第203話 クラス代表選考会 決勝③

「さーて……いよいよ俺達の出番、か」


 そう呟くと、俺はチラリ、と隣にいる立花を見やる。


「うん……いよいよ、だよ」


 立花も、その翡翠ひすいの瞳で俺を見つめた。

 はは、俺と戦う準備は万全だってことかよ。


「んじゃ、舞台の上に行こう……「ヨーヘイ!」」


 立ち上がって舞台に向かおうとしたところで、後ろから声を掛けられて振り返ると……そこには、サンドラとプラーミャがいた。


「ヨーヘイ! 絶対に勝つんですのヨ! 勝って……アナタがクラス代表になるんですノ!」


 サンドラは満面の笑顔で、激励の意味を込めてその右の拳を突き出した。

 なんだよ……そんなにまぶたを真っ赤に腫らしてるくせに……俺なんかを気遣いやがって……!


「ああ! 俺は勝つ! 絶対にだ!」


 俺はサンドラの想いを受けとめ、お返しとばかりに拳を突き上げて返した。


「あはは! ボクだって負けないよ! ボクはキミに勝って、そして、キミの隣に並び立つんだ!」


 そんな俺とサンドラの熱に触発されたかのように、立花も俺に向かって宣言する。

 チクショウ……立花のくせに、熱いじゃねーか!


「フフ……アオイ、ヨーヘイなんてぶっ飛ばしちゃいなさイ。ヤーの仇をとるのヨ!」

「そうだぜ! ヨーヘイなんか、ぶちのめしちまえ!」


 プラーミャと試合を終えて戻ってきたばかりの加隈が、立花の両脇に立って肩をポン、と叩いた。


「はは、完全にチームで分かれたな」

「あはは、だね。でも……ボク達は、この三人で色んな領域エリアを一緒に攻略してきたんだから、当然だよね?」

「まあな」


 そう返事すると、俺は先輩、サンドラ、氷室先輩を見やった。

 三人も俺の視線に気づき、微笑みながらゆっくりと頷く。


「さあ……行くぞ!」

「うん!」


 俺と立花は、一緒に舞台に上がり、その中央で対峙した。


「ハハ、二人共いい表情だな。俺も精一杯審判を務めるから、力の限り頑張れ!」

「「はい!」」


 審判の葛西先生の激励を受け、俺達は身構える。


 そして。


「では……始め!」


 先生の開始の合図と共に、俺達は精霊ガイストを召喚した。


「[シン]……これでラストだ。行くぞ!」

『ハイなのです!』


 俺と[シン]は目の前の立花と、召喚された[伏犠ふっき]を見据える。

 その一挙手一等足を、見逃さないように。


「あはは、来ないの?」

「そうだな……行ってもいいけど、なんか罠っぽいんだよなあ」

「そう? じゃあ、ボクから行くね!」


 そう言うや否や、[伏犠]がクレイモアを肩に担いで突進してきた。というか速い!?


「[シン]! [伏犠]は【竜の恩恵】を発動してる! 気をつけろ!」

『了解なのです! だったら[シン]はそれよりも、もっともっと速く動くだけなのです!』


 [シン]もまた俺の隣から弾丸のように飛び出し、一気に[伏犠]に肉薄する。


『ッ!』


 [伏犠]が右脚を軸にして、独楽のように回転しながらクレイモアで斬りつけてきた。

 だけど……そんな大振り、当たるかよ!


『はう! 甘いのです!』


 そんなクレイモアの攻撃をスルリ、とかわし、[シン]は素早く[伏犠]の身体に大量の呪符を貼り付けた。


『【爆】!』

『ッ!?』


 一気に呪符が爆発し、[伏犠]が思わずよろめくが、その身体は傷一つついていなかった。

 チクショウ、相変わらず堅い身体だな!


「あはは! 前みたいに温度差を利用して鎧を破壊したところで、[伏犠]にはもうあの弱点はないよ! それとも、このまま【竜の恩恵】の効果が切れるまで、持久戦に持ち込むかい?」

「はは、そうだな……」


 得意げに話す立花に対し、俺はただ苦笑する。

 でもアイツの言う通り、[シン]の持つ呪符による攻撃じゃ、あの[伏犠]にダメージを与えられない。

 やっぱり、【竜の恩恵】の効果が切れるまで粘るってのが、現実的か……?


『はう! [シン]はマスターを信じて、攻撃を繰り返すだけなのです! 前の時みたいに、マスターなら絶対になんとかしてくれるはずなのです!』


 はは……[シン]にあんなに期待されてちゃ、俺もそれに応えるしかないだろ!

 俺だって、[シン]に尊敬されるマスターでいたいもんな!


 だったら!


「[シン]! [伏犠]の身体にありったけの【凍】の呪符を貼って、その上から【爆】の呪符で覆い隠せ!」

『! それー! なのです!』


 俺の指示を受けた[シン]は、甲冑も皮膚も、全て呪符を貼り付けて隠してしまう。


「クッ! 【玄武】!」


 前回のこともあって警戒しているのか、立花はこれ以上呪符を貼らせまいと、【玄武】を目の前に展開して[シン]の猛攻を防ぐ。

 だけど、その【玄武】には欠陥があるぞ!


『はうはうはう! こんなものじゃ[シン]は止められないのです!』


 [シン]は回り込むようにして【玄武】の内側へと入ると、そのまま呪符を……って!?


「があああああッッッ!?」

『あうっ!? 痛いのです!? 痛いのです!?』


 突然、全身をズタズタに切り裂かれる衝撃が走り、俺と[シン]はもんどり打って倒れ込む。

 こ、これは……サンドラの時と同じ……!?


「あはは……不用意に飛び込むからだよ」


 口の端を持ち上げながら、立花は俺と[シン]を見下ろす。

 そのかたわらに、白色の虎を従わせながら。


「そ、その虎は……!」

「あはは、これかい? これは【白虎】、[伏犠]のスキル、【四神】のうちの一体だよ」


 そうか……この【白虎】を【玄武】の内側に待機させて、入ってきた瞬間にあの鋭い牙と爪で切り裂いたってわけか……。

 そしてサンドラの時も同じように、【ガーディアン】に隙間ができた際に潜り込ませ、盾の内側から[ペルーン]に攻撃を……。


「さあ……どうする?」

う……ど、どうって、俺がここで降参するとでも思ってるのかよ……!」

『そ、そうなのです! [シン]は……[シン]は、まだ全然戦えるのです! それに、もう同じ手は通用しないのです!』


 余裕な表情を浮かべる立花に、俺と[シン]は立ち上がって啖呵たんかを切った。


 その時。


「ヨーヘイ!」


 観客席から、俺の名を呼ぶ声が聞こえた。

 はは……分かってるよ、サンドラ。お前の分まで、この試合……俺が絶対に、勝ってみせるから!


「[シン]! ちょっと手痛い目に遭ったけど、やることは変わらない! 引き続き、呪符を貼り付けるんだ!」

『ハイなのです!』

「そうはさせないよ! 【玄武】! 【白虎】! 【青龍】!」


 立花は[シン]を近づけないようにするため、【四神】のうち【朱雀】を除く三体を総動員し、迎え撃つ。


『はう!』


 [シン]は三体の【四神】をまるでいないもの・・・・・として相対しようともせず、ただひたすらに呪符を貼り付けていった。


 さて……これだけ貼れば充分か。


「よし! [シン]、今だ!」

『はう! 【凍】!』


 すると【爆】の呪符の下から【凍】が発動し、一気に[伏犠]の身体を凍らせる。


「あはは……これくらい凍ったところで、[伏犠]には通用……『【爆】!』……ああああああああああッッッ!?」


 [シン]が【爆】を一斉に作動させた瞬間、[伏犠]の身体全体が大爆発を起こした。

 それこそ、通常の【爆】の威力とは比べ物にならないほどに。


「あうっ!?」


 立場が逆転し、今度は立花が舞台の上に倒れた。


「こ、この威力……どうして……!?」

「ああ……立花は見覚えないか? 油の引いた高温のフライパンに水をかけると、一気に水蒸気になって油が飛び跳ねるヤツ」

「そ、それが……どうしたの……?」

「まあ……いわゆる水蒸気爆発・・・・・だよ」


 そう……俺は、呪符を使ってまずは【凍】により立花の全身を凍らせ、その直後に【爆】によって一気に高温をぶつけることによって、まさに水蒸気爆発が起こる状況を生みだしたんだ。

 こうすれば、通常の【爆】では与えれないダメージも、さらに威力を増すことで可能になる。


「あ、あはは……! やっぱりキミはすごいよ……!」

「はは……俺じゃなくて、[シン]がな……」


 俺は苦笑しながらそう答えると、立花は何故かかぶりを振った。


「そんなこと、ないよ。ボクもそうだし、他のみんなだって同じだけど、普通は精霊ガイストのステータスやスキルに頼って戦うものだよ……」

「あー……」


 そう言われれば、そうかもな。

 だけど俺と[シン]は、クラスチェンジをする前はこうやって無い知恵を振り絞らないと、生き残ることさえ難しい状況だったから、こういった戦い方が当たり前みたいになってるところがあるし。


「あはは……そんなキミ達・・・だからこそ、ボクはなんとしても勝ちたいんだ……!」


 立花はガキン、と歯を食いしばって立ち上がると。


「【チェンジ】」


 静かに、そう告げた。

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