第696話 救助

――小男を殴り飛ばした後、ナイは力を使い果たしてその場で倒れてしまい、身体が動かなかった。最後の一撃で残り少ない体力も奪われ、もう一歩も動く事が出来ない。



(まずい、意識が……くそっ、まだあいつが残っているのに)



ミノタウロスを命令していた小男は倒したが、残されたミノタウロスの方はまだ視界と嗅覚を毒で封じられただけで死んではいない。現在はあまりの激痛に顔面を抑えて呻いているが、このまま放置すればここにいる全員が殺されてしまう。


どうにかナイは起き上がろうとしたが、身体に力が入らず、もう身体を動かす力も残っていない。このままでは駄目だと頭が理解するが、動けない。



「みん、なっ……」

「ブフゥウウッ……!!」



ナイの呟きを耳にしたのか、聴覚だけを頼りにミノタウロスは起き上がると、自分をここまで追い詰めたナイの元へゆっくりと近づく。その姿を見てナイは顔を向ける事しか出来ず、ミノタウロスは腕を伸ばす。



「ブモォオオオッ!!」

「くぅっ……!?」

「やああっ!!」

「させませんっ!!」

「ていっ」



しかし、ミノタウロスの伸ばした腕がナイに触れる寸前、3人の少女の声が聞こえてきた。階段から駆け上がってきたリーナは短剣を投げつけ、ミノタウロスが破壊した出入口の扉からヒイロとミイナが駆け出し、それぞれの武器を放つ。


リーナの放った短剣はミノタウロスの右目に突き刺さり、ヒイロの魔剣「烈火」とミイナの「如意斧」は背中をほぼ同時に切り付け、ミノタウロスは血飛沫が舞い上げながら倒れ込む。




「ッ――――!?」




ミノタウロスの断末魔の悲鳴が響き渡り、ゆっくりと床に倒れ込む。その光景を確認したナイは驚愕の表情を浮かべるが、そんな彼の元に頭にプルリンを乗せたモモが駆けつける。



「ナイ君、大丈夫!?すぐに治してあげるからね!!」

「モモ……それに皆も、どうしてここに?」

「俺は止めたんだがな……こいつらがお前の事を心配だからといって飛び出しやがった」

「ゴエモンさんまで……」

「ナイ君、平気かい!?」



ナイの元に全員が駆けつけ、その中にはゴエモンやアルトも含まれていた。すぐにナイはモモの治療を受け、アルトもナイの状態を観察し、薬を取り出す。



「もう大丈夫だからね、すぐに治してあげるから……」

「ほら、回復薬だ。これを飲めば少しは体力も回復するよ」

「ありがとう、二人とも……」

「それにしても……これを全部、お前ひとりでやったのか?」



ゴエモンは倒れている100人近くの暗殺者と、蒼月が頭に突き刺さった状態で絶命したミノタウロスを確認して顔色を変えた。ナイが強い事は知っていたが、まさかこれほどの数の相手に勝利し、しかもミノタウロスを追い詰めていた事を知って冷や汗を流す。


白面の暗殺者は並の傭兵よりも比べ物にならない程に厄介な存在であり、彼等が油断していた所を襲ったという理由もあるが、それでも街の中に存在する白面の暗殺者の殆どをナイは一人で倒した事になる。



(こいつはもしかしたら……テン以上かもしれない)



ナイは全盛期のテンと同程度の力を持つ予想していたゴエモンだが、いくら若い頃のテンでもこれだけの人数の手練れを相手に簡単に勝てるとは思えない。しかもナイは今回は旋斧も岩砕剣も所持しておらず。身に付けていた武器といえば刺剣のみである。


反魔の盾や腕鉄鋼さえも装備していない状態で状態でナイは100人近くの敵を倒し、更に得体の知れないミノタウロスを追い詰めていた。その事実にゴエモンだけではなく、他の者も戸惑う。



(これだけの数の敵をたった一人で倒したのか……また、死線を潜り抜けて力を身に付けたんだな)



アルトは最初に会った時のナイと比べ、現在のナイの力は明らかに大きな差があった。最早騎士団の副団長と同程度どころではなく、これほどの力を持つナイはこの国の最強の騎士と称されるロランにも匹敵するかもしれないと考えた。



「大丈夫、ナイ君?水を飲む?」

「水……あるの?」

「うん、プルリンちゃんが水を分けてくれるよ」

「ぷるぷるっ」



治療中にプルリンは頭に生えている角のような触手を伸ばし、ナイの口元に移動させると、冷たい水を放つ。どうやら体内に保有している水を分けてくれたらしく、冷たい水を飲んでナイは身体が楽になっていく。



(まさかスライムの水を飲まされる日がくるなんて……でも、美味しいな)



激しく動いた後なので体内の水分も知らないうちにかなり消耗していたらしく、プルリンに水を分けて貰ったナイは体力も少し回復すると、その間に駆けつけた兵士達が倒れている暗殺者を見て驚き、すぐに捕縛する。



「よ、よし!!全員、捕まえろ!!」

「毒薬はしっかりと回収して置いてくれ。自決されたら困るからね」

「地下の方にも人がいるぞ、そいつらも攫われた民間人だ。救助しておいてくれ」

「わ、分かりました!!」



アルトとゴエモンの指示に兵士達は従い、酒場内に倒れている暗殺者全員の捕獲を行う。この際にゴエモンは密かに捕まっていたヒメと研究者を攫われた被害者として救助させ、彼女達が罪に問われない様に配慮した――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る