちょっとイチゴ、振れるか」

「え、私は無理だよ」

「じゃあアイは?」


「うちは、パンチユニットやで?」

「じゃあソレでも良い」

 レーヴァテインのゴムダミーをクガさんは手にとって軽く降ったりする。


「ちょっと実験したいから付き合えるか?」

「ええで、でもスノウどうしよ」

 今、自分は道場の真ん中で大の字になって倒れているので、アイとクガのかなり邪魔になってるんだろう、だが残念だったな! 今は指一本動かないぞ。


「運ぶか」

 クガさんに軽く持ち上げられて道場の端っこにふんわりと投げられる、月の重力のお陰で横方向にもゆっくりと投げられて壁にぶつかってゆっくり落ちる、痛くはなかったけどクガさん、それは世間一般では運ぶって言いません。


「アイ、好きに打ち込んでくれ」

「おっけー、んじゃいくで!」

 アイは勢いよく地面を蹴って飛び込み一発殴りつけてから離脱して、反対側の壁を再び蹴って接近してパンチとキックの連携を連続でする。


「よっと、さすが慣れてんな」

 アイは近接型を使ってるだけあって近接戦闘は上手い、パイルバンカーも実は通常時は杭を出したままで攻撃することで、ブレード付きの手甲として使える、問題点があるとすれば他の武器と違って攻撃を受けれる面積が極端に短いから受けるのがかなり難しいので、アイも滅多に使わない。


「…なるほどな」

 最初のウチ、クガさんはアイの猛攻に結構攻撃をヒットさせられていて、ダメージで顔を歪めたりしていたが、途中から段々と攻撃を受け流すようになっていき、最終的には剣でアイを弾いたりもしてきた。


「そろそろいい、ありがとう」

 30分ぐらいしてクガさんは剣をその場に置いてアイも攻撃をやめる、アイは結構疲れたようで汗を流しながらも俺の隣に三角座りして、俺の口に差し込まれていたストローを外してスポーツドリンクを呑み始める。


 それから更に10分、クガさんが休憩をとって自分も起き上がれるようになってきた時、クガさんがゴム製レーヴァテインを投げ渡す。


「結論を言う、この武器で攻撃を受け切るのは無理だ」

 呆気なく結論を出されてしまった、どうやら無理らしい。

「…そうなんですね」

「厳密に言えばその場で受け続けるのが無理だな」

 その場で受け続ける、そう言えば自分が受けていた時、足は殆ど止まっていた。


「一発受けたら普通より多めに後ろに下がるか弾くかして距離を取れ」

「……あっ、それであのエース…」


 そこであのエース戦法を思いだす、そう言えばあのエースも一度攻撃をしたら剣のブーストを使って相手を弾き飛ばしたり、盾で攻撃を受けた時も離れていたし、ダメージを受けた時は振り切った後のスキだったりする、剣のブーストは相手の装甲を無理やり貫くための火力補助装置だけじゃなく、距離を取るためのものでもあるんだ。


「ま、Archeでやれない以上擬似的にやるしか無いけどな、一発受けたら思いっきり後ろに飛べ、背後に壁を背負わないように立ち回れ」


「わかりました」

「それとアイ、マジで痛かった」

「せやろ!」

「お前の機体のフットパーツに今度武器仕込んでおく」

「お、ありがとー」


 それから再び訓練が続くが、確かに一撃受けたら離脱する、という戦いはさっきより受けやすくもなったし、反撃を出来るようになってきた、ただ簡単にかわされてカウンターで自分の身体から快音がなるのを何度も聞くハメになったけど。


「はぁ…あ…っ」

 今度は30分でダウンする、基礎トレーニングは積んでいたのにこうしてダウンするのは痛みもあるけれど、防御や攻撃する度にバックステップするもんだから体力の消耗がかなり激しいところにある、ずっと地面をけって上下左右の反復横跳びをしているようなもんなんだから、そりゃそうだ。


「…今日はココまでだな」

「ありがとうございました」

 今度は大の字になってる自分を、アイとイチゴさんで道場の端っこに転がされる。


「好きなタイミングで帰っていいぞ、それとも飯でも食いに行くか?」

「動けないんで待ってます」

「わかった」

 クガさんはと言うと竹刀に持ち替えて素振りを始め、風切り音が聞こえ始める。


「いきてるかー?」

 アイは自分をうちわで扇ぎながら介抱してくれて、イチゴさんはお茶を飲んでクガさんを見守る。


 ただそのうちアイは息が整って来たのを見て、暇だからと言って自分もなんの武術家はわからないけど、基本の型を確認しに行ってしまう。


「ありゃりゃ、寂しいかねスノウくん」

 ホッペをツンツンと付きながらイチゴさんがからかってくる。


「大丈夫ですよ」

「膝枕でもしてほしそうだったから」

「だっ誰がですか!」

「そっか~」


 クガさんとイチゴの訓練はそれから2時間続き、小さい頃から武術をやってる二人との体力の差を改めて痛感するのだった。

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