第839話 吸血鬼の激怒

「殺すっ!!」

「わわっ!?こ、来ないでぇっ!!」

「ウォンッ!!」



モモに向けて吸血鬼は駆け出し、この際にモモは白猫亭のもう片方の扉に手を伸ばし、ビャクも彼女を救おうとした時、その前に何者かが白猫亭から飛び出して吸血鬼に向けて大きな袋を投げつける。



「喰らいなさい!!」

「なにっ!?」

「ヒナちゃん!?」



白猫亭から出てきたのはヒナであり、彼女は両手に抱えた袋を放り込む。それを見た吸血鬼は反射的に身を守ろうと背中の羽根で全身を包み込む。


この際に袋は吸血鬼の羽根に衝突すると、中身が噴き出す。小袋の中身はどうやら小麦粉だったらしく、小麦粉が舞い上がって吸血鬼は咳き込む。



「げほっ、げほっ!?こ、このっ……」

「ビャク君、今よ!!」

「ウォオオンッ!!」

「ぐはぁっ!?」



ヒナが指示を出すとビャクは吸血鬼に目掛けて体当たりを行い、吸血鬼は派手に吹き飛ぶ。いくら羽根で全身を守ろうと、巨体のビャクの体当たりを受ければ無事では済まず、派手に地面に転がり込む。



「モモ、何をしてるの!!早く武器になりそうな物を取ってきなさい!!」

「ええっ!?で、でも……何を持って来ればいいの?」

「箒でもなんでもいいから早く!!」



吸血鬼が吹き飛んだのを確認すると、ヒナはモモに対して指示を出す。モモは慌てて彼女の言葉に従い、白猫亭の中に戻ると吸血鬼は怒りの声を上げる。



「こ、このっ……人間がぁっ!!僕を虚仮にしやがって!!」

「あんた……前にも見た事があるわね。思い出したわ、前にうちの宿屋を襲った吸血鬼ね?」

「うがぁあああっ!!」



怒りで我を忘れた吸血鬼は羽根を広げると、上空へ跳躍した。空を跳ばれたビャクもヒナも手を出せず、吸血鬼はヒナに目掛けて滑空してきた。



「ぶっ殺してやる!!」

「ひえっ!?」

「こっちじゃ!!」



ヒナに目掛けて吸血鬼が突っ込む寸前、何者かがヒナの腕を掴むと建物の中に引き寄せる。吸血鬼は狙いを外して素通りしてしまい、そのまま再び上空へと浮き上がる。


彼女を救ったのはドルトンであり、彼はヒナを救い出すと新しく作り出した特製の腕手甲を装着して外に出た。ヒナはドルトンが外に出るのを見て慌てて彼を引き留めようとした。



「ちょ、ちょっと!!ナイ君のお爺さん、危ないから下がって下さい!!」

「何……儂も若い頃は冒険者じゃ、吸血鬼如きに後れは取らん」

「くそっ……この爺っ!!」

「ウォオオンッ!!」



ドルトンが外に出てくると吸血鬼は怒り心頭で彼に襲い掛かろうとしたが、この際にドルトンを守るためにビャクが血塗れになりながらも立ち塞がる。そんなドルトンの元にヒナも駆けつけ、彼女は吸血鬼に怒鳴りつける。



「あ、あんたね!!私達に手を出したらナイ君が許さないわよ!?また痛い目に遭わされたいの!?」

「くっ……あんな奴、僕の敵じゃない!!」

「お嬢さん、どうやらこいつに話は通じんぞ。ここは儂が戦う、あんたのような若い人が犠牲になる事はない」

「何を言ってるの!!お客様を守れなくて何が宿屋の主人よ!!」



ヒナは意地でも逃げるつもりはなく、ドルトンを守るために戦う事を決めた。この時に建物の中で休んでいた者達も外の騒ぎを聞きつけ、何事かと駆け込む。



「な、何だ!?いったい何が起きたんだ!!」

「おお、イーシャンよ……丁度いい、あの薬を儂にくれ!!」

「はあっ!?」

「時間がない、早く渡せ!!早くあの薬を渡せ!!」



外に飛び出したイーシャンに大してドルトンは手を伸ばし、彼の言葉を聞いてイーシャンは驚愕する。その一方で吸血鬼の方は怒り心頭で地上へ降り立つと、今度こそ全員を仕留めるためにより牙と爪を鋭利に伸ばす。


吸血鬼は最も人間に近い容姿を持つというが、ドルトン達の前に現れた吸血鬼は人間や獣が合わさったような歪な姿に変わり果て、その様子を見てヒナ達は恐怖を抱く。しかし、ドルトンはイーシャンに手を伸ばして告げる。



「早くせんかっ!!全員、死んでしまうぞ!!」

「うっ……わ、分かったよ!!だけど、死ぬなよ!?」

「何をっ……!?」



イーシャンは取り出したのは薬瓶であり、それをドルトンに手渡す。ドルトンはその薬瓶を手にすると、まさかこの齢でこの薬に頼る事になるとは思わず、自嘲しながらも点を仰ぐ。



(アルよ、見守ってくれ……これが儂の最後の戦いじゃ!!)



ドルトンは手にしたのは「強化薬」であり、一時的に体内の魔力を活性化させて肉体の限界まで力を引き出す薬である。これを使用すれば凄まじい力を手に入れられるが、効果が切れるとその反動で途轍もない肉体の負担を与える。


老人であるドルトンがこの強化薬を使えば若者と比べて回復力が落ちている彼の肉体では反動に耐え切れず、死ぬ可能性だってある。しかし、ここで使わねば全員が殺されるかもしれない。そう考えたドルトンは薬瓶を口に近付け、自分を犠牲にしてでもこの目の前の化物を倒そうとした。

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